8.貴族令嬢として
国の東にある喫茶店。
そこで、レオは硬直していた。
「あらら。そんなに硬くなってしまって――緊張してますのね」
「そ、そんな……大丈夫、です。お気になさらず」
「無理なさらないで? ほら、力を抜いて」
「あぅ。すみません……」
少年はレイラに導かれるままに着席する。
身にまとうのは、いつものようなボロの服ではなかった。
白の燕尾服の上着に、裾の短い黒のパンツ。膝小僧を出しているその姿には、少年らしさと同時に由緒正しき雰囲気が漂っていた。元々の素材がいいためであろうか。貴族の集まるその店の中において、レオは良い意味で目立っていた。
貴婦人たちが皆、彼を見て小声で話す。
あの麗しき少年はいったいどこの家の子供なのだ、と。
「あぅ――えっと、やっぱりボク、浮いてますよね?」
しかし、それを勘違いしたレオは消え入るような声でそう言った。
小さくなっていく背中。弱々しい雰囲気。だが、そんな姿がまた愛らしい。そう思えてしまうほどに、今の少年には魅力があった。
そのことをどこか誇らしげに、レイラはくすりと笑う。
「大丈夫ですわよ。誰がなんと言おうと、私がレオ様を守ってみせますわ」
「あ、ありがとう、ございます……」
そしてそんなことを言われるものだから、なおのこと彼は恐縮してしまった。
レオのその反応にまたレイラは微笑み、小さく手を挙げて手短に注文を済ませる。ウエイターは音もなく現われて、去って行った。
彼女はそこで少年を改めてマジマジと見つめる。
続けて自画自賛するかのように、恍惚としたため息をつくのであった。
「はぁ……。本当に、愛らしいですわ」
「そう、でしょうか?」
そう言われ、ようやくレオは面を上げる。
自身の予想外の一言に困惑した彼は、周囲のことなど忘れてしまった。
「えぇ、本当に。このまま、私のモノにしてしまいたいくらいです」
「そ、それは……」
……無理です、と。
そう少年が言おうとしたら、レイラが人差し指を立てて止めた。
レオは相手のその仕草にきょとんとする。桃髪の令嬢は、クスリと笑ってからどこか遠くを見つめるのであった。そして、こう話し始める。
「私の家は、貴族の中でもそこまで栄えている方ではないのです。そして、私は一人っ子。だから常に、親からあるプレッシャーを感じて生きてきました」
スッと、声を抑えるようにして。
「それは、名家の嫡男に嫁ぐこと、です」
そう言った。
自分には、そうするしか道がなかったのだ、と。
「だから、本当の恋をするつもりなんてありませんでしたし、しないものだと思っていました。それなのに、どうしてですかね――貴方に、私は恋をした」
「レイラさん……」
それは、法螺吹きと呼ばれた彼女から出た本音。
嘘偽りなき、真実だった。
「でも、それもすぐに終わります。レオ様は妹様のためにこうしているだけ。一時的な契約関係――それは、重々承知致しておりますわ」
そこまで話して、ふっと息をつく。
レイラはその後に柔らかく微笑んで、こう続けた。
「さぁ、そろそろ終わりにしましょう? 湿地帯へ入る権利は、お与えします。それにレオ様にはこれから、微力ながら金銭的支援も致しましょう」
「え……? でも、お金に余裕はないって……」
その言葉に、レオは驚く。
しかし、それを打ち消すようにしてレイラはこう言った。
「大丈夫です。もうそろそろ、色々なところに投資したお金が戻ってくる頃合いですわ」――と。
自分は今まで、エレミオの家の財産をただ食い潰したわけではない、と。
彼女はそう語ってみせたのだ。
「ですから、心配はなさらず。リオテリウス病は国難の一つでもあります――それの解決に貢献できるなら、望外の喜びですわ」
「…………………………」
レオは話を聞いて、押し黙る。
そして、突然に立ち上がってこう言うのであった。
「まだ! ――まだ、終わりませんよレイラさん!」
「え……?」
急に大きくなった彼の声に、今度はレイラがきょとんとする。
彼女は、少年のことを見つめた。するとそこにあったのは――。
「行きましょう! 今日は一日、ボクと思いっきり遊びましょう!」
――レオから差し出された、小さな手。
レイラは呆然。しかし、数秒の後には泣きながら笑って、
「……はいっ!」
その手を取るのだった……。
◆◇◆
その様子を眺めていた私は、言葉を失っていた。
「まさか、あのレイラがそんなことを考えていたなんて……」
意外な事実。
周囲から後ろ指をさされながら、それでも今の地位にたどり着いた彼女。その背景にあったことに、私はただただ言葉を失することしかできなかった。
これをエレミオはどう思っただろう。
そう思った私は、隣にいるレイラの相方を見た。すると――。
「――何をやっているんだ、エレナ。二人を見失うぞ」
「あ……」
そこには、すでに背を向けて二人を追う青年の姿。
私は一瞬だけ言葉を詰まらせた。だけど、
「そう、ですね」
なにも言わず、彼の言葉に同意する。
これはきっとレイラとエレミオの問題だった。
それなら、もう部外者の私が口出しすることではないと、そう思った。
「ホントに、アイツは馬鹿だ……」
けれども、最後に聞こえたエレミオのそんな言葉。
それに私は一言だけ、こう答えるのであった。
「えぇ、エレミオ。貴方の言う通りです」――と。
もし面白いと思っていただけましたら、下記フォームより評価お願い致します。
また、下記リンクからは新作に飛ぶことができます。
応援よろしくお願い致します!!
<(_ _)>




