第4話 マイアとマナ
ハヤテは女性をテントのベッドに寝かせて火を焚いた。
その火を見つめながら後悔していた。
考えなしに殺してしまった……
見ず知らずの惑星で、その星の知的生命体と思われる生物をその手にかけてしまったのだ。
敵の攻撃は投石というお粗末なもの、命にかかわるような攻撃を受けたとはいえず、過剰防衛ともとられかねない。
それでもハヤテは迷うことなく殺した。
理由は相手の風貌だ。
虫のようなその風貌は、ハヤテが幾度も死線を渡った戦場で殺し合った多脚人を思い起こさせた。
共に戦った友をあざ笑いながら貪り食った姿や、罪のない原住民を遊び感覚で殺す多脚人たちの記憶が、ハヤテの振るう警棒を死神の鎌へと変えてしまったのだ。
「……くそっ、もっとやり方あっただろ……」
現状が自らの命の危機も含むサバイバル状態であるとすれば、罪には取られないだろう。さらに他の生命体を保護する形での、多人数相手の戦闘だ。
「だったら徹底的にやるべきだろ! 何をやってるんだ俺は……」
相手に自分の姿を晒して、逃がした……
この行動が意味すること、今後起きうる事態は容易に想像が出来た。
どっちつかずの行動を取ってしまったことが、一番ハヤテを苛立たせていた。
戦場で、中途半端な行動は自分のみならず仲間をも危険にさらすことを知っていたはずなのに……
頭に響く救いを求める声が、虫人間から発っしられているとわかっても、声を無視できなかった。
彼が戦場を離れた理由のひとつでもある。
人間的には美徳とされるかもしれないが、多くの部下を持つ人間としては、優しさは甘さとなり、部下たちの命を奪う。
彼自身が、最もそれを理解しており、軍隊をやめる最大の要因になっていた。
「それにしても、言語が同じなのか……? それにしては音というよりも通話みたいだったが……」
「……うっ……」
考え事をしながら火に気をくべていたら女性が目を覚ました。
本当はお湯を沸かすつもりだったことを思い出して水を容器にそそぎ火にかける。
【こ、殺さないで!】
目を覚ました女性はおびえるように後ずさりあの声を出す。
「殺したりはしない、殺す気なら寝てる間に殺してる」
ハヤテは舌打ちをした。余計なことを言った。
先ほどの思考は彼を今だ苛立たせており、この女性がその原因を呼び込んだと心のどこかで思っていたことに、さらに腹が立った。
【ご、ごめんなさい……】
「……なんで謝るんだ?」
【原因……私だから……】
「!? 俺の考えていることがわかるのか?」
【マナを抑えてくれないと……感情が流れ込む……】
「マナ? なんだそれは?」
【貴方はマナに愛されている……凄い濃度で、ちょっと辛い……】
「だからマナってのは何なんだ?」
【……手を貸して……】
獣人の女性の手は人間のソレと近い。ハヤテがそっと手を出すと両手でハヤテの手を包み込む。
温かく、柔らかい。
【貴方にマナの流れを感じてもらう、下の手から上の手に流れを今から作る。
それを感じられれば自分でも操れるようになると思う……】
「……お……おお……この熱さはマナとか言うやつのせいだったのか!」
女性の手と手の間に確かに何か熱い物が流れるのを感じる。
そしてそれはハヤテの体の中を流れていた熱さと同じものだった。
それを自覚すると、自分の周囲に駄々洩れになって停滞している大量のマナの存在を感じ取れるようになる。
【体の中で巡らすように維持すれば外には漏れ出さない……
普通の人ならこんな量のマナを取り込んだらマナ酔いしちゃうかもしれないけど……】
貴方ならきっと大丈夫、女性の瞳がそう言っているような気がした。
ハヤテはこの謎の物質を体の内部に取り込み、身体の隅々まで循環させることを意識する。
奇しくもナノマシンによる肉体強化時の感覚とそっくりだったので、すぐにマナが体を循環する。
「……これで少しは話しやすくなるわ」
ハヤテは初めて女性の『声』を聴いた気がした。
「標準言語を話せるのか?」
「ヒョウジュンゲンゴが何を意味しているか分からないけど、マナを介する会話は種族の違いは関係ないわ」
ナノマシンを介しての会話と似ている。自動翻訳のようなシステムがマナという物質にも存在するのかもしれない。
「そういえば御礼を言ってなかったわね。私はダーラン村のマイア。
パラス族から救ってもらってありがとう……」
ベッドの上で姿勢を正して深々と頭を下げ礼を言ってくるマイア。
そういう文化があるのか、似ているなと感心しかけたが、ハヤテの目線はふわりと身をまとう布の隙間ができ、そこに見えた大き目な谷間を優れた動体視力を無駄に発揮して捕らえていた。
……もわっとした布を身に着けていたから気がつかなかったが、大きかった。
「あ、ああ……こちらこそよくわからないで介入してすまない。
実は、この……星……この辺りの事情を全く知らないんだ。教えてくれないか?」
「確かに、貴方みたいな風貌の人は見たことが無いわ。
遠くから来たのね」
「そうだな、凄く遠くから来た」
「私はここから少し離れたダーランという村で暮らしているフェリス族。
この辺りにある薬草を採りに来ていたのだけど、運悪くパラス族の集団に出会ってしまって。
仲間たちもバラバラに逃げたんだけど、私は逃げきれなくて……
ふと見たら煙が上がっていたから、もしかしたらと思って逃げてきたの」
「ああ……なるほどな……」
これからは少し火を起こすときも気をつけないと、ハヤテは自分のうかつさを反省した。
「最初はとんでもないマナに驚いたけど、助けてくれて本当に助かったわ」
落ち着いてみれば、このマイアというフェリス族の女性は美人だった。
人間基準にしてみても、切れ長で少し上がった大き目の瞳、鼻筋が通って、全体的にきつい印象を小ぶりな口が可愛くまとめている。
先ほど見た素晴らしいスタイル、女性としての体系はグラマラスと言っていいのだろう。
短い体毛で包まれている点と、明らかに高い位置にある耳以外は人間に非常に近い。
「……あのパラス族ってのは?」
「パラス族は獰猛で残忍な生物。私たちも何人も犠牲になっている。
ほかの族も同じ……嫌われ者よ……群れで行動して、すぐに増える……」
「あいつらも話していたが……」
「うそ!? あいつらとはマナによる会話は出来ないはずよ?」
「……俺には聞こえた……」
「あなたのマナの量は異常……もしかしたらその性なのかしら……。
そういえば、一つこちらからも質問いいかしら?」
「内容による」
「ふふっ、貴方の名前を教えて頂戴」
「……ははっ、すまない。俺の名前はサカキバラ・ハヤテ。
ハヤテで構わない」
「ハヤテ……名持ちってことはどこかの貴族なの?」
「いや、俺らの国では皆、姓と名を持っている」
「ふーん、そういう国もあるのね」
「そうだ、マナとはいったい何なんだ?」
「……そこよ、なんで貴方はマナを知らないのにそんなに大量のマナに好かれているの?」
「……いや、俺が知りたいんだが」
「そうよね、マナ操作も知らないんだから、認識も出来てなかったってことよね……
マナって言うのはこの世界にどこにでもある物で、様々な現象を起こしてくれる愛すべき隣人ね。
マナに好かれやすい人や、そうでない人が居るわ。
マナに好かれやすい人は、マナにお願いしていろいろなことが出来るわ。
よほど嫌われてなければ私たちが話せるのだってマナのおかげ。
私はまぁまぁ好かれる方だから……こういうことが出来るわ」
マイアは近くに落ちていた枝を一本拾うとその枝の先をぽうっと火を起こした。
「おお……!」
「人によっては傷を癒したり、水を出せたりする。
力を増したり、風のように早く動けるような使い方が出来る人もいるわ。
道具に力を貸してくれたりもして、色々なことに利用させてもらっているの。
私たちの生活には無くてはならないものだわ」
「お、俺も出来るのかな?」
「……ここでやるのはやめた方がいいと思う。
貴方のマナの量は桁外れだから……広いところで試したほうがいいわよ……」
マイアの顔が引きつっているのがわかる。
どうやらハヤテは、今まで彼が下りたどの星よりも不思議な星に降り立ったらしいことを、この時はっきりと自覚した。