追放系おっさん+悪役令嬢、足したら何になるの?
懐かしい顔に息を飲んだ。
視線を彼女から逸らすことができない。
わたしが助けた令嬢はバネッサ・アンダーセン侯爵令嬢と名乗った。反射的にグレンハーツですと返したが、声が震えてしまった。
バネッサ・アンダーセン侯爵令嬢。
わたしとは違う、もう一人のわたしに驚きとともに懐かしさも込み上げてくる。
豊かな黒髪は艶やかで、赤いバラの花のヘッドドレスがよく映えた。ドレスも落ち着きのある深みのあるモスグリーンで少し地味な感じがあるが、彼女の存在自体が華やかなのでとてもよく似合う。
こみあげる何かに、ぐっと息が詰まる。涙が出そうで、何度も何度も瞬いた。
「わたしの顔に何か?」
あまりにも凝視しすぎたのか、バネッサが不安そうに聞いてきた。慌ててわたしは笑顔を見せた。
「何でもないわ。ところで、どうしてあんな風に責められていたのかしら?」
わたしの容貌にそぐわない話し方に少し驚きを見せたものの、さほど気にならないのかすぐに笑みを浮かべる。内心、何を思っても表面的には笑顔を見せるのが貴族だから本当の気持ちはわからないが、少なくとも嫌な笑みではなかった。
「アンダーセン侯爵令嬢。移動しませんか?」
ギルド長が立って話し始めてしまったわたし達に気を遣ったのか、別室へと促す。バネッサは頷くと、連れてきている護衛に部屋を用意するようにと指示をする。
「そんな、いいわよ、別に」
慌てて止めようとすると、バネッサがにっこりと笑った。
「是非ともお礼をさせてくださいませ。それにせっかくお知り合いになったのですもの。お話したいわ」
「貴女がそうしたいのなら」
やや困ったように同意すれば、ギルド長はおかしそうに笑った。
「それでは私はこれで失礼します」
「え? 行っちゃうの?」
「これは貴方へのお誘いなので。宿で待っていますよ」
同席してくれたっていいのに。
そう思いつつも、バネッサと話してみたくてわたしはその場に残った。案内された部屋は王城にある誰でも使える控室だった。もちろん、二人きりではなく、彼女の護衛と使用人も一緒だ。
「改めてお礼を申し上げます。ありがとうございます、グレンハーツ様」
「余計なお世話でなければよかったわ。それから言葉使い、気になるようなら直すけど」
「いえ、そのままでかまいませんわ。グレンハーツ様は勇者パーティーの一員でしょう?」
やっぱり知っていた。名前しか名乗っていないのによくわかったものだ。
流石貴族令嬢。情報は抑えている。
「ええ。国王陛下がわたしにかけられた呪いを解いてくださろうとしていて。神官様も見てくださったのだけど」
「まあ、もしかしたらダメでしたの?」
「そうなるのかしらね。わたしは命に別状はないし、呪いだと思っていないからこのままでもいいのだけど。結構、今も楽しいのよ」
バネッサが痛ましい表情を浮かべたので、わたしは明るく茶化した。
「それでも解けるかもしれないと思っていたのでしょう? 気落ちしているところに、わたくしの騒動まで見せてしまって申し訳ありません」
「ねえ、言いたくなければ言わなくてもいいんだけど。あの身分の高そうな人、婚約者?」
深刻にならないような気軽い感じで使用人の用意したお茶を飲みながら尋ねてみた。バネッサはふっと息を吐いた。
「そうです。第二王子殿下はわたくしの婚約者ですわ。最近、顔を合わせればあの調子ですの。ここ数日、何度も身に覚えのないことを責められていて、ちょっと困っております」
「貴族の令嬢ですもの、政略結婚でしょう? 元々性格が合っていないんじゃないの?」
「少し前まではそれほど仲が悪かったわけではないのですが……」
バネッサもよくわからないらしい。憂鬱そうに表情を曇らせた。愁いを帯びた顔もなかなか色っぽい。わたしがバネッサだった時にはない色気にちょっと落ち込む。やはりわたしはガサツな部分があるのだろう。だから二度目の転生はバネッサではなくて、おっさんだったに違いない。
「もしかして婚約者が後ろにいた令嬢に惚れちゃったとか?」
乙女ゲームの定番を取り入れて、ちょっと探りを入れる。彼女は驚きに目を見開いた。
「よくお分かりになりますのね」
「他国の娯楽にそんな物語があって」
誤魔化しながらうーんと内心唸っていた。どう考えてもやっぱりラノベ版乙女ゲームだ。問題はどの程度進んでいるのかというところか。婚約者の絡み方から、バネッサがこの世界でも悪役令嬢なのだと思う。
必要悪なのかもしれないけど、どうしてラノベ版乙女ゲームのヒロインというのはいけ好かないのだろう。それにころっと落ちてしまう攻略対象もどうなっているのか。できることなら頭の中を覗いてみたい。
「そうですの。なんでも茶会や夜会に招待されないのはわたくしが手を回しているせいだとか、ドレスが破かれたのはわたくしの取り巻きがやったのだとか言われております。わたくし、つい先日まで領地にいましたのでそのようなことをする暇はないのですけど。お友達も同世代の方は皆遠方に嫁いでしまっていていませんのよ」
ですよねー。
「婚約者があの令嬢と会い始めたのはいつ?」
「わかりませんわ。でも3カ月前に婚約者と顔を合わせた時は普通でしたわ」
3カ月前は普通の聞いて、もやっとした。
攻略が早すぎるのだ。普通に恋愛を仕掛けて、3カ月で三人の男を虜にできるはずがない。もうピンポイントに攻略しないと無理だ。しかも並行して動かす必要もある。
まだ出会った頃ならなんとでもなるだろうが、バネッサへの言いがかりの様子からすると終盤に差しかかっているように思える。
集まりに呼ばないで孤立させる、ドレスや持ち物をダメにする、その途中で婚約者の注意を挟みながらの逢瀬。
途中でバネッサからの注意と警告が男爵令嬢に告げられていたら完璧であるが、王都にいなかったバネッサには出来なかった。できないから飛ばして次々にイベントを起こしているようにも見える。
乙女ゲームのクライマックスと言えば襲撃だろう。
階段落ちなのか、ならず者に襲わせるのか。
学園ものじゃないと考えれば、ならず者による襲撃の方がありえる。乙女ゲームの筋に沿えば冤罪であっても、よくて修道院、悪くて国外追放だ。大抵この手の話は後から冤罪だったとわかるものだから。続編で追放になった悪役令嬢を主人公に他国の王宮で新しい恋物語が始まったりね。
「余計なお世話かもしれないけど」
じっと考えながら、バネッサに切り出した。
「はい、なんでしょう?」
「先に婚約白紙に持って行った方がいいかもしれないわ。きっとあなたの婚約者はあの令嬢と結婚したくてあなたとの破棄を目指していると思うの」
バネッサがぽかんとした顔になる。婚約破棄されると全く考えていなかったとその表情でわかる。あれほど公の場で罵られているのに、婚約者の考えていることに思い至らないなんて、本当にどうでもいいと思っているのかもしれない。政略結婚であるのだから、義務を果たしたらお互い無関心でいればいいのだと。
割り切っているかもしれないけど、そんな一生を過ごすのは悲しい。
「どうしてですの? 殿下はわたくしとの婚約を白紙にすると、王族籍を抜けて臣下に下らなければなりませんのよ?」
「そうなの? でもほら、恋は盲目というし。あの状態で貴女は婚約者と結婚生活送れるの?」
「無理……ですわね。きっとひどいことになりそうです」
バネッサはちょっと笑った。寂しそうな笑みにため息が出そうになる。
この世界のバネッサは幸せではない。
でもね。
この世界は乙女ゲーム+悪役令嬢ではない。
悪役令嬢+追放系おっさんにちょっと乙女ゲームのスパイスの世界なのだ。追放系おっさんの超チートな力を今使わずしてどうする。
ハイブリットな異世界で無双する追放系おっさん。
おねえな超チート力を駆使して、可憐な悪役令嬢をビッチヒロインから救う!
ああ、書籍化された本のキャッチコピーみたいじゃない。
きっとこの世界は書籍化予定の世界よ。
逆ハー狙いのビッチヒロインなんて華麗に撃退して見せるわ!