【閑話】国の事情
いつもよりも少し短いです。
渡り船だと、報告を聞いた時に思った。
勇者パーティーメンバーの不幸。
勇者の男の至宝の喪失。
世話役としてつけられたベテラン冒険者の女言葉にツルツル。
『魔王の呪い』という本当かどうかもわからない原因。
「どう思う?」
報告書を持ってきた宰相に尋ねた。もう初老に片足を突っ込んでいる長年仕えてくれている友人はやや長いひげ顎をさすりながら糸のように目を細めた。ただでさえ瞼が重く目が開いているのかわからないのに、細めると目がなくなる。
「利用してもいいかと思います」
どこかのんびとりとした、雑談をしているような口調で宰相は答えた。こちらもそれ以外の答えを望んでいなかったので軽く頷く。
「勇者パーティーは今後不要と考えていいか?」
「はい」
正直に言えば、勇者パーティーなどというのはこの国、諸国の上層部にしてみたら不要なものだった。神託があるわけでもなく、実績があるわけでもなく。ギルドからの推薦を得た冒険者が選ばれるだけの勇者制度。
初代の勇者パーティーは確かに素晴らしい働きをした。大量に発生した魔物たちを見事に蹴散らし、他の冒険者たちを鼓舞し、力をふるった。100年前の話だ。
勇者パーティーと言われていた冒険者パーティーは冒険者たちの頂点という意味合いだった。つい50年ほど前、何かしらのきっかけでお互い不干渉を貫いていた魔族との間に亀裂が入った。どこぞの国の軍部が暴走したのだと思うが、真相は定かではない。
関係しなかった諸国が状況を把握する前に、魔王は倒さねばならぬ悪として世間に知れ渡った。不安な噂は爆発的に各国へ広まっていった。小さな魔物たちが暴走した後だったのも悪かったのだと思う。
本来ならば状況をきちんと把握し外交などで抑えるべき話なのに、当時の冒険者たちが不必要に騒いだため、魔王討伐するための勇者パーティーが組まれた。どの国も認めるつもりはなかったのだが、きっかけを作った国が優遇したものだから、おかしなことになってしまった。
粗悪な勇者パーティーが繰り返し作られ、適当な実績しか上げずに金だけ巻き上げて引退していく。魔獣が大量発生した際には冒険者にも頼らざる得ない国の状況で勇者として選ばれたという冒険者を排除するのは非常に難しかった。
勇者に選ばれた冒険者も自分が魔王を倒すだけの力がないのをわかっているのか、剥奪されるようなぼろは出さない。適当に知名度を上げ、国から金を受け取る。幸い、勇者パーティーを支えるぐらいの金はどの国も準備できるので飼殺すつもりで勇者制度を維持していた。
ところが今期の勇者は沢山の苦情をギルドに寄せられるほどのバカだった。勇者がどれほどのことを行おうと傍観を貫くギルドさえも注意をするほどのアホだった。
勇者の至宝の喪失にはギルドがかかわっていることは報告されていた。世間的には勇者を処分するのは非難されるので、『魔王の呪い』として説明したのだ。『魔王の呪い』がいい隠れ蓑になってくれている。
「呪いを受けたとされる男はなかなか面白いな」
「グレンハーツですな。勇者と同じようにクズなら密かに始末しようかと思っていましたが。素直に呪いではないと答えましたな。おそらくすべて気が付いているのでしょう」
「カーテシーをされたときには何が起こったかわからなかったぞ」
「なかなか美しいカーテシーでした。あれほどのカーテシーをする令嬢はなかなかいません」
宰相が思い出し、ほうほうと頷く。頷かれても一緒に褒める気分ではない。あれは令嬢ではなく筋肉だるまのおっさんだからだ。いくら美しいカーテシーをするとはいえ、褒めたいと思わない。
「何かまずいことが起こる予兆かと思った」
「まずいことは起こりましたな」
宰相のさらりと言った言葉に思わず固まる。先を言えと眼差しに込めれば、宰相はにやにやと笑いだした。
「第二王子です。どうやら下半身の緩い女に捕まって熱をあげているそうで」
「第二王子だと?」
真面目だが、思い込みのやや激しい息子を思い出し嫌な気分になる。いつでもあれが問題を起こすときには勝手に圧力を感じて勝手に自爆した時だった。第一王子である王太子が優秀でありすぎたため、比較される第二王子は非常に物足りない王子として認識されていた。王太子と比較するから物足りないのであって、個人で見れば実に優秀だ。何度言い含めても、本人は納得していない。
彼の欠点は彼の母親に似て思い込みが激しいのと勝手に悲観するところだけなのだ。上手く煽てて乗せておけば、能力以上の力を発揮する。
「婚約者であるアンダーセン侯爵令嬢に尻の軽い男爵令嬢にした嫌がらせを謝れと回廊に面した庭で大騒動したらしいです」
「バカなのか」
「アンダーセン侯爵令嬢には非はありませんな。彼女はつい一週間前まで領地にいました。しかも嫌がらせされたという内容を調べたところ、事実ではありませんでした」
がっくりと肩を落とし、ため息を付いた。
「アンダーセン侯爵からはなんと言ってきている?」
「婚約白紙を求められています。何を告げても信じてもらえず、話も聞いてもらえない。一緒になっても支えていける自信がないと」
「そうであろうな」
息子がどうしてもアンダーセン侯爵令嬢と結婚したいと言い張るから、決まっていた婚約を白紙にさせて結ばせた縁だ。なのにどうしてこうなる。きっと本人も忘れているに違いない。それともその尻軽女にいいように操作されているのか。性格的にあり得る。
「アンダーセン侯爵にはそちらの非ではないとして婚約白紙を受けることを伝えろ」
「第二王子はどうされますか?」
重くなる気分のまま、考えていたことを告げた。
「勇者パーティーの不幸により、魔族との交渉を行う。その使節団の長に第二王子を据える」
「では、一緒に騒いだ側近たちも一緒に使節団に入れましょう」
「ついでに『魔王の呪い』も効果をつけておけ」
「ツルツル?」
わざと間違えるところが相変わらず嫌な男だ。ふんと鼻を鳴らし訂正する。
「男の至宝の喪失の方だ」
「おや? いいのですか?」
宰相が意外そうにこちらを見てきた。失態を犯したと言えども王家の人間だ。後継者を残す意味でも断種は王家にとっても痛い。ただあの思い込みの激しい血筋を残す意味も見いだせない。
そのわざとらしい視線に苦虫を嚙み潰したような気分になる。
「仕方がないだろう。本来なら幽閉であるところを歴史的な名誉を与えるのだ。彼らは大いに同情され、英雄となるはずだ。問題ない」
「わかりました」
宰相はそれ以上は言わなかった。ただ頭を下げて、部屋を出て行く。扉のノブに手をかけたまま、思い出したかのように振り返った。
「なんだ?」
「使節団ですが。儂と神官長が監視を兼ねて付き合いますよ。一度魔界に行ってみたかったのです」
「そうか。好きにしろ」
この話は終わりだと手を振ると、宰相は足取り軽く出て行った。
あいつのことだ、上手くまとめてくれるだろう。