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8.覚醒






 この闘い、ハッキリ言ってレオくんの防戦一方だった。

 私は手を組んで祈りながら、どうか怪我だけはしないでと祈る。


「レオくん……」


 カイウスの大剣を回避しつつ、どうにか唯一の魔法――【フレア】を唱えようとする少年。しかし、その発動が成功したのは、十数回試みて二~三回だけだった。

 救いなのは、大振りな相手の攻撃。その直撃を喰らっていないことか。


「――――――――っ!」


 それでも何度も地面に転がり、回避し続けることで、レオくんの体力は見るからに消耗していた。呼吸は荒く、肩で息をして、杖を幾度も落としそうになる。

 握力も、集中力も。そのすべてが、だんだんと削り取られていた。

 それでも、彼の目は――。


「まだ。まだだ……っ!」


 ――決して、死んではいない。

 いくら身体が傷付こうとも、心が折れることはない。

 真っすぐに見据えるのは大剣を掲げし、赤髪の剣士だけ。瞳孔を開き、舌なめずりをするそいつ――カイウスは、ただただ遊んでいるだけ、そのようにも見えた。


「さぁ、こい! この最弱の魔法使いが!」

「――【フレア】っ!」


 カイウスの煽りに、レオくんは魔法を放つ。

 久しぶりに正常に発動したその火炎弾は、一直線に敵へと向かって飛来した。しかし、それは無情にも――。


「――この程度では、俺には届かない!!」


 カイウスの大剣、その一振りで霧散する。

 横薙ぎに払ったそれにより、土煙が舞い上がった。


「くっ……!」


 思わず、レオくんは目を覆う。

 しかしそれが、致命的な隙を生んでしまった。


「さて。そろそろ、お遊びはお終いにしようか?」

「あっ……!?」


 視界が開けた後、少年の前にはカイウスが立っていたのである。

 私は息を呑む。そして、それはレオくんもまた同じであった。彼は目を見開いてとっさに後方へと飛び退ろうとする。――だが、しかし。


「逃がすか!」


 カイウスのその一言。

 それが発せられた後にあったのは、倒れ伏すレオくんの姿だった。

 私の目に映った情報が確かなら、少年が倒れたのは決して剣の一撃によるものではない。それは、強烈な蹴りだった。大きな剣を振るうよりも素早いその攻撃は、これまで必死に回避を続けたレオくんのみぞおちを捉えたのである。


 完全に不意打ちとなったそれは、大きなダメージとなった。

 呼吸を失った少年はうずくまって、小刻みに震えている。それは観衆も息を呑むほどに一方的な、悲惨な光景であった。思わず、悲鳴が上がるほどに……。


「レオくん! もう、もういいから! 降参して!!」


 それは、私も同じだ。

 気付けば私はそんな懇願をしていた。

 もう、見ていられなかった。これ以上、自分の仲間が傷付くのは――。


「……まだ、ですよ。エレナさん」

「え……!」


 ――だが、それでも少年は立ち上がる。

 杖を支えにして、込み上げたモノを吐き出しながら。

 レオくんは振り返って、私を見ながら静かな微笑みを浮かべた――。



◆◇◆



 ――少年は、守ると誓った人へ笑みを向ける。

 まだ終わっていない、と。そう伝えるようにして。


「ははは、でも……」


 キツイな、と。

 レオは口にしかけて、その言葉を呑み込んだ。

 口にしてしまえば本当に最後なのだと、そう思ったのである。しかし同時に、自分の力の限界を感じていた。自分の魔法ではこの男――カイウスには、歯が立たないと。それに気付いてもなお、少年は自分の意地が捨てられなかった。


 父のような魔法を駆使して戦う者に。

 強くも弱くもなかったが、その代わりに誰よりも正義感に満ちていた自分の父。その背中を追いかけて冒険者になった以上、その気持ちだけは捨てきれなかった。


「ふん。思ったよりもしぶといな、少年――レオ、といったか」


 そうしていると、唐突にカイウスが声をかけてくる。

 彼は大剣を軽々と肩に担ぎ、鼻を鳴らした。


「まぁ、名前だけは憶えておいてやろう。最後まで、意地を張り通した大馬鹿者としてな」

「ははは。それは、どうも……」


 少年は、霞む視界に映る相手を見ながら返事をした。

 そして一つの咳払い。すると、少量ではあったが、血がこぼれ落ちた。


「それでは、な。存外に愉しかったぞ」


 カイウスが剣を振り上げる。

 その瞬間に、少年の耳に届いたのは――。


「――レオくん! 死なないで!」


 エレナ・ファーガソン。

 彼を初めて仲間として認めてくれた、大切な人。

 そして、もしかしたら初めて恋をした相手かもしれなかった。そんな人の悲鳴を聞いて、しかし少年はどこか胸の空く思いをしている。


 自分は最後に、貴女に会えて良かった――と。


 本気でそう思っていた。

 だがしかし、次の瞬間に聞こえたのは――。


「大切な人を泣かせて、悦に浸るんじゃないぞ! レオくん!!」

「……え?」


 ――そんな、男性の声。

 それが、最初は誰か分からなかった。

 だけども、その人物の言葉は胸に突き刺さる。


「守るなら、こだわりは捨てろ! 可能性を信じろ!!」

「――可能性」


 少年は、その言葉を繰り返した。

 自分にある可能性とは、いったい何か。

 自分の望んだ姿と、自分に秘められた可能性の交差する場所。それは――。


「受け取れ、レオくん」


 ――声は最後に、静かにそう言った。

 そして、足元にあるモノが転がったのである。

 少年は無意識のうちにそれを拾い上げ、その直後――。



◆◇◆



 ――私の目には、信じられない光景が広がっていた。


「レオくん……?」








 私の視線の先。

 そこには、燃え盛る剣を片手に立つ――レオくんの姿があった。




 


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