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終わりに向けてのあれこれ



 手紙を読み終えると、ほうっと息を吐いた。

 どうやらバネッサはレスターと気持ちを話し合えたらしい。恥ずかしそうにしながらも、律義に報告してくれる彼女に思わず笑みが浮かぶ。この手紙を書いている時もきっと赤くなったり青くなったりしながら書いたのだと想像すると嬉しい気持ちが胸を満たす。


 送った香水が役に立ったのなら、良かったと思う。

 この世界にも香水はあるが、結構きつめの香りだ。誰がいるかなんてわかってしまうほどに残る。印象的と言えばそうかもしれないが、いつまでも鼻に残る香りはあまり好ましくない。

 男性の気を惹くなら、仄かに香る程度がいい。近寄ったらふわっと、って感じがぐっと心をつかむのだ。


 香水の配合を考えるのも楽しかったから、もう少し色々研究してもいいかもしれない。子供たちも興味深そうに見ていたので、もしかしたらちょっとした商売になる。

 マカロンもドレスもそれなりのお金になったから、この孤児院の経営はとてもよくなった。バネッサがかなりの金額を提示してくれたので、しばらくはお金の心配はいらない。先を心配しなくてもいい状況にとても気持ちが軽くなる。

 バネッサには感謝してもし切れない。しかも継続的にマカロンはこちらで製造販売してもいいことになっており、子供たちのお小遣い程度にはなるはずだ。


 手紙を読み進めていくと、最後には結婚する日にちが決まったと書いてあった。


「結婚かぁ。お祝い何がいいかな?」


 できるならば滅多に手に入らないようなものがいい。この無駄に多い魔力があるのだ。大抵のことはできると思う。だけど、結婚祝いと考えるとなかなかいい案がない。


 ドレスや宝飾品はレスターがすべて用意するだろう。バネッサが身に着ける物はきっと不可だ。わたしの良く知っているレスターと同じような性格をしているのなら、他人のしかもよくわからないおっさんからのプレゼントを身につけさせるとは思えない。


 かといってこの世界でペアカップとか生活に必要な物をと考えてもピンとこなかった。二人は貴族なのだ。平民だったら喜ぶかもしれないけど、微妙なところだ。お菓子やお酒にしても……。


 一人で思考の海にどっぷりと浸かっていると、ばーんと勢いよく扉が開いた。


「グレンハーツ!」


 またもや戦いを挑んできたのかと思い面倒くさそうに顔を上げた。顔を上気させキラキラした目をしたデートリンデがいる。ここにきてすでに3カ月たっていたがこれほどうれしそうな顔をした彼女を見たのは初めてだ。


 驚きに目を瞬いていると、ずがずがとわたしの傍までやってきた。興奮した様子で、忙しく腕を振り回す。


「ようやく魔界へ行く道が作れたのだ! わたしは明日、魔界に向かう!」

「魔界への道?」


 想像していない言葉に、そのまま疑問を口にした。デートリンデは手を腰に当て、ふんと得意気に胸を逸らす。


「そうだ。強い結界で覆われていたが、ようやく一部の解除に成功したのだ!」


 いつの間にそんなことをしていたのか。

 そんな疑問もあったが、デートリンデの行動をすべて把握しているわけではないので、知らないうちにしていたのだと思いなおす。あれだけ強い魔力を持っているのだから、ぷちっと壊せばいいのに。気がつかれないように、ちまちま壊している彼女の行動を少し面白く思った。

 行動も発想も子供らしくてかわいい、と微笑ましく思いながら尋ねる。


「ところで何をしに行くの?」

「何、って……何だったか?」


 デートリンデは後ろからついてきていたレナに小声で聞いた。レナは手にしていた手紙をわたしの前に置きながらあきれた様子だ。レナが持ってきた手紙を手に取った。かなり上質な紙を使った封書だ。表書きの文字を見て見覚えがない。


「デートリンデを追い出した魔界の男どもにがつんと呪いをかけるんでしょう?」

「そうだった」

「呪いって、ツルツルの呪い?」

「いや、それと同時に小さくなる呪いを付け加えることにした」


 得意気に言い放つデートリンデであるが、全く意味が分からない。手紙から視線を上げ、間抜けだろうなと思うほどぽかんとしてしまう。


「小さく……何を?」

「もちろん体を」


 レナがさらっと答えた。


「は?」

「ギルドのおっさんたちに聞いたのだ。何が辛いって、おっさんの姿のまま子供のように小さくなるのがとてつもなく恥ずかしいと言っておった」

「生き恥を晒すのと同じぐらいの辛さだと、想像しただけでも辛いと悲痛な顔で言っていたわ」


 レナが補足なのか、説明を付け加える。ただ子供になることが生き恥と繋がらなくて、まったく理解できない。

 必死におっさんの気持ちへと寄り添い、想像力を働かせた。そもそもわたしは体はおっさんだが、気持ちは女性だ。いくら想像してもおっさんたちの生き恥が理解できないのは仕方がないことなのかもしれない。


「うん? かけようとしている魔法は子供になる魔法?」

「それでは気の毒であろう。わたしは寛大なのだ。体を小さくすべしと提案されたのでそうするつもりだ。私への悪意を持った魔法を使った奴は己の魔法で体がどんどん小さくなるのだ。一番小さいものは豆粒ほどになる。どの程度の大きさになるかは本人の心がけ次第だ」

「え、体を?」


 デートリンデの言葉でようやく理解した。どこかの童話のような話だ。若くなるわけではないらしいから、見る見る間に小さくなっていくのだろう。


 諸悪の根源ともいえるレナをちらりと見ると、彼女は肩をすくめた。


「いいんじゃない? 誰も死なないし」

「えええ?? いいのそれで?」

「多分、それで被害を受けるのはおっさん、だけかな?」

「それってすごい被害じゃない」


 魔界からの報復を考えてげっそりとする。デートリンデを基準にするならば、かなりの確率で勢いだけで生きているように思える。きっとデートリンデをそそのかしたと、大量の魔族がわたしに報復に来る未来しか思いつかない。大量の小人? 虫のように小さな魔族のおっさんたちが大量にやってくるのを想像し、遠い目になった。


 魔族には一度も会ったことはないが、ギルドで聞いている話をまとめると非常にしつこそうだ。魔力は当然人間よりもはるかに高いし、プライドも高そう。そんな魔族がツルツルになった挙句、体も小さくなってしまっては激怒する気がする。中途半端な悪意で子供程度の体になったら厄介だ。

 でも襲撃を気にするなら、被害の少なそうな小人サイズの方がいいのか。小さくなった後、魔力はどうなるのだろう。


「心配いらないわよ。ネズミ捕りでも仕掛けておけば捕まるはず」

「それでいいの!?」

「いいんじゃない?」


 素早く切り返されて、言葉に詰まった。どうしてこうレナは言葉に長けているのだ。口だけで勝てる気がしない。わたしも元女性なのに、少女の鋭い問いに答えられずにタジタジだ。


「心配しなくとも、襲撃者など返り討ちにしてやる。わたしは歴代一の魔力を持つ魔王だぞ」

「でも魔王ってもう一人いるんでしょう? だから追放になってしまったのよね」


 疑いの目でデートリンデを見れば、彼女は眉間にしわを寄せむむむと難しい顔をしている。


「追放はわたしが油断していたからできたのだ。魔力だけならば弟のロシェよりもはるかに強い」

「どういうこと?」

「わたしと弟が同時に魔王になったのは、わたしが魔王としての魔力を、ロシェが魔王としての知識を持ってしまったからだ」


 デートリンデがふっと寂しそうな顔をして笑った。その笑みがとても悲し気で胸が痛む。まだこんなにも小さいのに、二つに力が分かれてしまったことでわたしには想像ができない色々なことがあったのだろう。


「デートリンデ」

「仕方がないのだ。魔王の力は強い。一人で持っていると、いずれ狂っていく」


 なんだか深い理由があるのだと、初めて理解した。いつも賑やかで一人で騒いでいるところしか知らない。このように表情を曇らせれば、少女なのに重いものを背負っていると感じる。一度目を伏せてから彼女は顔を上げた。その顔には先ほどの憂いは全くない。いつもの強い眼差しでこぶしを握る。


「魔界を蹂躙し、魔族を屈服させた後、またここへ戻ってくる。朗報を楽しみに待っているが良い」


 そう宣言するとデートリンデは意気揚々と部屋を出て行った。残されたわたしとレナはその後姿を黙って見送る。


「デートリンデ、終わった後もここに戻ってくるの?」

「そうみたいね。デートリンデがこの孤児院にいたら、おっさん、狙われないですむわよ」


 レナの前向きな発言にやや納得できないところもあったが、まあ戻ってきてから考えようかと先送りすることにした。

 気もそぞろに、手にした手紙の封を切った。


「……招待状」


 そこには国から勇者パーティーの代表として夜会に出席するようにとの言葉が綴られていた。招待状としながらもほぼ強制だ。国王の招待を断ることができるのは死んだときだけだ。


「また王都に行くの?」

「そうね」


 勇者パーティーの代表なんていてもいなくてもいいはずなのに、わざわざ招待されている。きっと何か関係することがあるのだ。


「……」


 わたしに関係することって言ったら、『魔王の呪い』しかないじゃない。なんだか変な方向に走っていると思いつつも、今の生活が続くのであればそれでもいいかと思った。




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