7.決戦前
国の中心にある国民広場――そこが、決闘の舞台だった。
広い円形のそこでは、頻繁に何かしらの催しが行われる。祭であったり、露店市であったり。そのため、そこには常に人が溢れかえっていた。
そして、今回の催しは冒険者同士の決闘。
年に数回、行われるかどうかという珍しいモノだった。
したがって、私たちが到着した頃にはすでに人だかりが出来上がっている。決闘を執り行う際には、ギルドの役員が審判を務めるらしいのだけど――。
「――あぁ! アンタ、この間の!?」
「えっ……?」
その人物を探していると、そう声をかけられた。
見ればそれは、ギルドの受付をやっていた男性である。ずんぐりとした強面の彼は、まるでオーガでも見たかのような顔をしてこちらへやってきた。
「なんだ? お前さん、今日の決闘の関係者なのか」
「え、えぇ。はい、そうです……」
「そうか。えー……」
そこまで話してから、男性は考え込む。
そして、
「あぁ、すまねぇ。名乗ってなかったな――俺の名はゴンザ。もし良かったら憶えておいてくれや」
ニッと、以前とはまったく異なる表情をしてそう言った。
「はい、よろしくお願いします。私はエレナ・ファーガソンです」
「レオです。よろしくお願いします」
「おう、坊主もよろしくな!」
彼――ゴンザさんは、握手を求めてくる。
私とレオくんはそれぞれに応対し、軽く礼をした。
すると相手も、どこか調子が狂うと言いながら礼を返してくれる。どうやら、第一印象こそ良くなかったが、そこまで意地の悪い人物ではないらしい。
私はそう思いながら、同時にあることに気付いた。
「あ! もしかして、ゴンザさんが今回の決闘の……?」
「おうよ。今回は、俺が審判だ」
訊ねると、腕を組んで答えるゴンザさん。
そしてふと、レオくんの身に着けているモノを見てこう言った。
「んん? もしかして今日、カイウスの野郎と決闘する魔法使いってぇのは、坊主のことなのか!?」――と。
心底驚いて、目を丸くしながら。
レオくんは今日、私の家から貸し出した防具を着てはいたものの、やはりその幼さが目立つ。ゴンザさんの驚きは至極ごもっともなことだし、正しい反応だと思えた。しかし、予想外だったのはそこから先の話で――。
「――や、やめとけ! 坊主、殺されるぞ!?」
「え、殺される!? どういうことですか!?」
それは、あまりに物騒なものだった。
ゴンザさんは私たちに、その理由を語って聞かせる。
「カイウス・アインツヴァイ――アイツは行き過ぎた色魔でな。自分が気に入った女は、どんな手を使ってでも手に入れやがるんだ。それこそ、その配偶者を殺してでも、な。それに実力もありやがるから、誰の手にも負えない……」
「そんな……っ!」
「………………」
私は息を呑んだ。
レオくんは黙ったまま、それを聞く。
私たちを見て、ゴンザさんはさらに重ねて忠告した。
「悪いことは言わねぇ。今回は逃げな――誰も、坊主を責めやしねぇよ」
「レオくん……」
少年の方を見る。
するとそこには、拳を強く握りしめて震わせる彼がいた。
やはり怖いのだろう。私も今の話を聞いていて寒気がした。あの色ボケ剣士がまさか、そこまでのことをする奴だったなんて、思いもしない。
だから、ここで彼が降りても私は責めるつもりはなかった。
だけれども、少年は――。
「――いいえ。それを聞いたら、もっと引き下がれません」
そう、震えを押し殺して呟いた。
面を上げるとそこには、何故だろう。微笑みが浮かんでいた。
決して諦めているわけではない。決して悲しんでいるわけではない。そこにあったのは、たしかな決意だけだった。
「ボクはエレナさんを守ると、決めました。それはもう違えません」――と。
レオくんは、どこか悟ったような口調で言った。
そして、振り返ってこちらに背を向ける。
「見ていてください、エレナさん。ボク、頑張りますから……」
最後にそう口にして、その場を後にした。
私は呆然として、その後ろ姿を見守ることしか出来ない。
こうして、一つの戦いが始まるのだ。少年の、決意の戦いが――。
◆◇◆
「逃げないでやってきたことは、褒めてやろう! ――まぁ、無謀だがな!!」
広場の中心に二人――レオとカイウスが立っていた。
大剣を背負うカイウスは、少年に向かってそう大声で言う。
対してレオの方は、無言でファーガソン家から借り受けた杖を構えていた。しかし、そんな彼の様子など関係なしにカイウスはさらに続ける。
「なに、今からでも降伏を受け入れようじゃないか! キミはまだ若い。その命をここで散らせるのも、もったいないとは思わないか? ――女の味も知らないだろう? くくくっ、はっはっはっは!!」
国中に響き渡るような、そんな声だった。
カイウスの哄笑は、次第に大きさを増していく。
一種の恐怖心を抱かせるそれに。確実にレオの戦意を削いでいる。誰もがそう思った。しかし――。
「うるさいですよ。早く始めましょう?」
――それを、少年は一言で黙らせた。
決して大きな声ではない。それでも、よく通る声だった。
「…………なに?」
カイウスは、不快そうに眉間へと皺を寄せる。
だが、それを素知らぬ風にレオは最後にこう告げるのであった――。
「――なんでもいい。やってみないと、分からないでしょう?」
少年のまとう雰囲気が変わる。
決して、力量差が縮まったわけではなかった。
それでもそこにあったのは、明らかな意志の強さの差。
こうして、始まる。
少年にとっての、初めての譲れない戦いが――。