3.初めてのクエスト
さて。私の初めてのクエストは、想定外に魔物の討伐になりました。
レオと二人で木々の生い茂る森の中へ飛び込んだ私は、護身用で手にしていたナイフを使って蔦を切り、前へと進む。少年はその後方から、少し不安げについてきた。
「あの、大丈夫なのでしょうか。その――」
「――スライム三体の討伐、でしょう? それくらいなら、大丈夫ですよ」
そして、そんな風に訊いてくるので勇気づける。
とは言っても私も不安は不安だった。スライムは最下級の魔物であるにはあるのだけれど、その特殊な性質は初心者には厄介。何がって、あのネバネバをどうするか、という話だ。それに武器として私が持つのは、先ほども言ったようにナイフだけ。
「そう言えば、レオくん。キミってクラスは?」
スライムに効果的なのは、たしか魔法だった。
そう思いながら、私はレオくんにクラスについて訊ねる。
「あ、えっと……いちおう、魔法使いです」
「あぁ、そうなんだ。それならスライムも簡単に倒せるね!」
すると返ってきたのは、なんとも都合の良い答えだった。
魔法使いなら少しは戦闘も楽になるかもしれない。私はそう思った。
「ちなみに、私は治癒師なの。後衛二人だけど、頑張りましょうね!」
「あ、その…………はい」
とにかく元気づけて、どんどんと前へ進む。
その反面にレオくんが元気を失っていくのが気がかりだったけど、大丈夫だろうとそう思うことにした。きっと初めての相手との共闘で、緊張しているに違いない。
本番になればきっと、しっかりと役割を果たしてくれるだろう。
そう思って歩くこと、三十分ほど。
スライムの生息すると言われている水辺へと到着した。
「えっと。たしか、ここで――あ、いた!」
「ひっ……!」
草葉の陰から様子をうかがう。
すると、そこにはおあつらえ向きにゲル状の丸い生物が三体。暢気に周辺を行ったり来たりしており、そこには法則性はなかった。
警戒心の欠片もない。狙うなら、今がチャンスだった。
「それじゃ、レオくん。あの三体の中心に魔法を撃ってみて?」
「は、はい……!」
私は震えているレオくんに小声で指示を出す。
すると彼はハッとした顔になって、小さく詠唱を始めた。――どうやら、唱えているのは初級魔法である【フレア】。スライム相手なら、十分なモノだ。
もっとも、それも――。
「ふ……【フレア】っ!」
――しっかりと発動すれば、の話であったけど。
「へ……?」
スライム三体の中心で、ポスン、という音と共に煙が発生した。
隣を見れば、そこには青ざめた顔をしたレオくん。
「あー……」
私はそこで理解した。
どうして彼があの冒険者の怒りを買ったのか。
それはつまり、うん。魔法使いだけど、魔法の扱いがからっきしだったから。それが原因でスライム相手のクエストを失敗した。そういうことだと、思った。
「す、すみません……」
「いや、うん。大丈夫だけど……」
私は謝る彼に、そう返しながら頬を掻いて苦笑い。
しかし、それどころではなかった。
「って、あのスライム。こっちに気付いた!?」
「え……うわっ!?」
そう。いまの魔法で、スライムはこちらの存在に気付いてしまった。
私は一時退却すべきだと考え、
「逃げよう、レオくん!!」
少年にそう言って駆け出す。
そして、そのまましばらく来た道を戻り――気付いた。
「……って、レオくん!? ついてきてない!!」
レオくんが自分の後ろにいないことに。
それはつまり、考え得る最悪の事態だった。
魔法もろくに使えない魔法使いである彼が、あの場に取り残されるということ。それはつまり――。
「――――――――っ!」
私はまた駆け出す。
せめて、大怪我してなければいい、と。
そんな最低限とも思えることを願いながら――。
◆◇◆
――レオは一人取り残された。
これでは、前のパーティーの時と同じだと、そう思う。
「ボクのミスじゃない、か。ははは、どう考えてもボクのミスなのに……」
どうしてあの時、あんな意地を張ってしまったのであろうか。
今になって、レオはそれを呪う。そんなことしなければ、あのまま冒険者を諦めていれば、こんな目に遭わなくても済んだのに――と。
スライム三体討伐、そんな簡易なクエストすら失敗に追い込むような、最弱の魔法使い。そんな自身に、レオは嫌気が差していた。
「もう、ダメかな……」
そんな呟き。
彼にスライムが嬉々として迫る。
最下級とはいえ、相手は魔物だった。こんなボロボロの衣服程度の装備では、間違いなく大怪我をしてしまうに違いない。少年は、それを覚悟して目を瞑った。
そして初撃。
「――――――――!」
レオの腹部に、鈍痛。
スライムの体当たりで、確実に肋骨が数本折れた。
臓器に突き刺さったらしい。少年は込み上げてきた赤い塊を吐き出した。これだけで、間違いなく瀕死の重傷であることはたしか。
倒れ伏したレオは、霞む視界でスライムを見据えた。
そこには、珍しい餌を得たと喜ぶ魔物の姿。
それを確認して、レオは改めて諦めの気持ちへと至った。
「あぁ、ごめん……リリア。ボクは――」
――家族の役には立てなかったよ。
そう、最後まで言い切れずに少年は力尽きかけた。その時だった。
「はああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
先ほどまで隣にいた治癒師の女性――エレナの絶叫が聞こえたのは。
「……えっ?」
レオは目を見開く。
すると、そこに立っていたのは――。
「――レオくん、大丈夫?」
貴族らしいドレスをボロボロにしながら立つ女性。
綺麗な顔に、慌てた表情を浮かべる女性。
エレナ・ファーガソンは、ナイフ片手にスライムに相対していた……。