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僕のこと、私のこと  作者: 風音沙矢
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僕のこと、私のこと 02

 朝、目覚めると9時を少し回っていた。いつも時間に追われているけど、今日は違う。夜までに帰ればよかったし、レイトチェックにしておいたから、12時まで部屋が使える。部屋のカーテンを全開にして、大きく伸びをした。

「温め(ぬるめ)の風呂にでもゆっくり入るか。」


 大きなバスタブだ。思いっきり蛇口をひねり、湯加減を見る。勢いよくお湯が入り、すぐにバスタブ一杯になった。この部屋の浴室は洗い場があるから、思い切りよく湯につかっても、心配ない。ザブーンと入りザザザッとお湯が洗い場に落ちて行く。家では、なかなか出来ない贅沢だ。

 ふと、真帆のことが浮かんだ。不規則な僕の帰りを理解して、風呂!と言えば、すぐ用意ができている。ごはんが先と言っても、いやな顔一つせず、テーブルに用意してくれる。少しワインを飲みながらの会話だって、本当は楽しい。朝だって、起きるとサイドテーブルに、その日の洋服が準備されている。朝食だって、気分で和食と言ったりパンと言ったりするのに、ちゃんと準備してくれる。それも、うれしそうに。


「僕は、何が不満なんだ?」


 不満なんかないはずだ。だって、可愛いなあと思っていた真帆が、専務の娘だと知り、「高嶺の花」と、諦めていたのに、なぜだか、とんとん拍子で結婚の話がまとまっていった。


「でも、僕、真帆に何にも言ってないよ。」


 聞くのが、怖かった。『なんで僕で良かったんだ』なんて。確かに会社での業績は良かったはずだ。上司からも一目置かれていた。これから、エリート街道まっしぐらと、張り切っていたのは確か。でも、「理由?当然、会社の為よ」なんて、真帆の口から出てきたら、やっぱり結婚諦めただろう。

 僕は、専務の娘だと噂になっても、仕事を頑張っていた真帆を見て、けなげだなあと、サポートしているうちに、そのひたむきさと成果が上がったときの満面の笑顔に惚れていった。でも、高嶺の花と自分を戒めていたから、結婚できるとなった時、有頂天になっていて、真帆にきちんと聞かなかった。


 だから、あの時、がっかりさせるんじゃないかと判っていたのに、会社を辞めた。「逆玉」なんて言われたままだと、僕も真帆もだめだと思ったから。

 でも、それを真帆に言わなかった。その後、何となくぎくしゃくしてきて、仕事頑張れば頑張るほど、家に帰れなくなって、帰ると、一人でぽつんとしている真帆のことが可哀そうだけど、どうしてもやれなくて。

だって、あんなに欲しいと言ってた子供が、まだ授からない。産めないんだものなあ。真帆。それが判っていても、たまに、一人でほっとしたくなっていた。結局、わがままだ。


「でも、僕にとって必要な時間なんだよ。真帆」


 思いっきりよく、バスタブを出て、バスローブを着た。冷蔵庫から炭酸水をとり、飲むと、ほてった体に気持ちいい。今日は、早めにホテルを出て、京都で途中下車して、東山でも散歩してから帰ろう。


 銀閣寺から哲学の道を歩いて、色づき始めた古都の景色を楽しんだ。二年坂で、真帆が好きな漬物を買った。今日は、朝から真帆のことばかり気になる。本当は、清水寺もよろうと思ったのに、早く食べさせたいと、タクシーに乗って京都駅へ向かった。

「今時なら,いくらでも東京で買えるけどね。」


 

夕方、何気なくスイッチを入れたテレビから、臨時ニュースが流れていた。大阪のベイホテルの近くで、道路に埋設されたガス管が爆発して死者が出ていると言う。負傷者も多数で、身元の確認作業が難航していると伝えていた。

「お・お・さ・か?」

 タカシがいつも泊っているホテルの近くだ。きっと。

 2・3度、上着の内ポケットに、そのホテルの領収書が入っていたことがあった。タカシは、一度気に入ったものは、長く愛用する人だ。だから、そのホテルにずっと、行っているのだと思っていた。もしかしたら、ガス爆発に巻き込まれたかもしれない!


 誰に、聞けばよいのだろう!

 大阪に行くしかないの!

 でも、どこに行けばいいの!


あっ、電話?

テーブルの上に置いていたスマホから電話の履歴を見ようとした。

それなのに、震える指では、うまく操作できない。

何度かやり直しているうちに,ふと、思った。

でも、通じなかったら?

心がいっきに落ちて行く。

あわてて、通話をキャンセルした。

たちまち、身体が大きく震えだす。

なんで、昨日、大阪に行くことを止めなかったのだろう。

そうじゃない。結婚しなければ、タカシは会社を辞めていなかったんだ。

私がいけなかった。仕事をするなら別の会社に行けばよかったんだ。

私のバカ!

子供のように泣いた。大声で泣いていた。

「バカ! バカ! バカ-………」


「真帆?」

「どうした!」

「何があったんだ!」

「ケガしてるのか?」


気づいたら、タカシに抱きしめられていた。

ああ、生きていた。

神様、ありがとう。

もう一度、大声で泣いた。



結婚以来、一度も泣いたことのない真帆が、大声で泣いている。ただ、黙って、落ち着くのを待った。やさしく抱きしめて。

こんなに、華奢だったんだな。こんな薄暗い部屋で、いつも一人だったんだよな。

ごめんよ。ほんと、ごめんよ。

やっぱり、もっと、たくさん、話をしなきゃいけなかったんだ。


「真帆」


最後まで、お読みいただきありがとうございました。


よろしければ、「僕のこと、私のこと」の朗読をお聞きいただけませんか?

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第24回 僕のこと、私のこと と検索してください。

声優 岡部涼音が朗読しています。

よろしくお願いします。


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