5.少年の思い
「さぁ、始めようか! レオくん!」
「お願いします。リュークさん!!」
広場に出て、レオくんとリューク兄様は向かい合っていた。
少年は杖を片手に、兄様は木製の剣を構えている。今から行うのは、簡単な模擬戦だ。今日の目標として掲げられたのは、相手の攻撃を避けながら詠唱をすること。そして、常に集中力を維持することだった。
つまりは、剣士相手を想定した戦い。
常に動きながら集中して魔法を放つ訓練だった。
「魔法の詠唱は、よどみなく文言を並べることが重要になる。呼吸を乱さず、それでいて動きを止めず。大変だけど、魔法使いが剣士に勝つにはこれしかない」
「…………はい!」
レオくんは唾を呑み込む。
そして、深く息を吸いこんでから力強く返事をした。
要するに持久力勝負、という話である。それは筋力を必要とする剣士や戦士とは異なる、別の身体能力だった。先日の一件でうやむやになったが、レオくんの魔法は決して弱いわけではない。集中さえ持続できれば、勝機は僅かながらあると思われた。
「でも、本当に大丈夫なのかな……」
しかし、そのやり取りを見ながら私はそう思う。
もし彼にその芸当が出来るのであれば、それはきっと、冒険者としてより高ランクに位置されるモノ。それこそ、レオくんの言っていた最高ランク――Sランクに該当するのでは、と考えられた。
「さぁ、行くよ! ――レオくん!!」
「はい!」
でも、その心配もよそに模擬戦は始まる。
その結果は――。
◆◇◆
――レオくんは、目も当てられない惨敗をした。
「ま、まぁ――難しいよね、さすがに」
「いてて……。は、はい。でも、ありがとうございました」
「ちょっと動かないで、レオくん。今から治癒魔法をかけるから」
広場の中央で尻餅をつく少年。
リューク兄様は苦笑いをしながら、そう言った。
私は急いで駆け寄り、ボロボロになったレオくんの治療を行う。
「ふむ……。しかし、これだったら難しいな」
「……………………」
その最中に、リューク兄様は重ねてそう言ってうなった。
それを聞いてレオくんはうな垂れるが、言葉にしないだけで私も同意見だ。決闘にルールはないので、私が陰ながら身体能力強化の魔法をかけ続ける、という作戦もある。――でも、訊くまでもない。この少年はきっと、それを断るだろうと思った。
「これは、もしかしたら、なんだけどさ――」
さて、そう考えていると。
リューク兄様が突然に、そう切り出した。
「――レオくん。剣士に転向してみるつもりはないかい?」
「え、剣士……ですか?」
「兄様……?」
私とレオくんは呆然とする。
何故なら、それはまったく頭になかった選択肢だったから。
それでもリュークお兄様は真剣な表情で、可能性の一つとして言っていた。
「見たところ、レオくんは結構――いや、かなり鍛えてるよね。それだけの筋力があれば、剣士になるのも一つの選択肢としてありだと思うんだ」
「剣士、ボクが……」
兄様が言うと、少年は真剣に考え込む。
だけどもしばしの沈黙の後、静かに首を左右に振った。
「すみません。せっかくですけど、ボクは魔法使い――いいえ。魔法というモノに、思い入れがあるんです。だから、出来るなら魔法で戦いたい」
「レオくん……。そうか、無理を言って済まなかったね」
「いいえ。ありがとうございます」
兄様が謝罪すると、レオくんは逆に感謝を述べる。
そのやり取り、会話を横で見つめていた私は少し考えた。
「でも、万が一の時のために、考えておいた方が良いのではないですか?」
「万が一、ですか……」
そして言うと、少年はまた考え込む。
今度はほんの僅かな時間。それはきっと、答えが決まっているから。
「はい。それじゃ、万が一の時には『剣を投げ込んで』下さい」――と。
そんなことを言って、笑った。
大丈夫です。最後にそう言って……。
その日の特訓は、それで終わった。
明日はいよいよ決闘当日。あの男、カイウスとの戦いの日であった――。




