第2話 準備
カリ……
ハヤテは物音を感じ取り飛び起きる。
枕元に用意しておいた木剣を掴み構える。
小さな音だったが、確かに何かが建物をひっかく様な物音がした。
扉から漏れる光は薄暗く、昨日の日差しの動きから考えると光星が高く上がっているとは思えない。
ハヤテは物音を立てないように注意しながら扉にかけた板の隙間から周囲を伺う。
まだ早朝なようで周囲は薄暗いが、日光が差し込み始めている。
この星の太陽はどちらから上がるのだろうか……
どうでもいいことが頭をよぎってハヤテの頭にも余裕が出てくる。
少なくとも大型の生物が周囲にいる気配は感じない。
さらに神経を集中して周囲の気配を探る……
カリカリ……
裏側から小さく音が聞こえている。
ハヤテは想像以上に小さかった物音に笑ってしまいそうになった。
未知の惑星に墜落して神経質にならないほうがおかしいが、それにしても過敏になりすぎていると反省する。
そーっと戸の板を外して外へと出てみた。
遠くの山から日が顔を出し始めて周囲が明るくなっていく。
気配を抑えて足を忍ばせて音がした場所を観察するべく大きく迂回して回り込む。
「プッ……」
思わずハヤテは噴き出してしまった。音の正体を目視で確認できたからだ。
リスに似た小動物。
突然現れた小屋に興味を持って現れたんだろう、組んだ木々の間に手を入れようといじっている。
なんとも可愛らしい姿だ。
このかわいらしい小動物に大の男が跳ね起きてビビっていたさっきまでの行動に、気恥ずかしさから思わず笑みがこぼれる。
「おーい、そこは俺の家だから君のご飯は無いぞー」
警戒を解いて草むらから立ち上がりながら話しかけてみる。
突然現れた大男の姿にリスに似た動物は勢いよく小屋の上に登って隠れてしまう。
「……ちゃんとした生命体はあいつが初めてだな。
さらにこの星の価値が上がるな」
可愛らしい姿を思い出して、思わずハヤテはそろばんをはじいてしまった。
どうやらリスもどきは顔を見せなそうなので、ハヤテは周囲を散歩がてら調査することにした。
落ち着いてみると森にはたくさんの植物が生い茂っており、ほんの少し探すだけでも見た目には美味しそうな果実などを発見することが出来た。
いくつかの果実を分析しながら今後の計画も考えていく。
この惑星に落下したポッドは落下までの間ではあるがハヤテの乗ったポッドの方向へと誘導できたはずだ。惑星の裏側とかそういうレベルでは離れていないはずだった。
さらに、ハヤテからの通信が停止した時点で、その場に着陸しているはずだ。
観測機は惑星上のある程度の情報を集めた後にハヤテのナノマシンを探し、見つからなければ最初の上陸ポイントで待機して宇宙へと向けて救難信号を発してくれているはずだ。
「これもOKか、もう調べなくてもいいんじゃないか?」
手に入れた果実は全て毒性はなく食用になる。
「うっま!」
天然物の果実をもぎたてで食べるなんて贅沢な行為を自分がしていることも驚きであったし、自然に存在している果実がここまで甘いことも驚きだった。
「それにしても、あんな小動物にビビるくらいなら、きちんと対策を取るか……」
適当な木を折って木刀を作ってはあったものの、普通に考えればこんなもの大した役に立たないだろう。現状のハヤテが手に入れることのできる最上の素材は、近くに墜落している。
「ポッドの外壁、まともな場所は少ないが……これ以上の素材は無い」
ちょうどひしゃげて外れかかっている部分にカッターで切り込んでいく。
「……熱い……」
超高温で斬られているはずだが、加熱され超高温になりながらもゆっくりゆっくりと切れていく。
まともな状態から一枚板を外すとなったら数日かかってしまうか、カッターが馬鹿になってしまう。
「やっと外せた……流石の耐久度だな、超高温だろうが低温だろうがまず形態変化しないこの素材なら、防具としてはこれ以上ない」
ただの板切れなので、使用用途は盾だ。
木製の盾の表面に張り付ければ、惑星突入の大気摩擦にも耐えきる盾の完成だ。
すさまじい防御力を持ちながら合成樹脂はそこまで重量は無い、取り回しやすさも重要だ。
「あとは千切れたこの部分に持ち手をつければ……」
ハヤテは超合金の盾とこん棒を手に入れた!
試し斬りというか殴りに近くの岩に思いっきり振り下ろす。
ガツンと衝撃が伝わってきて岩が一部欠けたが、こん棒には傷一つない。
その代わりすさまじい衝撃が手にダイレクトに伝わってくる。
「ってー……そうか、持ち手の下地にシートの緩衝材を使えばましになるか」
分解が出来るポッドの素材を利用してより使いやすいものにしていく。
軍隊でも警棒による格闘は学んでいる。盾による鎮圧もお手の物だ。
野生動物相手でも引けを取らないアイテムを作り出したハヤテ。
ついでにシートや内装の合成皮革を利用して移動用のバッグなども作っていく。
「こうやってばらしてると、良く生きてるな俺……」
めちゃくちゃになったポッドで使用できる素材は多くは無かったが、自分の命を助けてくれたポッドの素材を余すことなく利用してこれからのサバイバルを生き抜かなければならない。
取れそうな素材を回収して、スクラップになったポッドに深く感謝する。
それから数日は周囲近くの探索と果実などで食いつなぎながら、ポッドを埋める穴を作った。
半分ほどまでスクラップを埋められる穴を掘り、穴を掘って出た土をかけてポッドを完全に隠してお
く。
小動物の存在や、鳥などの生命体も確認できた。
現状狩りをする道具もないので、味はわからなかった。
小動物は自らの身を護る技に長けているのか、ハヤテを見ると一目散に逃げだしてしまうためということもある。矢のような武器を作るということも考えたが、現状木の実や果実だけで問題は無い。
肉を食べたいという欲求もあるが、今はそれどころではない。
「ありがとう。何とか無事に帰って恩を返すよ」
ようやくポッドを隠すことが出来た。今までお世話になったポッドに手を合わせて感謝する。
ポッドを完全に隠してから、荷物をまとめる。
ポッドの車輪を利用した引き車も作った。
自分で引っ張らなければならないが、荷物の輸送が格段に楽になったし、さらには荷台に簡易ベッドもあり、幌をかぶせれば移動式のテントにもなっている。
「よっしゃ! いくぞ!」
目の前には広大な草原。
行く当ては無いが、ハヤテの表情に悲観は感じない。
彼の頭の中には未知の惑星での気ままな一人旅を楽しもうというそれだけで一杯になっていた。