第35話 少女
「いえいえいえ、こんな立派な食事いただくわけギュルルルグルルルルルルルルル!!」
「体は食べたいって言ってるわよ?」
「遠慮しないで、ほら……」
ぐるるるるぎゅるんぎゅるんぶおおおおおおおおおおぐおおおおおおぐるるぎゅるん……
少女の腹の虫が大変なことになっていた。
「いた……だかせていただきます……」
そっとスプーンに手を伸ばしスープを口につける。
その温かさに少しびっくりしたが、一口食べるともう止まらなかった。
「お代り持ってくるわね」
「パンも食べてね、ほら食べられればこっちも」
次から次へと食事が目の前に運ばれてくる。
もし、彼女が普通にこんな量の食事を食べたら、身体が受け付けないで全て戻してしまっていただろうが、白塊の完璧な治療はこれらの食事を受け入れられる消化管機能を取り戻してくれていた。
少女は涙を流しながら食事を食べ続けた。
空腹であったせいもあるが、暴力と栄養不足によって失われていた味覚や嗅覚が正常に働いてくれていたせいもあった。
体にしみこんでいく夢のような食事とその美味に包まれて少女は生まれて一度も感じたことが無い幸せを感じていた。
「す、すみません私ばかり……」
食事を終えると我に返って、何度も何度も床に座ろうとする少女をようやく椅子に落ち着いて座らせて、マイアとメイオンはゆっくりと食事を始める。
「まずはそうね、お名前を聞いてもいいかな?」
出来る限り優しくメイオンが少女に語り掛ける。
「私には名前なんて……オイとかソレとか……」
「貴方にも名前はあったでしょ?」
「……シーナです」
「シーナ、いい名前ね。今いくつになるの?」
「15になります」
その言葉に二人の表情が濁る。その少女はどう見ても10代前半に見える。
栄養状態の不良が彼女の容姿を幼く見せているのだろうという考えが二人を不快にさせた。
「……シーナ、よく聞いて。貴方はうちの子になったの。
これからはよく食べてよく寝てよく働いてね。
うちには問題児が多いから大変だと思うけど、貴方なら大丈夫。
これからよろしくね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!
誠心誠意努めさせていただきます!!」
地面に頭を打ち付けそうに地面に伏してしまうシーラの姿に、二人は彼女の幸せを願わずにはいられなかった。行きがかり上助けた少女一人を助けることが帝国における奴隷というものに対して何の意味もないかもしれなかったが、それでもせめてこの少女だけは……
そんな二人の気持ちを知る由もなく、朝日が昇りかけたころに二人の男が帰宅して女性陣の権力をより強力にしたことは言うまでもなかった。
「す、すごい……隅から隅までピッカピカ、それにこの朝食……」
翌朝早朝、今まで寝たこともないような上等なベッドでそれはもう快適な睡眠をとることが出来たシーナは誰よりも早く起きて店舗内を掃除した。
感謝の気持ちを込めて丁寧にしっかりと、そして朝食の準備を完璧に済ませていたのだ。
「メイオン様おはようございます。勝手に台所をお借りしてしまい申し訳ございませんでした」
「いやいやいや、こんなにしてくれなくてももういいのよ?」
「ちょっとメイオン、なんか廊下が光ってるんだけど……ってすっごい食事!!」
メイオンとマイアが朝目覚めると建物のすべてが美しく光り輝いていたというわけだ。
さらには食卓には目にも美しく彩られた数々の料理が並んでいた。
その見た目を裏切らない味わいに、女性二人の心はがっしりと掴まれるのだった。
「なんでこんなに素晴らしい子にあんな扱いをするんだか……もうずっとうちにいていいからね!」
「ほんとに、この料理は大したものよ……」
「前の旦那様はこういうことはさせてもらえませんでしたから、他の奴隷のお世話をしていましたので……嘘のように治りましたが、私は非常に体が弱かったので……」
「そうなの……たぶんハヤテさんが治してくださったのね」
「……うう、なんだか美味しそうな匂いがするなぁ……」
二日酔いで頭の中がめちゃくちゃになっているカフェルと、ケロッとしたハヤテが下りてきた。
「おお、なんだなんだ凄いごちそうだなぁ」
「旦那様! この度は私の命を救っていただき本当にありがとうございました。
今後は旦那様のためにこの命を懸けてお仕えいたします!!」
「そ、そんなにかしこまらないでくれ……でも、元気になって良かったな。
体力が戻るまでは無理しないようにな」
「はい!」
その笑顔は、昨日まで死んだような顔で主人からの暴行を受けていた少女が生まれ変わったかのようだった。
「美味しいですよアニキ! スープが染み渡る~」
「どれどれ……うん! これは美味しい!」
「ほんとに、シーナは凄い子ね!」
シーナはとても賢い子で、家事も仕事もスポンジが水を吸収するように覚えていく。
さらに、生まれ持っての呼吸器疾患と循環器疾患が改善したことにより身体能力がみるみる向上していく。
いつの間にか4人の鍛錬にも参加するようになり、巨大な戦斧を軽々と振り回すようになっていた。
「しかし、まさか熊族とは……ここまで強いのか……」
「私は病気のせいで本当に何もできなかったので、以前の主人からはそれはもう詐欺だ金の無駄だと……」
「逆に言えばその種としての強さがあったからあんな扱いでも生きてこれたのかも……」
「な、なんにせよ……ま、まだ勝ち越してるからね!」
「カフェル様、それでしたらぜひもう一戦!」
「も、もう……無理です……」
実はシーナは熊族と言われる山奥に暮らす種族で、強靭な身体能力を誇る珍しい種族であることが分かった。
基本的には人里にはあまり出てこない孤高の種族と呼ばれていて、闘技場の戦士や国同士の争いでは傭兵として戦ったり、名うての冒険者にも多い種族であることをハヤテは知らされる。
「俺は帝国に多い種族の仲間だと思ったんだけどね」
小柄で可愛らしい丸い耳、確かに一見すると犬族に近い外観をしている。
戦いの訓練と食生活の改善によって血色は随分と回復したシーナだったが、年の割に小さな体つきは大きな変化はなかった。しかし、内に秘めたる真の力は、確実に取り戻していたと言える。
ハヤテ一行は有能で強力な協力者を得ることに成功したのであった。




