【閑話】伝説の魔法使い:グレンハーツの大いなる野望
おっさん転生になった説明の回。
「君、可哀そうだ。これを持って行くがいい」
手渡されたのは、一枚の金貨。
家族が一年は暮らしていけるほどの大金。当然、庶民の話だ。僕は目の前にいるキラキラしい男の子を茫然として見つめた。彼は困ったように首を傾げ、微笑む。
「君の両親が死んだのは僕の護衛をしていたからだ。本来ならば、依頼未達なのだが……」
じゃあ、といって去っていく。両親の遺体はもちろん戻ってこなかった。彼らの大切にしていた指輪だけを持ち帰ってきた。
「すまねえな。お前の両親と一緒に帰ってこれなくて」
頭が働かずにぼんやり立っていた僕の隣に、手当てをされた馴染みの冒険者が立った。思わず顔を上げる。ひどい怪我なのか、いたるところに包帯がまかれている。
「さっき子、誰?」
「依頼主の息子だ。貴族の息子だから、俺たちにとっては大金でも奴らにとってははした金だ。気にせず貰っておけ」
「貴族の息子」
なんて自分とは違う存在なのだろう。
生まれが違うだけでこんなにも世界が違うのか。
両親はそこそこ腕のいい冒険者だった。
父親は剣士、母親は魔法使い。
どちらも魔力が多く、大抵の仕事は無難にこなした。今回は予想外に強い魔物が複数出てきたことでそれなりに死者が出たのだ。
「お前、これからどうするんだ?」
「あ、うん。冒険者になるよ」
それしか生きる道はない。悲しんでいる暇はなかった。庇護者である両親がいなくなったのだ。生きることを考えねばならなかった。両親のいない子供がどのような生活をしていくのか、僕はよく知っていた。食うものもなくお腹を空かせて道端に座り込みたくない。人の善意をねだるような生活はしたくない。
頼りになる父親と朗らかに笑う母親。その中で幸せそうに笑う僕。
いつまでも続くと思っていたのに。
10歳の僕の幸せはあっさりと砕け散った。
******
冒険者として、魔法使いとして日々鍛錬した。貴族の息子がくれた金貨はそれなりに役に立った。住む場所を確保できたのだ。
ギルドに併設されている宿の一部屋を借りることができた。狭いが、きちんと寝台があり、物を入れる引き出しもあった。
子供だから大した依頼は受けられないが、薬草取りや街の住民の雑務などできることは何でもした。
母親のように魔法を使いこなしたいから空いている時間にはギルドにある魔法書を読み漁った。体は父親に似て大きかったから、両親の馴染みの冒険者に頼んで剣の稽古もした。徐々にであるが、筋肉もついてきたし、魔法もうまくなってきた。
12歳になって声変りをした時に、僕から俺に変えた。掠れただみ声で僕なんて言うのが恥ずかしくなったのだ。
そんな生活を送っていたある日。
運命の出会いを果たした。
『自分と同じ魂が複数存在する』
そんな一文で始まっている魔法書。
何がそれほど惹かれたのかわからない。ただただ、惹きつけられるようにギルドの本棚の片隅にあった古ぼけた薄い一冊の本を手に取った。
薄い本は荒唐無稽なことが書き連ねてあった。
世界はたくさん存在し、自分と同じ魂を持ったものがそれぞれの世界に存在している。
時間はそれぞれバラバラで、一つの世界の一日が、他の世界では10年であったり1分と定まっていない。
同じ魂を持った者はお互いに体を入れ替えることができる。
入れ替える瞬間に自分が入り込めば、自分の希望する体に変えることができる。
意味が分からないが、心の中にすとんと何かが落ちた。
もし。
貴族の誰かと同じ魂を持つ他の世界にある魂を呼び寄せ、魂が入れ替わるその瞬間に自分が入り込めば、俺は貴族になることできる。
はじき出されたこの世界の魂は他世界の体に入り、呼び寄せた魂は本来はいるべき体ではなく俺の体に入る。誰も死ぬことなく、体を入れ替えるのだ。
この本はその具体的な方法を書いてあった。
俺は時間を忘れてその本を真剣に読み始めた。
******
ついに、ついにこの日を迎えることができた。あれから18年。
予想外だったことは、膨大な魔力を手に入れるために30歳を越えなければならなかったぐらいか。
正常に成長した男が前も後ろも清らかさを保つなど至難の業だったが、己の野望のためやり切った。後ろを狙ってくる男や金づるとして媚を売る女を近寄らせないように魔法で撃退した。うっかりそういう事になってしまっては水の泡となる。性への興味が薄かったのもよかった。
息を整え、はやる気持ちを抑えながらゆっくりと体に魔力を巡らせた。どんどん魔力を高め、自分の中に貯めていく。
他の世界にいる貴族の誰かと同じ魂を探した。方法はもちろん魔法書に書かれていたことをなぞる。その方法が正しいのか、どうなるのかなんてわからないが、やり遂げるつもりだ。
時間が経つにつれて、魔力がどんどんと失われて行くのがわかった。冷や汗が出て、両手が震えた。慌てて握りしめて力が抜けるのを我慢する。
あと少し。
何かを引っ張る感覚が強くなる。
「!」
ぐっと力を入れたら、突然霧散した。
「失敗か」
途中まで引っ張れたのに、どうやら失敗したらしい。がっくりと体から力が抜ける。生きていたのが不思議なくらい魔力がなくなっていた。魔力がまだ不足している。俺はため息を付くと、さらに魔力を手に入れるために時間を費やした。
******
今度こそ、と思って迎えた43歳。
40歳を超えて魔力は倍増した。ただ前のように慌てて魔力を使うことはしなかった。適当に依頼をこなし、増えた魔力を使う練習をする。これを失敗したらさらに10年、待つことになる。
前と同じようにふわりと魔力を巡らせる。慎重に前回捕まえた魂の存在を追う。一度自分の魔力で捕まえているから、探し出すのに時間がかからない。しかも、魔力の減りも思っていたよりも少なかった。
いける。
気持ちが表れたのか、口元が歪む。ぐっと引っ張れば、あっけなくこちらにやってきた。そしてこの世界にいる同じ魂を持つ貴族の体に入ろうとするのを魔力で止め、自分の魂と入れ替える。
成功だ。
急激に意識が遠くなった。呼び寄せた魂が戻ろうとしている。突然の変化にまずいと魔力を体の中に巡らせた。
ゆっくりと目を開ければ、自分の部屋だ。あのまま気を失い、朝を迎えたらしい。
胸の中にある異物。
呼び寄せた魂を自分の中に縛り付けてしまったようだ。
「ちっ」
思わず舌打ちした。逃さないようにと焦ったのか、魔力を強く籠めすぎたようだ。幸い魂は眠っているのか、誰かがいるような違和感があるだけで特に体に変化はない。
仕方がなくこのまま依頼をこなすことにした。今日から勇者パーティーの面倒を見るのだ。子供の面倒など面倒くさいが、この依頼を受けたら、一年は何も依頼を受けずに過ごせる。
気に入らないガキ勇者だ。勘違いして好き勝手しているから、当然周囲の評判も悪い。魔法でレベリング中の様子を魔法で飛ばして、勇者の行動を公開することにしていた。あのギルド長のことだ。酒場で賭けになると思う。期待通りに勇者がクズであれば、俺は金も手に入る。
面倒くさい仕事を受けるため、装備を準備して部屋から出た。
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ゆっくりと俺は覚醒する。勇者に言いがかりをつけられている途中で強烈な眠気がしたと思ったら意識が飛んだ。どのくらい時間がたったのかわからないが、どうやら生きているらしい。自分に縛り付けていた魂がなくなっていることに気が付いた。
どうやら意識が飛んだのは縛り付けていた魔力が切れたのが原因のようだ。縛った魂が動き出し、実行されていなかった魔法が作用したに違いない。
俺はとうとう貴族になったのだ。
嬉しさに胸を躍らせながら、体を起こした。
今日は満月なのか、とても明るい光が窓から差し込んでいた。明かりをともさなくとも、部屋の様子がわかる。上品な白い壁に質のよさそうな家具。部屋も広く、狭さを感じない。かなり贅を凝らした部屋だ。寝台のシーツもとても肌触りがいい。何度擦っても、ゴワゴワしない。
「本当に貴族になったのだな」
口元に笑みが浮かんだ。寝台から降り、立ち上がった。素足のため床の感触が冷たく感じて驚いたが、気にせず窓に近づいた。どんな人間になったの確認するためにガラスに自分を映し出す。
「あ?」
つぶらな瞳がこちらを見ている。
スキンヘッドのシミ一つない艶やかな顔をしたおっさん。
そしてなぜか鼻には洗濯ばさみ。
信じられずに自分の手で顔を触った。頭にも触ってみた。髪がない。何度触っても抵抗なくつるりとしている。驚愕して確認するためにもう一度ガラス窓を見ればやはり激しく見た目が変わってしまった自分だ。
「……」
心が付いていかずに心臓がバクバクする。爪を噛もうと指を自分の唇に当てる。
「なんだこれは」
美しく形の整った爪。ごっつい手に不似合いなほど手入れが行き届いている。そして年中ガサガサしていて皮膚が厚かったはずの手もすごく柔らかくなっている。剣など握ったことのなさそうな手だ。
「……」
受け入れがたい現実に気が遠くなった。俺は期待した通りの入れ替わりを果たしたわけではなさそうだ。
おそらく。
おそらくであるが、縛り付ける力が強すぎて、俺の魂と連れてきた魂は同化してしまったようだ。それともあの魔法が間違っていて、引き寄せた魂との同化の魔法だったのかもしれない。
どちらであるかは今となってはわからないが、元に戻れないことだけは理解した。この体を共有しなければならないのだ。
たらりと汗が額に浮かんだ。
受け入れがたい。
元の姿をそれなりに愛していたのに、この状態は許しがたかった。
そんな俺に、悪魔の囁きが聞こえた。
俺の体はどうなっているんだ。男らしさの象徴と言える、体の毛はどうなった。あれがあるから、他の冒険者と風呂を共にしても堂々としていられたのだ。毛が無いなんて軟弱すぎる。
憤りを感じながらも、恐る恐る夜着を脱いだ。するりと肌触りのいい夜着が床に落ちた。
ガラス窓に映った自分にありえなさ過ぎて。
意識を飛ばした。
予定変更だ。
この体の寿命が尽きるまで、俺は眠りにつく。
寿命が尽きるその時まで魔力をため込み、この世界の貴族に生まれ変わろう。
赤子から貴族なのだ。きっと素晴らしい人生が待っているに違いない。
きっと俺ならできるはずだ。
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翌日の会話。
「おっさん、昨夜窓の所で裸になって踊っていたでしょう?」
「はあ? そんなこと、しないわよ。恥ずかしい」
「午前中にギルドに寄ったら、冒険者のお兄さんが言っていたわよ。夜、窓の側で裸で踊っていたって。きっと悩みがあるはずだから、おっさんに優しくしてやれと言っていたけど?」
「……どうしてレナは冒険者のおっさんをお兄さんと呼んで、わたしをおっさんと呼ぶのよ」
「理由? 別にないかな」
慌てて前の設定を引っ張り出してきました。
上手く説明できているといいのですが(;^ω^)
ちなみに洗濯ばさみを鼻につけていたのは、ノーズクリップの代用でした。
あれ、効果があるのかわからないですが気持ちの問題でつけています。