1.朝の出来事
「なぁ、エレナ。帰ってきてくれないか?」
「はぁ……?」
翌朝のことである。
私の耳を汚したのはそんなエレミオの言葉だった。
何故か私の家を訪れた彼。そんな彼が、玄関口で意味不明なことを口にしたのであった。淡い青の髪を何度も弄りながら、金の瞳をあらぬ方向に泳がせている。
「頼むよぉ。ボクの、一生のお願いだ!」
「いえ。そう言われてもわけが分かりませんし……それに貴方は今まで何度、そうやって何回の人生を相手に差し出してきたのですか?」
「うぅ……」
私がそう切り返すと、エレミオはこれまた大げさにうな垂れた。
そして、こんな身の上話を始める。
「アイツは魔女だったんだ……」
「魔女? アイツ? ――もしかして、レイラ・フランソワのことですか?」
こちらがつい相づちを打つと、彼は大きく目を見開いた。
「そう。そうだよ! レイラ・フランソワは魔女だった!! ――彼女を招いて二日。豪遊に次ぐ豪遊で、我が家の財産は音をたてて削れていくんだ!!」
「へー……」
そして、そんなことを訴える。
しかし私としては、これといって感じることはなかった。
だって、もうエレミオと私は無関係なのだから。あちらが婚約破棄を申し出た以上、こちらとしては寄りを戻すつもりなどなかった。
仮にもしも、そんなことを許すなら。
私の頭の中は相当にお花畑ということになってしまう。
「頼む! 頼むよ、ホントに!!」
「何度、頭を下げても同じです。お帰り下さい」
なので、ここは何と言われようとお断りであった。
だけどもエレミオは、必死に訴えてくる。そして、ついには――。
「――キミのことはドがつくケチで、時々に言葉遣いが乱暴で、なんだったら暴力的な女だと思っていたことはここに謝罪する! だから、戻ってきてくれ!!」
「…………………………」
そんなことを、おっしゃった。
私はニッコリと笑みを浮かべて、こう言う。
「あらら。そんなに頭を下げないで、エレミオ? ――面を上げてくださいまし」
――と。
すると彼は、
「あぁ。分かってくれたんだね、エレ――」
何の警戒心もなく満面の笑みを浮かべる。なので、
「――ふざけないでっ!!」
「ぶぺらっ!?」
私はその綺麗な顔に、渾身の拳を叩き込んだ。
エレミオはきりもみ回転しながら後方へと吹き飛んでいく。
そして、遥か先にポテンと落ちたソレを見て、私は大きく息をつくのであった。
冒険者二日目の朝は、こんなドタバタ劇から。
気絶するエレミオを無視して、私は出立の準備を始めるのだった……。
◆◇◆
そんな事件から、数時間後。
「あの、エレナさん。どうしてそんなに笑顔なんですか?」
「え、ん? レオくんは、笑顔の私は嫌い?」
「い、いえ。そんなことは……」
ギルドに赴いた私はレオくんと合流した。
すると、彼にそんなことを言われてしまう。どうやら無意識下で怒りを押し殺していたから、らしい。周囲に覚られないよう、勝手に笑顔になっていたようだ。
それがレオくんには、どうにも違和感となってしまった模様。
とりあえずは、そう言って誤魔化したけど。
しかし、忘れようにも朝の出来事は忘れられなかった……。
「ねぇ、レオくん。私って――」
だから、思わず少年に訊ねようと口を開く。
その時だった。
「――やぁやぁ! キミが噂の女冒険者かな?」
「そんなに、ガサツ……え?」
私たちに。
いいや、私に声をかけてくる人物があったのは。
声のした方を見ると、そこに立っていたのは鎧を身にまとった剣士だった。赤い髪に青の瞳。背中には大剣を背負っている。背丈は私より二回り大きいだろうか。――しかし、それにしても美形であった。思わず感心してしまうほどに。
「キミが、女冒険者――エレナ・ファーガソンかな?」
「え、えぇ……そうですけど。貴方は?」
こちらが肯定し、訊ねると剣士は恭しく礼をした。
そして、こう名乗る。
「俺は――カイウス・アインツヴァイと言う。エレナくん、今日はキミにお願いがあってここに来たのだよ!」
続けて、こちらの反応など関係なしに男性剣士――カイウスは言った。
それは耳を疑うモノであり、
「今日からエレナくんは、我がパーティーに入るといい! 俺が許そう!!」
「…………はぁ!?」
思わず、口調が崩れてしまうのも仕方のないモノであった。
高圧的かつ、独善的な男剣士――カイウス・アインツヴァイとの出会い。
それは、私の冒険者人生の中にも色濃く残るモノであった……。
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