おっさん、好みの幼女と出会う
準備は大切だ。
何事にも表に出る部分と出ない部分がある。表に出ない部分を丁寧に仕事しないと大抵のことは上手くいかない。上手くいったとしても、時間が経つとどうしてもそこがネックになるものだ。
わたしは宿に戻るとベッドの上で胡坐をかき唸っていた。
打倒! ビッチヒロインはいいのだが、このヒロイン、どんな人物なのか判断が付かない。
ラノベの作家の皆様のありとあらゆる重箱の隅まで突っついたような設定はわたしの頭の中に残っている。ヘビー読み専、なめるなよ。ブクマカテゴリーだって使いこなしているのだ。
大まかに分ければ、ビッチ系ヒロインと、電波系ヒロイン、天然系ヒロインの3種類だと思う。これらの共通点はお花畑脳だ。
話を聞く限り、男爵令嬢はビッチ系ヒロインで、逆ハーをすでに築いている。他の二人の貴族令息が婚約者を持っているのかはわからないが、持っていても公の場で断罪し、婚約破棄を申し立てるお決まりだ。
この分類は問題ないのだが、このヒロイン、転生者なのかどうかが気になるところだ。転生者なら完全にゲーム感覚で男たちを落としにかかっていると思うのだが、転生者ではなくても落とすテクニックを持つ者がいる。
前者の場合は電波に近いものがあるので、わたしだけでも何とでもなる。後者の場合は、下手をしたら国を巻き込んでの陰謀説に発展する可能性があった。それだけの手管を持つのだ。王族を狙っている時点で国の転覆か、権力を手にしたいための布石か。
勇者パーティーの善戦むなしく呪いにかかったパーティーメンバーの肩書だけでどうにでもなることではない。こっそりと潰してしまってもいいのだが、それはそれでバネッサと婚約者の中にしこりが残る上に、婚約解消までいかない。二人が結婚することは、今の状態を見ればお互い幸せではないだろう。
「うーん、難しいわね」
わたしの場合はレスターととられないようにと必死に頑張ったけど、今のバネッサは違う。そもそもあまり婚約者に思入れがなさそうだ。
ふと彼女の婚約者の王子を思い浮かべた。茶髪の男は確かに整った容姿をしていたが、レスターではなかった。攻略対象も色が似ているだけで顔立ちが違うから、レスターはいないのかもしれない。
この世界のレスターに会いたかったなという気持ちもあるが、この姿で抱き着くわけにはいかないので、いなくてよかった。
複雑な乙女心を抱えつつ、ため息を付いた。ごろんとあお向けにベッドに倒れこみ、天井を睨む。
「ちょっと見に行こうかしら?」
考えて分からないなら、観察すべきだ。あの手のビッチ系ヒロインなら、攻略対象と年中街中でデートをしているはず。しかも人目の多い繁華街でのラブラブデートだ。
明日、街の中心部でもぶらつこう。認識疎外の魔法をかけておけば、一人で繁華街を歩いたとしても捕まることはないはずだ。
わたしは自分の姿がどんな風に見られているのか、客観的に理解している。通報レベルの容姿をそのままでデートスポットをうろつく危険は冒さない。
せめて、孤児院の女の子を連れていればまだ大丈夫かも……。
想像してみてため息を付いた。
もっとやばかった。人さらいと間違えられて拷問される未来しか想像がつかない。
想像を頭の隅に追いやると目を閉じた。
******
「あ、つきましたね」
王都を散策する予定が何故か見慣れた孤児院の玄関。
朝早く叩き起こされて、無理やり馬車に乗せられたのだ。馬車を飛ばせば確かに2時間でたどり着くが、それにしても恐ろしく速い。
地球の常識で考えることなかれ。この世界の馬は馬じゃない。魔物だ。無茶苦茶早い。新幹線に匹敵するスピードだ。2時間での移動距離は600キロほど。魔馬を新幹線と考えれば驚くほどでもないと捉えるだろう。
それは間違いだ。声を大にして言いたい。間違いだ。
新幹線と違って揺れをダイレクトに体に感じるため、胃の中がひっくり返るほど気持ち悪い。
滅多に高速で走らせることはないらしいが、緊急時には使われる。これは主要都市が王都と綺麗な道でつながっているからできる荒業でもある。行きがゆっくりとした旅程であってよかった。
込み上げる吐き気は収まりつつあるが、いつまでたっても体が揺れているような気がして気持ちが悪い。ちらりと一緒に乗っているギルド長を見れば、こちらは涼しい顔をしている。
「なんで……」
「貴族のたしなみですよ」
ほんのりとほほ笑まれて、顔が引きつった。そんな貴族のたしなみがあってたまるか。
「一つ、種明かしを。風魔法で体を浮かせているのでさほど揺れを感じないのです」
サスペンションみたいな感じで使うという事?
この辺りはあまり詳しくない。その上想像力も欠落しているので、全く思いつかなかった。はあ、スローライフ系&内政チート系をちゃんと読み込めばよかった。現実だけで仕事の話はお腹いっぱいだから、仕事に結びつくような話は斜め読みだ。何が役に立つかわからないから無駄と思うなと、新人だったころの上司の言葉を思い出し、まったくだと実感した。
よろよろと馬車を降り、孤児院の玄関をくぐる。玄関フロアに入れば、驚いて足を止めた。いつもは誰もいないのだが、玄関フロアには少女たちが全員そろっていた。
「ただいま」
力ない声でとらえず少女たちに帰宅の挨拶をする。
「あ、おっさん、帰ってきた」
「ただいま、って言ったんだからお帰り、でしょう?」
ちゃんと挨拶できない彼女たちに思わず小言が出る。少女たちはお帰り、と適当な感じで出迎えた。少女たちはどうしようかと顔を見合わせている。その様子がいつもと違っていて、少しだけ不安が募る。
「どうしたの?」
「……おっさんが留守の間に、孤児が増えたの」
「孤児が増えた?」
レナの説明に目を瞬く。ちらりとギルド長を見ると、彼は頷いた。
「昨日の夜、連絡がありました」
「そのことで急いで帰ってきたの?」
「そうです。子供たちしかいないここに新しい子供を入れるのも不安がありますので。昨夜はギルドの女性に一緒に泊まってもらっています」
確かにうちの子供たちはしっかりしているが、子供のケアとかは限界がある。
「ふうん。わかったわ。その新しい子はどこにいるの?」
「居間にいるよ」
少女たちに先導されて、居間へと向かった。
「それにしてもこんな急に孤児なんて来るものなの?」
不思議に思ってギルド長に尋ねると、彼も困ったような顔をしている。
「今回は冒険者が森にいたところを保護したようです。もし、ここに合わなければ他の受け入れ先を探さないと……」
頭の中は忙しく働いているのか、後半は会話というよりも独白のようだった。わたしはふうんと適当に頷く。
「おっさん、帰ってきたよー」
レナが居間の扉を開けながら、中に声をかけた。今度マナーをきっちり教えないとダメだなとぶつくさ呟きながら居間に入る。
「はうう」
小さな目が倍になったのではないかと思うぐらい、見開いた。空気が突然綺麗になったかのようにクリアに見える。
さらりとした癖のない長い白髪に赤い瞳の少女が真っ先に目に入った。10歳……いや背の高さから8歳くらいだろうか。
白のフリルのあるブラウス、黒を基調としたフリルの多いふわりとしたくるぶし丈のドレス、太めの編み上げベルトがいいアクセントだ。ドレスの裾から黒いブーツが見えていた。ヘッドドレスには可愛らしい黒い花がアクセントでつけられていた。シンプルだが、上質な布を使っているのがわかる。
か、かわいい!
何、この子。無茶苦茶、可愛いんですけれど。
両手を胸の前で握りしめた。
色々な服を着せてみたい!
黒だけじゃなくて、赤とか緑とかすごく似合いそうだ。淡い色もいいかもしれない。白い髪にとても合いそうだ。きっと妖精のように可愛らしくなる。髪だってくるくるに巻いて、ツインテールにしてもいい!
「ああいうのが趣味だったの?」
「スキンヘッドのおっさんが頬を染めて瞳を潤ませているなんて気持ち悪い」
「なんか、すっごく負けた気分よね」
こそこそと何かが聞こえるが、気にならないほど目の前にいるミラクルヒットした少女に釘付けだ。
「そこまでです」
脳天を何かが直撃した。
「いたあああい」
「お前が、魔王の呪いを受けし者か?」
白髪の少女が硬い口調で話した。幼女なのに大人のような固い口調。そのアンバランスさがいい。
ギルド長がそうですね、と律義に頷いている。
「声すら可愛いのって反則よね」
感動していると、ぶおんと嫌な音がした。
「うん?」
「貴様のせいで! この怒りをその身に受けるがいい!」
揺らめく空気で少女の髪が舞う。ドレスの裾もはためいた。その美しい姿を見ながらも、口元が引きつった。初めて少女がただモノではないことに気が付いたのだ。
「え、何?」
「貴様が魔王の呪いなどと嘘を言うから、わたしは魔界を追放されたのだ!」
ヤバいことに彼女の周りがぱちぱちし始めた。電気が溜まってきたような気がする。というか、ここで魔法をぶっぱなしそうになっている。
「ちょっと落ち着いて……ここで魔法を放つのはまずいわっ!」
「言い訳は聞かぬ! 13代魔王デートリンデの怒りを受けるがいい!」
「13代の魔王?」
「魔王って150歳くらいの爺じゃなかった?」
誰の呟きだったかわからない。
デートリンデが最大の魔力を込めた魔法を焦っているわたしに向かって放った。
別タイトル:「見知らぬおっさんに冤罪かけられて魔界を追放されました。わたし、魔王なのに!」
だいぶ「なろう」風になってきたかな(*´ω`)