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僕のこと、私のこと  作者: 風音沙矢
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僕のこと、私のこと 01

 僕は、品川駅から新幹線に飛び乗った。

 会社からここまで、乗換駅では走りながら、この便にやっと乗ったのだ。

 座席にすわり、時計を見た。午後7時17分。

「まだ、間に合うな。」

思わず、つぶやく。


 9時37分に新大阪に着いて、急げば、ホテルには10時すぎに着くだろう。部屋に荷物を置いてからでも、カクテルをゆっくりと味わうことができそうだ。僕は、座席を倒して目をつぶった。


 そのホテルは、以前から気に入っていた。夜景が美しいことと、適度に距離を置いて接してくれるウェイターたち。そして、誰も知り合いに会うことがないこと。多忙な日々の中で、心からゆったりと過ごせる空間なのだ。妻には、出張と言って、年に何回か一人の時間を楽しんでいる。

 妻の真帆は、以前に勤めていた会社の重役の娘だ。僕が会社を辞めて独立したことを良く思ってはいないはずだが、口には出さない。いつも、にこやかに「今日は、遅いのかしら。」、「帰りが早いのなら、何か作っておきますけど」と聞いてくれる。

聞いてくれるが、本心はわからない。表立って、喧嘩はしていないが、会社を辞めてから、何となくぎくしゃくしているように感じているのは、僕だけなのだろうか。少し時間ができると、つい、足が、そのホテルに向いてしまうのだ。

 

「はい、判りました。気を付けて行ってらっしゃい。」


 明るく言えたかな。

 3年前、父の会社を辞めると聞かされ、戸惑ったことは事実だった。でも、タカシが自分の目標に向かって進んでいきたいのなら応援してあげようと、私からも父に頼んでいた。でも、あまり出しゃばっているようだったから、そのことは、タカシには言わなかった。

 その後、彼は相当頑張っていた。身体が心配になるほど、無理をして徹夜を繰り返していた。私にできることは、早く帰宅した時の食事と、気持ちよく働けるように清潔で着心地の良い服を用意しておくことぐらいだった。

 何も、彼の為にやれてないと不安になっていた頃、気づいてしまった。彼が、大阪に定期的に行っていることを。少なくとも、1・2か月に一回は、こんな日があった。でも、面と向かって、何のためなのか聞けないままでいる。

 そして、そろそろかなと思っていたとおり、今日、タカシから『出張になった』と連絡が入った。

「やっぱり」

確かに、仕事も多い。けど、それだけでなく、仕事とは関係なく大阪に行っているような気がする。最初は,すごく悲しかった。でも、この家には、癒しが無いことも判っていた。そう、子供がいないのだ。結婚して5年。子供ができなかった。もしかしたら、子供がいれば、彼は、帰って来てくれていたのかもしれない。

 電話を切って、ガランとしたリビングを見渡した。まだ10月だと言うのに寒々しい。たった一人で、この家で夜を過ごすには、やるせない。ふうっと力なくため息をついて、ダイニングテーブルに用意しておいた食器を片付けた。


 入社一年目で、彼と同じ部署に配属になり、任された仕事を頑張って、少しでも、会社に貢献したいと本気で思っていた私は、彼の裏表のない誠実さと着実に実績を残している姿にあこがれた。本当は、あこがれているだけでよかったのかもしれない。


 ある時、私が専務の娘だと噂になって、部署の空気が変わった。上司も先輩も、同僚も、はれ物に触るような、よそよそしい雰囲気になってしまった。本当は、就活もして入社試験も受けて、最終面接も受けて、内定をもらってから初めて父が、私が入社を希望していると知った。と、言うことだったのだけど。確かに、実質次期社長の娘なのだから、無理はないかもしれない。

 私は、小さい時から父が大好きだった。会社での立場もあって忙しく,それほど遊んでもらった記憶はないが、子供心に悩んでいる時は、時間の許す限り、じっと私の話を聞いてくれた。そして最後に頭をなでてくれて、『真帆、大丈夫だよ。自分を信じなさい』と背中を押してくれていた。そんな父が好きだった。

 それが、大人になると、経営者としての父は心も体も無理をしてとても疲れていることが判るようになった。どうにか父の役に立ちたいとこの会社に入ったのだ。でも、そんなことみんなに伝わらないよね。

「くやしい。はがゆい」


 彼だけは、今まで通りに接してくれた。うれしかった。当たり前のことだけど、仕事をする人間だと思ってくれている気がした。私は、仕事を頑張った。他の社員にも、きちんと仕事をしたいことを理解して欲しかったから。私は、彼に必死にくらいついて行った。頑張れば頑張るほど、残業も多くなって、彼と一緒の時間が増えていった。

 それが、いつしか噂になって、当然、父にも、無責任な噂が伝わって、彼は父から直々に声を掛けられることになってしまった。そして、父に気に入られ、自分たちの意思確認の時間さえ持てないまま、結婚の打診と言う形になり、彼は、それを承諾していた。

 それは、私の彼への気持ちが、あこがれから好意に代わって、少し恋愛感情が芽生えていたころだったから、とまどった。だって、


「私、彼から何も言われていない。」


 彼は、引くに引けずに、結婚されられたように思う。本当のことは怖くて、彼に聞けなかった。私は、彼と結婚できたことをうれしく思っていたから。

 あの時、彼にきちんと確認しておけばよかった。私のことを好きでないなら、断って良いのよと言わなきゃいけなかったのに、私は気づかないふりをしたまま結婚した。そして、彼は、2年後に会社を辞めてしまった。「逆玉」と陰で言われていることに我慢ならなかったんだろう。

 私は、結婚を機に会社を辞めていた。彼の為に。だって、一緒は無理よね。

でも、彼が会社を辞めた後、父の秘書として復帰している。だから、余計に彼と仕事の話ができないでいるのかもしれない。


「いらっしゃいませ」

 にこやかに、席へ誘導された。このウェイターは顔見知りだったから、僕のお気に入りの席を知っていた。それだけで、癒される。座り心地の良いソファーから大阪湾が一望できた。きらきらと都会のビルの灯りが水面に映っている。遠くに明石大橋のライトアップも見えていた。

 頼んでおいた、モスコミュールをウェイターが運んできた。コースターに置かれたグラスを手に取り、一口飲んだ。ああ、身体にしみてくる。

 ここのモスコミュールは、ジンジャーエールが辛口でキリっとしていて僕好みだから、今日は何にしようかと迷ったときは、すぐこのカクテルを頼んでしまうのだが、やっぱり正解だった。閉店まで、あと1時間。もう一杯飲めそうだ。


「さて、おかわりは何にしよう。」


相手が好きであればこそ、本心を聞けないことって有ると思います。

他人から見れば、じれったく、乱暴に「なんで聞けないのよ?」と言いたくなってしまうほどの、想い。

恋は、不器用させてしまう魔法がかかってしまうのでしょうか。

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