5.それぞれの夜
「今日は、失敗しちゃったなぁ……」
初めてのクエストを振り返り、ベッドに寝転がった私はそう呟いた。
あの時の自分はどうにも気持ちが高ぶっていた。そのため、レオくんの様子に注意が回らなかったのである。結果としてはクエストも達成したから良いものの、一歩間違えれば、という話だった。
「明日からは、もっと気を付けなくちゃいけないわね!」
パジャマ姿の私は、上半身を持ち上げてグッと両拳を握りしめる。
うんうんと、何度か頷いてふっと息をついた。
「そういえば、レオくんはどうしてるのかしら。明日はギルドで会う約束したけど、どこに住んでいるのかとか聞いておいた方が良かったかな?」
そこでふと、そう思う。
彼はどこに住んでいる、どんな子なのだろうか。
成り行きでパーティーを組むことになったけれど、仲間になるのだからもっとお互いを知らなきゃ駄目だ。私はそう考えて、明日はもっと彼と仲良くなろうと、そう誓う。――さて、そうと決まれば早く眠ってしまおう!
「おやすみなさい、イリーナお婆様」
私はベッドの中に潜り込んだ。
最後に、立て掛けてある大切な人の写真に語りかけて――。
◆◇◆
――帰宅したレオは、小走りで寝床へと向かう。
大急ぎでドアを開けるとそこには、一人の少女が眠っている。
呼吸は一定のリズムを刻み、うなされている様子もなかった。レオにとってはそのことが何よりも救いとなる。自分が働きに出ている間、妹――リリアの安息は本当に嬉しいことだった。
「ただいま、リリア……」
少年は妹を起こさないように、その綺麗な黒髪を撫でる。
閉じられた目蓋の奥にある、同じく円らな黒の瞳を見ることが叶わないのは残念ではあった。それでも、病床に伏せる彼女が少しでも安らかなら、それは何物にも代えがたい。
どんな名医でも首を横に振るという、難病に侵されているリリア。
レオはそんな彼女の手に触れて祈りを捧げた。
「母さんは、まだ帰ってきてないのか」
ひと安心した後にレオはぽつりと呟く。
彼らの母親は、生活費を稼ぐために夜遅くまで働いていた。父親はまだ二人が幼い頃に他界。母の話では冒険者だったらしく、レオがその道を選んだのはそのためだった。少しでも、家族のためになればと、そう願って……。
「でも、まだまだだよな。今日だって……」
エレナさんがいなければ、きっと自分は。
そう考えて、レオは寒気がするのを感じていた。
別れてからずっと思っていたのは、あの人の常識外れな戦闘である。少なくとも治癒師を名乗る人物がする動きではなかった。それこそ、それは剣士や戦士のような、最前線で活躍する人々のような……。
「そういえば、ボクはあの人のこと良く知らないや……」
明日にでも、訊いてみようか。
いったい、どこに住んでいているのか、とか。
身に着けている物からして、こんな貧しい生活をしている自分なんかとは比べ物にならない人なんだろうけど。それでも、せっかく仲間にしてもらったのだ。
もう少し、エレナのことを知りたいと――レオはそう思った。
「もう、今日は寝よう。お休み――リリア」
そう、最後に妹へ告げて。
レオは自身の寝床へと移動した。
夜は更けていく。その闇は、どこまでも続くように思われた……。