これよ、これよ! 生を見るのは楽しいわ!
人々が笑いさざめく。今日は国王主催の夜会だ。
もちろん貴族ではないわたしが参加できるはずはないのだが、勇者が引きこもったため、わたしが勇者パーティーの代表としての招待だ。知っている人などほぼいないため一人で隅の方にいた。一緒に来ていたギルド長は知り合いのところへ挨拶に行ってしまっている。
わたしの容姿は夜会会場にはとても不似合いなため、認識疎外の魔法を使っていた。もちろん、王宮側にも許可をもらっての使用だ。きっとわたしの存在が夜会の雰囲気を壊すと思って許可してくれたのだ。
ガタイのいいゴリマッチョのわたしが壁際にいても誰も気に留めない。普段は味わえない独特の空気を楽しみながら、華やかな人々を眺めていた。
ふふふ、こういうとき超チートって便利だわ。
本当に神さま、仏さま、天使さま、ありがとう!
「グレンハーツ様、ごきげんよう」
バネッサがレスターにエスコートされて、わたしの所にやってきた。二人でお揃いなのか、色合いがとてもよく似ていた。そして寄り添った姿はとても綺麗だ。
今日のバネッサはいつもよりも柔らかな笑顔を浮かべ、力が抜けているようにも思える。レスターと心が通じ合ったのが二人の様子からよく伝わってきた。明るい表情が彼女をいつも以上に色っぽく見せていた。
気持ち一つで表情が変わるなんて、どれだけ婚約者である王子がバネッサを蔑ろにしているのかわかるというものだ。
「おめでとう。幸せそうだわ」
「ありがとう」
「結婚式のお祝い、あとで送るわね」
のほほんとそんなやり取りをしているうちに、雰囲気をぶち壊す声が響き渡った。それなりにざわめいていた広間が第二王子の声にしんと静まった。皆、何が始まるのかわからず顔を見合わせている。
「バネッサ・アンダーセン侯爵令嬢! お前のような性悪な女と結婚はできない。婚約を破棄する!」
これって生婚約破棄じゃない。
すごい、マジでやるんだ。
第三者としてこんなにも間近で見るなんて、すごくすごく興奮する。鼻息を荒くしながら、食い入るように彼らを見つめる。
バネッサを囲むように婚約者である第二王子、伯爵家の三男、子爵家の次男が示し合わせたように出てきた。人々は自然と彼らに道を開ける。
彼らの後ろには守られているように男爵令嬢が立っていた。少し困ったような顔をしながらも、どこか勝ち誇っている。徐々に笑いをこらえるのを失敗したような少し歪んだ顔になっていく。
「殿下、ここはそのようなお話をする場ではございませんよ」
バネッサを庇うように一歩前に出て、言葉柔らかくレスターが言う。ただ視線は射殺せるほど鋭いものだった。
「レスター様! バネッサ様に騙されているだけです! どうか気が付いてください!」
男爵令嬢の訴えるような叫びにレスターの雰囲気がぐっと冷たくなった。物理攻撃を二人にされても困るから、こっそりと二人に結界を張る。薄い結界だから、すぐに割れてしまうけどちょっとした攻撃ならしのげる。
騙されているって何をだろう?
よく聞いてみると不思議なセリフだ。勢いがあっていいけど、疑問に思ってしまうと何とも言えない不思議さが残る。
レスターの底冷えする視線をものともせずに、男爵令嬢は両手を胸の前で組んでレスターを見つめた。レスターは彼女を気持ちが悪いものを見るような目で睨みつける。
「あれ? 効かない?」
男爵令嬢は戸惑ったような表情を浮かべたがすぐに第二王子によって背後に隠された。第二王子はギラギラした目でバネッサを睨んでいるが、対峙するバネッサはゆったりとした余裕の笑顔だ。糾弾などされていないような穏やかな空気を纏っている。
「すでに婚約白紙になっておりますので、そう高らかに宣言されなくとも大丈夫でございますよ」
「なんだと?」
バネッサの言葉に王子は戸惑ったような声を上げる。
「国王陛下から婚約白紙と承っております。これからその発表も併せて行われますから、ご心配なさらなくとも大丈夫ですわ」
「何の話だ」
王子の呟きにバネッサが不思議そうに首を傾げた。
「殿下は魔王との交渉する使節団の長として赴くのですよね? 『魔王の呪い』を受ける可能性があるから婚約は白紙に戻すのも致し方がないと国王陛下がおっしゃっておりましたが……」
ご存じなかったのですか、と尋ねれば王子の顔が引きつった。
「何よこの展開。わたし、知らない」
ぽつりと零された呟きにわたしはふうんと目を細めた。やはりあの男爵令嬢、転生者だったようだ。だからこそ、効率よく攻略対象を落とすことができたし、バネッサの足らないところをピンポイントで狙うことができたのだ。普通に考えれば、権力のある侯爵令嬢を陥れるなどただの男爵令嬢が考えるわけがない。
「そのような嘘をつくなど……!」
「嘘ではないよ」
「異母兄上!」
第二王子が動揺して叫んだ。中断するようにやってきたのは王太子だ。どうやら誰かがこの騒動を伝えたようだ。慌てた素振りはないが微笑みの中にわずかだけ苛立ちが見える。
「素敵……」
男爵令嬢の呟きが耳に入った。ちらりとそちらを見れば、両手を胸の前で組んでうっとりと王太子を見つめている。どうやら気の多いタイプのようだ。
「昨日の会議でお前とお前の側近たちの使節団派遣が決まった」
「そんな、俺は承知した覚えはありません!」
「書面による通達があっただろう? 読んでいないのか?」
眉を顰める王太子にぐううと変な声で唸る。何も言えない王子に王太子がため息を付いた。
「不在の場合は使節団の一員とすると連絡していたはずだ。皆が時間の都合をつけて参加し、お前たちだけが欠席だった。満場一致で決まったよ」
「満場一致」
茫然と呟く王子に笑いがこみあげてくる。
仕事、大事。
責任、ちゃんと持とうね。
「ちょっと、どういう事なの!」
うっとりと王太子を見つめていた男爵令嬢が慌てて自分の方へと注意を向けようと大声をあげた。バネッサがそちらを向いて困った顔をする。
「殿下とわたくしの婚約は継続できないと判断され白紙撤回されました。そしてアンダーセン侯爵家を存続のため、わたくしはレスターと婚約いたしました」
「はあ? なんであんたが兄であるレスターと結婚できるのよ!」
男爵令嬢は癇癪を起して叫ぶ。レスターが嫌そうな顔をして男爵令嬢に答えた。
「僕たちは実の兄妹ではない。また従兄妹の関係になる。元々はバネッサとの結婚を前提にアンダーセン侯爵家に引き取られていた。養子に入ったのはバネッサが王子と婚約してしまったからだ。知らなかったのか?」
かなり有名な話らしい。幼い頃に整っていた二人の婚約を白紙に戻して、第二王子の我儘によりバネッサと婚約したのだ。だから王家はバネッサと大切に扱っていたというのに。
どこをどう間違ったのか、簡単に攻略されてしまった。魔法のある世界だから、転生者の男爵令嬢には魅了の力があるのかもしれない。
あ、その方が自然だ。
転生ヒロインが魅了持ちなんてテンプレだ。気が付かなかったわたしが大ボケだ。断罪にならないように間に合ったからセーフかな?
「君、煩いよ。今日は異母弟の晴れ舞台なんだ。関係ない君は下がってくれ」
王太子が冷たい声で言い放った。男爵令嬢はさっと顔色を悪くした。助けを求めるように取り巻きの赤い髪の伯爵令息に顔を向けるが、彼も自分の置かれた立場に動揺してそれどころではない。同じく取り巻きの金髪碧眼の彼の方を見てもこちらも同じ。王子を含めて三人とも放心状態だ。
「あんた、あんたがバグね!」
バネッサにつかみかかろうとしたので、思わず足を払った。隣にいたわたしに気が付かなかったようだ。
認識疎外の魔法、本当にすごい。これならもっとドン引きするぐらいおねえ道を極めても誰も認識しなくなるのではないかと密かに喜んだ。目を大きく見せるアイメイクをしたいのだ。
「きゃあ」
床に転がすとすぐに警備の騎士がやってくる。
「丁寧に牢へぶち込んでおいてくれ。魅了を使うかもしれないから、魔封じも忘れるな」
丁寧に牢へぶち込む、ってどういう意味だろう?
思い存分やっちまえ、という意味なのか。王太子、やっぱりちょっと怖い。
「いや、離して! ククルス、呆けてないでわたしを助けてよ!」
は?
ククルス?
「ククルス? 殿下の愛称でしょうか?」
バネッサも理解できずに首を捻る。レスターがうーんと悩みながらもぼそりと呟いた。
「クラーク・ルイス殿下。多分そうだろうな」
すごいセンスだ。
クラーク・ルイスでククルスだなんて短縮の仕方がおかしすぎる。普通にルイスでいいはずだ。人とは違う愛称をつけ合っていたのだろうか。
笑いをこらえている腹筋が辛い。
ぎゃんぎゃん騒ぐ男爵令嬢は速やかに連れ出された。しんと静まり返った会場に王太子の声が響く。
「少し騒がしかったが、夜会はまだ始まったばかりだ。皆の者、それぞれ楽しんでほしい」
何はともあれ、これで一件落着かしらね?