4.初めての戦闘
私が到着すると、そこにはスライム三体に囲まれたレオくんの姿があった。
護身用ナイフを片手に、そこに飛び込む。続けて少年に襲いかかろうとしているスライムに、蹴りを喰らわせた。すると手応えはあまりなかったが、それでもその一体は「ぴぎぃ」と叫びながら後方へと転がる。距離を取れたことを確認し、私はレオくんに声をかけた。
「――レオくん、大丈夫?」
彼は呆けた表情でこちらを見てくる。
愛らしい顔立ちに浮かぶそれには、ひどく申し訳なく思われた。
「エレナさん!? どうして、戻ってきた――いたっ!」
「喋っちゃダメだよ! 今はとにかく安静にしてて!」
しかし、そんなことを考えている場合ではないらしい。
私はレオくんにそう指示を出して、前を向き直る。その先では、三体のスライムがこちらの様子をうかがっていた。ジリジリ、と距離を詰めながら。
次に飛びかかるのはいつか、そのタイミングを計っていた。
「さて。護身術程度のことしか出来ないのだけど――やるしかないわね」
自分に言い聞かせる。
そして、私はリューク兄様と行っていた特訓のことを思い出した。深呼吸をして一度、目を瞑る。次に開いた時には、もう――スイッチが入っていた。
「大丈夫。行ける――!」
スライムたちもそれを察したのかこちらへと躍りかかってくる。
だけどもう、私にはその動きが緩慢に見えていた。
「右から……っ!」
スローモーションになっていく世界。
その中で私は的確に、まずは右手にいるスライムに狙いを定めた。
半身になって回避をしながらも、それが通過するであろう場所にナイフを這わせる。するとまるでゼリーをカットするような感触が手を伝ってきた。
スライムの急所は、その内部にある核だと。
文献にはそのように記述されていた。いまの一撃で、瞬間的ではあるが、その急所が剥き出しになったのが見えたのである。その隙を――逃さない!
「はぁ――――っ!」
瞬時にナイフを左手に持ち替え、右手をその傷口に突き刺す。
するとどこか粘着質な球体に触れる。それは間違いなく、スライムの核に違いなかった。私はそれを握り締めると、一気に引き抜く――!
――ピギャアアアアアアアアアアアっ!?
その直後に、スライムの断末魔。
核を引き抜かれたそいつは魔素へと還元されていく。
「次は、そっち!」
しかしそれを確認するよりも先に、私は二体目のスライムへと目を向けていた。
仲間がやられたと認識したのであろうそいつは、やや乱暴な攻撃を仕掛けてくる。だからこそ隙が大きかった。私は透けて見えた核目がけて、左手に持ったナイフを突き出す。すると、それは的確に急所を貫いて――。
「――残り一体!」
一撃必殺。
スライムは断末魔を上げる暇なく霧散した。
そして、残りの一体は形勢不利と判断したのか逃亡を図る。
「逃がさない……っ!」
そうなるともう、後は簡単だった。
スライムの移動速度よりも、私のそれの方が圧倒的に速い。
高くジャンプした私は――その最後の標的目がけて、渾身の力でナイフを振り下ろすのであった。
◆◇◆
「レオくん? 痛みは、大丈夫かな」
「は、はい。おかげさまで、どこも痛くありません」
私はスライムをすべて討伐した後に、レオくんの傷を治癒した。
どうやら私程度の【治癒魔法】でも治るモノだったらしい。そのことに安堵しながら、小さく息をつくのであった。
「あの。エレナさん、その……」
「ん、どうかしたの。レオくん?」
さて、そんな感じで帰り支度をしていると。
レオくんがどこか申し訳なさそうに、頭を下げるのであった。そして、
「すみませんでした! ボク、本当に役立たずで……!」
大きな声で、そう謝罪する。
面を上げると、その円らな瞳には涙がにじんでいた。
どうやら相当に怖かったらしい。それと同時に、私に呆れられたと、そう思っている様が伝わってきた。その姿を見て、こちらは少し考えさせられる。
だけど、そうだよね。
ここは思ったことを正直に、伝えてあげなくちゃ。
「レオくん? 私ね、思ってることがあるんだ――」
「は、はい……」
一度そこで言葉を切り、深呼吸。
そして、こう伝えた。
「――失敗は、やっぱり仲間同士でカバーしないとね!」
「え……っ!」
それは今回、私が思った正直な気持ち。
私だって、レオくんを置いてけぼりにして逃げてしまった。
その結果として彼は怪我をして、一歩間違えれば命を落とすところだったのである。だとすれば、今回はお互い様。次回以降への教訓とするのが正しいだろう。
「ね? だから、今日は帰りましょう!」
そんなわけだから、私は彼の手を取った。
そして、歩き出すのだ。私たちの冒険者としての日々は、始まったばかり。
そう、思いながら――。
◆◇◆
――この人は、凄い。本当に凄い。
少年――レオは心の底から、そんな感想を抱いた。
初めての戦闘で、治癒師であるにも関わらずスライム三体を撃破。
さらには自身の致命傷とも思える傷を、なんでもないといった風に治してしまった。これを凄いと言わずして、何を凄いと言えばいいのだろうか。
少なくとも、少年の中には他に言葉が見つからなかった。
「この人と、一緒だったら……」
そしてそう呟く。
この人と一緒にいれば、自分の目標にも近付けるのではないか、と。
規格外とも思える新人冒険者、エレナ・ファーガソン。彼女のポテンシャルは計り知れない。レオの目にはその可能性が見えていた。
だから少年は憧れと、尊敬を抱きながら。
彼女と繋いだ手をいつまでも、じっと見つめていた。
ギルドの前で別れて、家へ帰った後もずっと。もしかしたら、それは――。
「――エレナさん、か……」
少年にとっての初恋に近いモノであったのかもしれない……。