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10.一つの賭け






 ――そのドラゴンは、腐っていた。

 全身を覆う強靭な鱗もよく見れば溶け始めており、剥がれた箇所からは体液なのだろうか、ヘドロのようなものが垂れている。苦しげな声を上げながら彷徨うそれは、もはやアンデッドに近いのではないかと思われた。いいや、それはまさしく生ける屍たる竜だ。


「あれは、いったい何なんですか!? エレナさん!」

「分からない……。でも、普通じゃないよね……」

「はい。でも、アレがいたらガタ草は……」

「採集してる暇は、ないね」


 草葉の陰から徘徊するドラゴンを見て、私とレオくんはそう話し合う。

 少なくともアイツがいる限り、安全にガタ草を回収することは出来ないだろう。

 しかし今、二人で戦いを挑んだとしても勝機があるかは微妙だ。それに何よりも、あのように変質したドラゴンは文献にも載っていないし、聞いたこともない。


 相手にしては危険だ、と。

 頭の中で生存本能が警鐘を鳴らしていた。


「残念だけど、今日のところは一度、国に帰って――」


 それに従って、帰還を提案しよう。そう思った時だった。

 その声が聞こえてきたのは。


 ――イヤシ、ヲ。ワレニ、イヤシヲ……。


「え……っ!?」


 それは頭の中に直接届くような、そんな声だった。

 私は思わず、ドラゴンの方を見る。何故ならそれは、助けを求めるようなモノ。そして今、この場で誰よりも苦しんでいるのは――彼のように、思えたから。


「エレナさん……? どうか、されたのですか?」

「レオくん。おかしなこと言って悪いんだけど――」


 ――そう思ったら、私はすでに少年にある提案をしていた。



◆◇◆



 少年は駆けていた。

 腐った水の張る中を凄まじい速度で。

 燃え盛る剣を片手に、腐った身体をしたドラゴンへ向かって。


「――――――――」


 声はない。ただ、走る。

 自分に出来ることは、ただ時間を稼ぐこと。

 それを理解している故に、少年はただ姿を晒し、走った。エレナの詠唱――その魔力の高まりを察知されないように。


「こっちだ……!!」


 ドラゴンはレオを視界に捉えると、その口から大量のヘドロを射出。

 それを飛び退り、回避する少年であった。ちらり、彼がその攻撃が着弾した場所を見ると、そこからは異臭と共に大地を溶かす異様な音が聞こえる。

 どうやら、一撃でも喰らえば骨までやられそうだ。

 レオは唾を呑み込みつつ、ドラゴンを見る。


「エレナさん、早く……!」


 そして、この作戦――いいや、賭けといった方が良いか。

 それを考えた自身の恩人のことを思うのだった。



◆◇◆



 レオくんがドラゴンの注意を引き付けている。

 私はその隙に、ある魔法の詠唱をする。それは決して攻撃魔法ではない。

 そして、それは私にとって大きな賭けとなるモノだった。文献で学びはしたが、発動できるかどうか分からない。さらに言ってしまえば、これが効果的とも分からない。そんな曖昧な状況で、私はレオくんにお願いをしたのであった。


『数十秒で良いの。時間を稼いでほしい』――と。


 彼も最初は面食らっていたが、それでも頷いてくれた。

 それに応えなければ、新人といえど冒険者の名が廃ってしまう。

 私は意識を集中する。唱える魔法は、私の最も得意とする分野――治癒魔法だった。それもその最高峰に位置する解毒、蘇生魔法の『リザレクション』を。


 ――――これなら、あらゆるモノを浄化できる。


 聞き間違いでなければ、あのドラゴンは私に語りかけてきていた。

 まるで冗談のようだけれども、私には聞こえたのである。

 助けを求める、もがき苦しむ声が。


「それなら、治癒師として挑戦しないわけには――いかない!」


 助けを求めるモノがあって、行動せずして何が治癒師か。

 詠唱は終了した。あとは、それを展開すればそれで完成だ。私は目を瞑り、最後の集中力を振り絞る。そして、大きく息をついて――。


「――【リザレクション】!」


 その魔法の名を告げる。

 治癒魔法の最高峰に位置する魔法の名を。

 湿地帯に、それ全体を包み込むような巨大な魔方陣が展開された。眩い輝きを放つそれに、私は瞬間の立ちくらみを覚えるが、どうにか堪える。




 さぁ――これなら、どう!?




 私はやや攻撃的な気持ちで、ドラゴンを見た。

 そして、その直後である。


「え……?」





 私が、言葉を失うことになったのは――。



 


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