現代の義賊は城を攻める
さとり世代。成熟して停滞した社会に生まれて多くのネット情報に触れて、大きな夢や希望などを持たないでほどほどの生活を好む思考をもつ。
俺は夢も希望も特にない普通のフリーター。月14万の収入で一人暮らしをしている。
生きているだけで儲けものだと思っているし、いつ死んだところで迷惑をかけるような人も居ない。たまに将来の不安で胸が苦しくなるが、死後の世界なんてのは宗教上のもので時の権力者によって労働者が無闇矢鱈に自殺しないようにしたプロパガンダ(宣伝)だ。だから自殺すると地獄に落ちるみたいな話は作り話だ……と思う。
現代医学の延命治療を用いれば、植物状態でも生きていると言い張れるわけで。盲腸を我慢した場合とか、ふぐの毒に当たった時とか、生活習慣病は自殺じゃないのか?とか。すごくすごく曖昧なところだ。
閑話休題
バックパッカーといわれる人達がいる。大きなリュックを背負って、旅費をあまりかけずに観光する旅行者のことだ。
それに少し憧れて勢いで大きなリュックと水筒を買ってしまった。突発的にスマホ検索で、高速バスや電車を使って日本一周をしてきた。かなり計画性のない旅だったが、意外となんとかなるものだ。ビルが乱立していたり、木造住宅が点在していたりと町並みの違い。風の強さや湿度、そして匂いが各地でそれぞれ異なっていると感じた。
格安旅行ということで、深夜の高速バスやフェリーに乗って宿泊代金が浮かせた。しかし乗ってみるまでは隣にどんな人がいるか分からないので、そこで熟睡するためにはアイマスクと耳栓は必須だということを知った。
自宅の最寄駅にようやく着いて、たまっていた疲労を感じながら空を見上げる。なにかを探したくて行った筈が、自分というフィルターを通してみた世界は日本一周をしてみてもなにも変わらないまま。本当の自分なんて、探しても見つからないのかなと思い。そして明日からの日常がはじまる。
思わず深いため息が漏れた。
ボロい借家に帰宅した。玄関を開けてから一言
「ベーシック・インカムきぼんぬ」
これは俺の悪癖である。
ただいま と言う相手自体も居ないのにそう言うのはなんだか納得出来なくて、しかし何も言わないのもまたつまらない。だから返事なんて全然期待していない独り言を言うのだ。
「すまない邪魔している」
なぜだか凛とした声が返ってきた。俺の頭がおかしくなったのか、はたまたTVを消し忘れていたのだろうか。
玄関に姿を表したのは、スラリとした長身の女性だった。
これが普通の容姿をしていたら身の危険を感じていたところだが、日本人には見えない整った容姿と衣服とがボロ借家とあまりにチグハグ過ぎて一瞬ポカンとしてしまった。
なぜか俺の家の冷蔵庫を開けて、家主にお茶をだしてくれた彼女がした話の内容は、
死んだと思ったらここに居た、少し外に出たが何もかもがよく分からなくて混乱している。記憶喪失ではないと思う、勝手に食料を頂いたので働いて返す所存だ、とのこと。
「ここに居れば、私の状況を説明できる人に会えるのではないか、と思って3日程待っていたんだ。しかし、貴殿もよく分かっていないようだな。私の名前はアイサだ、好きに呼んでくれ」
「えーと、本当に外国人じゃないの? 警察に行ったほうがいいんじゃ。あ、俺は大河、タイガって呼んで下さい」
警察と言ったところで、ガタッと腰を浮かせたアイサに俺は若干ビビリつつ落ち着いて自己紹介をした。
「……すこしだけ時間をくれないか。ここが何処なのか……ここでは私がどういう扱いになるのか、それを整理する時間がほしいんだ。出て行けと言われれば出ていく、だから警察は」
彼女の顔が一気に陰ったのを見て思ったのは、もしかして不法滞在とか密入国だったりするのかなと。しかし、旅に出てみてもなにも変わらなかった俺に、それ以上の非日常が転がり込んできたことだけは確かだった。
「少しくらいなら、まぁいいよ」
「それは本当か!? 心遣い感謝する」
座布団に頭突きをする練習かと思うほど、勢い良く下げられた頭を見て俺は、すごく髪ツヤツヤだなー長いのに綺麗だなーと全然関係ないことを思った。そしてなんだか気持ちが浮ついているというか、子供っぽく言えばワクワクしていた。
台所に行くとグラノーラが無くなっていた。冷蔵庫に食料はあまり入れていなかったから、主食はこれだったのだろう。残っているのはお茶とビールと袋麺だから、夕飯は袋麺にしよう。
「それはあまり美味しくなかったぞ、タイガは好きなのか?」
アイサは不思議そうな顔をしてそう言った。おそらくはこのまま食べたんだろうな。
「さあラーメンができたから、ちょっと味見してみない?」
「いったいなんだこれは! とても美味しそうだ」
フォークを持ってふーふーしている姿が、おかしくなって吹き出してしまった。
アイサは恥ずかしがってそっぽを向いてしまったが、美味しいものを一緒に食べることで、二人の距離が少し縮まった気がした。
ボロ借家に新たな同居人ができてから約一月。一日一日が新鮮で、並べた布団の中ででお互いのことを話した。今日は何があったとか、この世界の話あっちの世界の話、小さい頃の話、好きな食べものの話。
アイサはスーパーに行ったり、冷凍食品の調理が出来るようになった。彼女の服はアマゾンで買った。
「ただいま」
「おかえりなさい、ご飯にする? お風呂にする? それとも私?
なあどうだ? スーパーのおねえさんがこう言えば喜ばれるとだな。それで私にするとはどういう意味だろうか」
アイサは日本語ペラペラな美人外国人として、よく声をかけられるらしい。世間知らずな所はあるが、頭が悪いわけではないのですぐに慣れるだろう。
「あぁ私にするって、子作りしましょうってことだよ」
アイサはすぐに赤面して顔をそらした。普段はキリッとしているけど結構照れ屋で面白い。
しばらく過ごすうちに、アイサは自分の半生について話してくれた。元いた国では義賊をして、圧政に苦しむ人達のために悪徳貴族から財貨を盗んだり暗殺したりしていたらしい。その過程で多くの仲間たちが亡くなっていき、最後には自分も命を落とした。
「私は間違っていたのだろうか、いまとなってはあの時に正しいと、そう信じて疑わなかった行いすら確かだとは思えないんだ。多くの仲間が亡くなったあの行いは正しかったのか、もっと他になにか良い方法がなかったのだろうか。この世界に来てからずっとぐるぐると考えてしまっている。」
横に寝ているアイサの顔は真っ暗でよく見えない。彼女にどう答えるべきかわからない、そんな自分が情けなかった。ただ「うん」と相槌を打つだけ。正しさは立場によって変わるんだとか、勝ったほうが正義だとか安っぽい俺の台詞は言うべきではないというのだけはわかった。たぶんそれは、彼女とその仲間たちとの信条の話だから。
顔が直接見えないからこそ、淡々とした語りの中にアイサの素直な気持ちが吐露されている気がした。
眠気がやってきた所でおやすみと言って穏やかに眠りについた。そんな日常がひたすら愛おしかった。
ピンポーン、ピンポーン
インターホンの音で起こされた俺は、少し気怠げに玄関へと歩く。
「はーい、どちらさまですか」
「警察です。少々お時間よろしいでしょうか」
警察です。とはっきりと言う声を聞いて頭の中が急に真っ白になった。どうしてなぜと、頭の中に疑問符が溢れる。
「お話を伺いたいことがありまして、まずココ開けてもらえませんか?」
二人で来たようで、今度は年配の警官が声をかけた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
頭は真っ白だが、なるべく冷静になるように深呼吸してドアを解錠する。
「おはようございます。朝早くですみません、こちらに不法滞在者がいると伺ってきたんですよ」
心臓がドクドクと鳴っている。これは夢じゃなくて、現実なのか?いったいどういうことだ。なんでどうしてアイサのことが。
「よし靴確認と」
しまった! 玄関には俺より一回り小さいアイサの靴が置いてあった。
「ちょっと中に上がらせてもらいますよ」
アイサの靴を確認した年配の警官はそのまま玄関で靴を脱いで俺の腕を掴んでから、もう一人の警官を逆側に立たせた。二人の警官に両脇を固められた俺は、アイサに逃げてくれと念じることしかできなかった。声の一つでも上げていたら、なにかが変わっていたかもしれないのに。
アイサが連れて行かれる時、俺はなにも言えなかったしアイサもなにも言わなかった。
頭のどこか冷静な所で、もう会うこともないのだろうと考えている自分が酷く嫌だった。
アイサのなんとも言えない顔が、俺の情けない顔が、こんな締まりのない結末が、現実なんだと信じたくなかった。
子供の頃から悟ったようにして、本当は欲しかったさ、最新のゲームも親の愛情も、我慢してきた。
でもさ、ここで我慢してここで諦めたらまたあのつまらない日常に戻ってしまう。
そんなのは生きていて死んでいるのと変わらない、だから死ぬ気で彼女を取り戻してみよう。
今の俺では大きな組織と交渉するための、金も人脈も権力もない。あの後、アイサを連れて行った警官に会いに行くと「忘れたほうが良い」と暗に言われた。つまり、この世界の正義がアイサを拘束するのならば、抗う大きな力が必要だ。
大型動画サイトで生放送を行う、大衆を巻き込むことで相手を交渉のテーブルに引っ張り出すのだ。
「私はある女性を助けるために、この動画を配信します。彼女はある組織によって監禁されています」
○○side
「ねぇサイキッカー大河って知ってる?」
「なになに、聞いたことないわ」
「かなり人気だよ、ウェブニュースにもなっているし動画再生数500万回以上いったよ。この間テレビにも出てたし」
「マジで、なにするひと?」
「超能力でなにか浮かせたりとか。あとは、火吹いたり水だしたり色々」
「それってさ手品じゃない?」
「いやいや、生放送もやるしリクエストされたら何でもやるから。下準備とか無理だよ、流石にあれは。いまからスマホで見てみよう」
○○side終了
あぁ〜盛大に失敗した。
あれから三ヶ月が経った。人気急上昇で動画サイトのコラボや、雑誌に度々取り上げられるようになった。
しかし最初の動画のタイトルはキャラ設定だと思われ、いくら真剣に話しても「面白い人ですね〜」ぐらいにした言われない。注目される要因にこのキャラ設定も一役買っているから、それは良いんだけどどうも納得がいかない。
自分では超能力者と名乗っているが、アイサはこの技術を魔法と呼称していた。
アイサの世界でも、魔法はだれにでも使えるわけじゃないらしい。だから俺にその力があったのは、アイサが俺の家に現れたことと、なにか関係があるのかもしれない。
ひょっとしたら俺が無意識に、非日常を呼び込んでいたのかもしれない。
それにしてもアイサと離れてから、もう何年も会っていないような気さえしてくる。会いたい。
「ただいま」
返ってくるはずもない「ただいま」を、「おかえり」を期待して言う日々が長く続いている。
「おかえり」
そこには、あれから何度か会っている年配の警官がいた。
「鍵は大家に借りた。今日は大事なことを伝えにきた」
彼とは何度か話して、顔見知り程度にはなっている。立場上、彼と俺の正義は対立しているけれど、嫌いになることはなんとなく出来なかった。
「落ち着いて聞いて欲しい、まぁ座ってくれ。いまお茶を入れるからさ」
温かいお茶を一口飲んで、それでは本題に入ろうと膝を突き合わせた。
「彼女、アイサさん。行方不明になった」
ごくりと喉が鳴った。彼に話の続きを、目線で促す。
「行方不明になって今日で5日だ。影も形も見当たらない、何処に居るのかも見当がつかない」
一気に頭に血が登った。
「5日も行方不明だって!! どこ行ったか分からないだって!! 馬鹿にするな!! 一度も面会もさせなかったくせにこっちが信じると! 信じられると思うのかぁ!!」
叫んでいるのか喋っているのか分からないぐらいだった。信じたくない信じたくない
「あぁ、すこし言い方を間違えた。
配慮が足りなかった。信じろとしか言えないが、居ないことの証明はできない。
これは彼女の一週間前の写真だ受け取ってくれ。一旦帰るからまた落ち着いたときに伺う」
そう言って、彼は帰っていった。
一人でぼう然とした後に、二つの可能性を考えた。
一つは、警察が完璧にアイサの存在を隠蔽しようとしていること。異世界人として、彼女は徹底的に研究され尽くされるのだろう。
もう一つは、この世界に来たときのように、またどこかの世界に旅立って行った。どちらかと言えばこっちの方が、彼女にとっては幸せだろう。自由に生きることが出来る。
確かなことは、もう自分にできることは何も無いということだ。
彼女が気に入ってよく歌っていた曲の一節を口ずさむ。虚しくてつまらない日常に逆戻りだ。
明日の予定は全部キャンセルにして、家でビールでも飲もう。しかし冷蔵庫にビールは無いし、最近は外食が多くて食材も軒並み腐っていた。最寄駅のスーパーへ向かう。
あそこの喫茶店でDXパフェを頼んだときには「綺麗すぎて崩せないから頼む」とか言って、ほんとうに楽しかったな。
きっと色々なことを思い出してしまうから、俺は駅前から足が遠のいていたんだ。
あのレジの店員の後ろ姿はよく似ているなあ、と髪の長い女性をみるだけで思わず振り向いてしまう。
ここに来るまでに3人は見た、自分でも自覚しているほどに重症だ。それは置いておいて、今日のチラシをみよう。今日は袋麺がすこし安いな、ついでに買っておこう。
タッタッタッ!フロアを走る音が後方からして
「今日は袋麺がお買い得です!」
後ろから走ってきた店員は、息も整えずに一息で言い切った。
その声に振り返ることもできずに、「ただいま」と言えば「おかえり」と返ってきた。
もう泣きそうだった、いや既に泣いていた、鼻水がグジュグジュだった。
「これで鼻かみな」
とティッシュを渡してくれた人は、アイサが前に話していたスーパーのおねえさん(60代オーナー)だった。いまは下宿して働かせてもらっているという。すごくいい人だ。
アイサは向こうで身体検査を受けたが、特に異常はなかったらしい。ここで勘違いしていたのだが、アイサが異世界人であることは知られていなかったみたいだ。やたら情報統制していたのは、なにかのテロリストと目されていたかららしい。
しかし俺が動画で魔法を使いだした頃から、状況はおかしくなっていき、関係者に魔法の使い方を指導することになった。軟禁状態にしだいに我慢できなくなり抜け出してきたということだ。
この一件で、彼女は嫌になったらいつでも逃げ出せることを証明してしまった。
その為、融和策をとる方針にしたらしく、今は自由に暮らすことが出来ている。そして俺の世界はまた輝き出した。
おまけ
「アイサはどうしてスーパーに居たんだ?」
「タイガに会いに行ったらまた迷惑をかけると思ってな」
「いつも俺を探してそわそわしていたってオーナーが言っていたけど、アイサならこっそり忍び込むことぐらいできたんじゃないか」
「働いて返すと言ったまま最期まで迷惑をかけ通しであったし、とても合わせる顔が無くてな。
私にとってはタイガの家はどんな城よりも入るのが難しかったんだ」