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魔王の事情


 新しく入れなおしたお茶は王都で手に入れた茶葉だ。急遽、孤児院に戻ってきたため王都散策はしていないが、宿で出されたお茶がとてもおいしかったので少し分けてもらっていた。少ない茶葉を使って、ミルクティーを作る。ミルクと甘さを気持ち多めにしてみた。私の好みは甘さ控えめなのだが、子供の口に合わせた方がいいだろう。


 孤児院の少女たちとギルド長にも同じものを出す。最後に彼女の前にカップを置く。ちなみにギルドの女性は仕事があるからとさっさとギルドに戻っていった。


「少し落ち着いた?」

「……」


 デートリンデは悔しそうに俯き、唇を噛み締めていた。やれやれとため息を付くと彼女の前の席に座った。自分のお茶を一口飲んだ。


「まず、先に言っておくけど。この屋敷では許可なく大きな魔法は使えないようになっているの。だから不発だったからと言って落ち込むことないわ」

「おっさん、無駄に優秀だからね」


 レナがいつもよりは控えめな表現で呟く。ますますデートリンデは体を固くした。

 無理もないと思う。魔王と名乗り、最大の魔法を放とうとしたのだ。

 ところがこの屋敷はわたしがセキュリティーを最大にして作り上げた自慢の屋敷。屋敷が壊れるような魔法を許可するはずもなく、放たれた魔法をそのまま吸収した。吸収した魔法はこの屋敷の維持管理に使用される。しばらくは補充はいらないほど魔力は満タンだ。

 リサイクル、完璧。


「そうそう。気にしていたらやっていられないわよ」

「おっさんのせいで追放されたのなら、遠慮なくここにいればいいの」


 シーナとリューイが口々に慰めた。魔法が消去され茫然としてがっくりと崩れ落ちるデートリンデは見ている方も痛々しかった。


「デートリンデさん、聞いてもいいですか?」


 無言で俯いている彼女にギルド長が優しい声で尋ねた。デートリンデは顔をあげることなくじっとしている。


「魔王は初老の男性だったと記憶しているのですが、どうしてそのような嘘を?」


 嘘と言われてかっとなったのだろう。顔をあげてきつくギルド長を睨む。赤い瞳の色が濃くなり血のようだ。感情的になると色が濃くなるようだ。


「嘘ではない! わたしは正真正銘13代目魔王だ!」

「13代目……いつ世代交代をしたのですか?」


 ギルド長はいつもと変わらぬ人当たりの良い態度でさらに問いを重ねる。デートリンデはふっと息を吐いた。


「お爺さまは、去年、亡くなられた」

「亡くなった」


 考えるようにギルド長が長い指を自分の唇に当てる。わたしは二人の様子をかわるがわる見ていたが、首を傾げた。


「正式にお披露目したのよね? やっぱりこちらの国には伝えられないの?」

「それは……まだ正式にお披露目していないからだ。わたしは13代目魔王であるが、13代目魔王はもう一人いるのだ」

 

 彼女は両手をきゅっと握りしめた。その手が震えている。


「追放、ってそのもう一人の魔王が?」

「ロシェは……弟は悪くないのだ。お前が『魔王の呪い』などと嘘をつくから、それを信じて」


 赤い瞳が見る見るうちに潤んだ。ぽたりぽたりと大粒の涙が頬を転がるように零れ落ちる。幼い子供の涙は本当に綺麗だ。


「どうしてそこで『魔王の呪い』が出てきたのかな?」


 慌てて事情を聞き出そうと言葉を重ねた。


「わからぬ。突然、ロシュと配下の魔族がやってきてわたしに言ったのだ。お前は禁忌に触れる魔法を使ったのかと。そのような禁忌の魔法を使うような魔王は追放だと」

「えー、念のため聞くけど、禁忌の魔法って何?」


 嫌な予感がビシビシするが、無視した。知らなくてはいけないことだろう。このような可愛らしい少女を追放する原因となったのだから。


「男にとって男の尊厳を損なう行為は例え敵であってもしてはいけないことなのだと言っていた」

「ははは、男の尊厳?」


 やだな、ここでもそれか。魔界もあまり人間界と変わらないのかもしれない。


「よくわからぬ。ツルツルの肌が男の尊厳を損なうのか? 毛がないくらいではないか。ロシェだってツルツルぷにぷにだ。ほっぺを触っていると、とても気持ちがいいのだ」

「ほっぺ、ぷにぷに。いいわね、心置きなく触ってみたいわ」


 幼子のほっぺの柔らかさを思い出し笑みが浮かぶ。あのぷくぷくを思い出し、指が無意識に動いた。


「うわ、変態がいるわ」

「やっぱり変態だったのね、おっさん」

「うるさい。一般論よ。間違ってもこの姿では触らないわよ」


 シーナとリューイの会話を否定しておく。変な噂が流れたら面倒だ。


「『魔王の呪い』のせいで追放されたのなら、呪いを解けば戻れると思って」


 ああ、わかるその理屈。デートリンデはまだ子供だ。きっと元に戻したら元通りだと思っているのだろう。


「え、戻るつもりなの?」


 驚いた声を出したのはレナだった。リューイも不思議そうにデートリンデの顔を覗き込んでいる。


「弟、デートリンデのことを疑って追放したんでしょう? 元通りになったからって、ごめんなさいといわれただけで許せるもの?」

「それは……」


 デートリンデは自信なさそうに呟いた。沢山の配下の者に責められたのだ。それこそ心当たりのない理由で追放になるなど、簡単に許していい話ではない。


「どうしたらいいと思う?」


 デートリンデは途方に暮れてレナ達に尋ねた。レナはうーんと腕を組み悩む。


「魔界のみんなも『魔王の呪い』をかけちゃえば?」

「うん?」


 ちょっと、待て。その話はちょっとやめようか。


 慌てて子供たちの間に入ろうとしたが、すぐさまリューイに菓子を突っ込まれて口を塞がれた。


「もがもがあああ」

「おっさん、これは子供同士の付き合いよ。黙っていて」

「もがが!」


 ダメだ、口の中にぐいぐいと菓子を入れられて咀嚼して飲み込むことができない。もがいているうちに子供たちがどんどん話を進めてしまう。


「『魔王の呪い』は実はたいしたことないのよ。ざらざらぶつぶつの肌が綺麗になった方が見ている方も嬉しいでしょう? だから問題ない」

「わたしもいがいがの髭があるよりはツルツルしている方が好ましい。じょりじょりは痛いのだ」

「そうでしょう、そうでしょう! だからね、問題ないの。ただ色々な区別はあってもいいと思うのよね」


 子供たちの話はさらに具体的になってくる。しかもだ。これは子供視線の話であって。大人の視線の会話ではない。

 助けを求めるようにギルド長を見るが、彼は興味深そうに彼女たちの会話を聞いているだけで止めようとしていない。ふざけたことにアドバイスを始めた。


「懲らしめたい相手からは男の至宝を取り出せばいいのですよ」

「男の至宝?」

「そう。いわゆる子種というやつですね」


 にこにこにこ。

 なんていう事を子供に教えているんだ。うがーと暴れたいが、わたしが暴れるとリューイが飛ばされて怪我をしてしまう。きっとわかっていてリューイはわたしにかじりついているのだろうけど。なんかヤバい方向に話がまとまりつつある。


「子種か。それは重要だな」

「まあ、嫌いな奴はそれでいいとして、男をツルツルすべすべにするのは女性にしてみたら何の問題もないと思う。おっさんみたく女っぽい話し方は聞いている方が気持ち悪いからしない方がいいけど」

「そうよね。ギルドにいる冒険者が皆ツルツルすべすべは許せるけど、おっさんと同じようなしゃべり方をしたら本当に気持ち悪いわね」


 シーラがそうまとめた。デートリンデはふんふんと頷きながら、何かを考えている。


「そうか、『魔王の呪い』を武器に魔界をざわめかせてやろうではないか! 皆、わたしの足元にひれ伏したらよいのだ!」


 追放された魔王さま、どうやら魔界に復讐を始めるみたいです。


 がっくりと肩を落とし、もそもそと口の中の菓子を咀嚼した。少しづつ飲み込み、最後はお茶で流し込んだ。


 わたしは無関係でいいかな?

 いいよね。

 うん、いいや。




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