王城にやってきました
王都にあるギルド長の知り合いの高級宿は設備が充実していて素晴らしい。宿泊している部屋に風呂が付いているのだ。長湯しても一人だけなのだから誰に遠慮する必要がない。
勅命をもらってから一か月。
色々な準備をする時間は短かったが何とか間に合った。住んでいる街から王都まで馬車を使って5日もかかるのだから、本当に遠い。途中で宿にきちんと泊まっているのに移動手段の馬車が慣れないせいか、体もがちがちだ。
疲れを取るようにゆったりと湯につかり、たっぷりの石鹸の泡で体を洗う。孤児院で暮らすようになってから、きちんと肌の手入れはしているから優しい泡で洗うだけで十分だ。その方が肌も傷めない。
丁寧に全身ツルツルに仕上げ、風呂から上がった後は肌には保湿たっぷりのクリーム。もちろん、この世界のクリームは効果がいまいちなので自作だ。
化粧品を作れるわけがない?
わたしは超チートなのだ。想像できることなら何でも魔法でできてしまう。ご都合主義世界なんだから使えるものは使わないと。折角の設定が勿体ない。
体系維持のために筋トレだって欠かさない。ちなみに細マッチョではない。完全にゴリマッチョだ。
本当に残念。
できればレスターのような細マッチョの方がよかった。レスター、脱ぐとすごいのだ。もう一度堪能したい。ああ、もちろん、バネッサの時にね。グレンハーツの時にすり寄ったら気持ちが悪い。
ゆっくりと腕を曲げ、鏡の前でポーズをとる。太い腕には筋肉が盛り上がり、腹筋だってシックスパックだ。太腿も筋肉でがっちりしている。尻だって男らしくキュッと引き締まっている。後ろを鏡に映して捻ってみれば、なんてセクシー。おっさんでも垂れていないのだ。
もう自分でもほれぼれする。某CMのように音楽に合わせて回転盤に乗りながらビフォーアフター、してみたい。
顔はね、見慣れてくると愛嬌がある。
つるんとした頭に眉もなく、首も太い。眉間にはしわがあって、顎も割れているのが気に入らないけど仕方ない。つぶらな瞳はちょっとかわいいと思っている。これがきっとチャームポイントだ。
そしてなによりも。
剥きたて卵のようなつるんとした卵型の顔の形が一番の売りだ。ははは、40代のおっさんでここまで潤っているのは早々いないだろう。
なんて理想的!
これを日本いるはずのわたしも見習ってほしい。
くだらないことを考えながら、ベッドの上に無造作に置いてあった今日の衣装に手を伸ばした。
色はズボンと上着は黒だ。中に着るシャツはフリルのついた白いシャツ。ベストは黒であるが、アクセントに赤いバラを刺繍している。
ジュストコールに似た膝ほどまである上着は腰を細く絞って裾が広がるように作っている。本当は袖口とか縁にもっと凝った刺繍とかをしたかったのだが、準備期間が少ないため仕方がない。
魔法って色々使えることが服を作ってみわかった。何ができないかも把握できた。本当に便利だ。魔法で刺繍しようと思っている人などいないだろうが。
呆れ顔の孤児院の少女たちを思い出し、笑みが浮かぶ。
「これまたすごいですね」
支度が終わったギルド長が迎えに部屋までやってきた。鏡に向かって入念にチェックしているわたしにちょっと引き気味だ。
「うーん、上着は赤の方がよかった?」
「いや、うん。それで十分だと思います」
珍しく言葉の切れが悪い。わたしはふうんととりあえず及第点だろうと思いなおし、彼を上から下まで見た。いつもと違ってとても上等な布で作られた仕立てのいい服を着ている。着こなしがとても自然で、普段から着慣れている感じだ。
「ギルド長、もしかして貴族?」
「ああ。そうでした。言っていませんでしたね。私は伯爵家の三男です。受け継ぐ爵位がないのでギルド長をしているのですよ」
納得。上品であるわけだ。
「謁見の間に入ったら、陛下のいる壇上の前まで移動します。そこで膝をつき頭を下げてください。お声をかけていただくまで上げずにそのままで」
ギルド長は謁見の仕方をわたしに教え始めた。ふんふんと聞いていたが、この世界でもバネッサの時とあまり変わらないようだ。男性と女性との違いがあるが、ほんのわずかだけだった。
「名前を聞かれたら名乗ってください。あとは聞かれたことには正直に話すこと」
「わかったわ」
貴族のマナーなんてお茶の子さいさいだ。
さて、国王様、どんな人かしら?
******
謁見の間には玉座には国王、その両脇には重鎮と思われる爺さんたちが3人いた。国王がわたしよりも少年上のような気がする。ただおっさんの年は読みにくいので、もしかしたら若いかもしれない。
玉座に向かってギルド長の後に続いて歩いた。緊張はあまりしていないが、ここは一発、わたしの素晴らしい挨拶を披露したい。いい緊張感に背筋が伸びた。
「陛下の前である。控えよ」
重鎮の爺が重々しく声を上げる。ギルド長はすっと膝をついて頭を下げた。わたしもその隣に立ち、すっと腰を下ろす。
誰が見ても完璧なカーテシー。
右足を後ろに引き、左足の膝をまっすぐ前に曲げる。正面から見ると足がクロスしているように見えるのがポイントだ。しかも腰を深く落とした方が美しいとされる。
わたしの挨拶を見て息を飲む声が聞こえた。
ふふふ、驚いたでしょう。こんな完璧なカーテシーを庶民がやって見せるのよ。どこぞの姫にも負けない。
「……よい、楽にせよ」
短かったのか長かったのかよくわからない程度の時間が過ぎたころ、国王が声をかけた。わたしはすっと立ち上がる。
「その方が魔王の呪いを受けし者か」
そう聞かれたので、素直に首を左右に振った。
「いいえ。わたしは呪いを受けたとは思っておりません」
「……神官」
神官と呼ばれたローブを着た爺が一歩前に出た。ふむふむとわたしを見つめてからため息を付いた。
「陛下、この者はおそらく認めていないだけかと」
「そうであろうな。なんという恐ろしい呪いなのだ。余もこのような事態になったら認めたくないだろうよ」
ええ、どんな超展開?
神官、仕事していないよね!?
呪いなんてどこにあるのよ。
「残念ながら……この呪いは聖魔法では解くことができません」
「ではこの者は一生このままなのか。なんと恐ろしい。自覚なく、男の尊厳が失われるとは」
「申し上げにくいのですが……勇者となり英雄となりえる人材をこのような状態に陥らせるのは国として損失だと」
「勇者の方も再起不能であったな」
そりゃあ、物理的に男の至宝を取り出されてしまったら精神的にダメージ食らう。特に女好きの下半身勇者だったのだ。その衝撃は引きこもる理由としては十分だと思う。
「例えば、魔王討伐には騎士団も送り出すよな?」
国王が考えるように側にいる重鎮に問う。
「もちろんでございます」
「魔王もこちらをせん滅しようとしている。当然補充として第二陣、第三陣と騎士団を送る」
「……生きて戻ってきた者たちは不能になっていると考えられます」
国王が顎をさすりながらうーんと悩みだした。重鎮たちも重苦しく沈黙している。どれほどの時間がたったのか、国王がため息を付いた。
「その方は大変であったな。体をいたわってくれ」
そんな何とも言い難い感じで謁見は終わった。
わたしは魔王の呪いを受けた可哀そうな人と国から問題なく認定されたようだった。
******
謁見の間を後にすると、ギルド長が口元を緩めている。声を立てないのは場所を思ってのことだろう。
「何?」
「いや、あそこでカーテシーをしてくるとは思っていなかったので。よくご存じでしたね」
「色々本を読んで知ったのよ。お姫様って憧れるわ」
雑談をしながら廊下を進むと、騒々しい声がした。二人で顔を見合わせてそちらの方へ向かうと、どうやら一人の女性に向かって三人の男性が言いがかりをつけている。女性の方は気丈にも背筋を伸ばして対峙しているが、ほんのわずかだけ肩が震えていた。
不思議に思っていれば、きゃんきゃん吠えている貴族の子息三人の後ろには保護欲をそそられる令嬢がいる。あれ、これって。
「貴様、今すぐ謝罪しろ!」
令嬢が縋り寄っている男を見て、間違いないとため息を付いた。わたしは令嬢の後ろへと静かに歩み寄った。
「ねえ、ちょっと。一人の女性に向かって男どもが寄ってかかってみっともない」
「なんだ、貴様!」
粋がっていたお坊ちゃんがわたしの方へ意識を向けた。
ああ、やっぱりね。
茶色の髪に華奢だけどでかい胸。ウルウルと涙がにじむ緑の瞳は大きくて零れ落ちそうだ。両手はぎゅっと胸の前で握りしめられている。
そして彼女を取り巻く男性は、赤髪の彼と金髪碧眼の男。そして彼女を恫喝している茶髪の男。着ている服装から茶髪の男が一番身分が高そうだ。
一人の令嬢に三人の取り巻き。
この組み合わせ、間違いなく乙女ゲームだ。
おっさんになって生乙女ゲームを見ることになるなんて、ちょっと感動。
でも、わたしは悪役令嬢の方の味方だ。にこりと場を和ませようと笑って見せた。
「ここは王城でしょう? そんなに騒いでいいのかしら?」
「ひっ……!」
令嬢が恐ろしいと言うように短く悲鳴を上げた。三人の男性は周囲に人が集まっていることに気が付いて、慌てて彼女を隠してこの場を離れる。
「失礼ね。人の笑顔に悲鳴だなんて……」
ぶつぶつ言いながらその後姿を見送っていると、意外としっかりとした声がかけられた。
「ありがとうございます。お名前をお聞きしても?」
「名乗るほどの者でも……」
適当に流そうと思って彼女を見た。
黒髪に青い瞳。少し冷たく思える整った顔立ち。
彼女の顔を見た瞬間。
音がすべて消えてしまったかのように思えた。
近いうちにタイトル変更の予定です。ご連絡まで。