第4話「大悪魔の隠れ趣味①」
「アモン、お前はこの財宝をしっかり見たのか?」
「いや……とりあえず接収してここへ運んだだけだ。バルバトス、お前はどうなのだ?」
「俺もお前と同じだ」
悪魔王国ディアボルス宰相バルバトスと王家親衛隊長アモンの会話。
目の前にあるのは彼等の前任だったベリアルとエリゴスの財産。
ベリアル達は無謀なクーデターを起こした挙句、自らの魔道具によって異界へ放り込まれてしまった。
彼等が持っていた財産は王家の所有となり、接収されこの王宮にあるのだ。
俺と嫁ズは今回のゴキ&蟻退治の報酬にこれらを貰ったわけだが、一見して感じたのは金額換算したら多過ぎる事。
その前に通常の報酬と違い、金貨や宝石ではない事が不思議だったがやっと合点がいったのである。
ヒントはイザベラの父アルフレードルの言葉にあった。
悪魔が好むのは人の夢。
夢は執念、そして執着に繋がると……
永きに渡る戦乱の時代は人間も他の種族も悪魔も……まずは生き抜く事が第一だった。
よく言われる衣食住の通り、まず食べ、服を纏い、住む場所を確保する事が全てにおいて優先されたのだ。
皆が余裕なく、形振り構わず生きたのである。
しかし平和な時代となり衣食住が満ち足りると、人も悪魔も生き甲斐を求めるようになった。
生き方、仕事……いろいろあるだろう。
しかし他人から制約を受けずに好き勝手に満たせるもの。
それが執着……多くがものに向けられ、趣味として皆が好きな物を集めだしたのだ。
好きな物を集めて眺める、楽しむ。
同好の士と語らう。
それは何と素晴らしい事なのだろう。
俺は自分でもヘビーなオタクだと思っているからとても共感する。
多分アルフレードルは農地の害虫退治という依頼により、俺達が多過ぎる報酬を受け取る名目を作ったのだ。
そして、これらの宝物を使って、俺達クランバトルブローカーへある事をやれと言ったのだろう。
で、あれば俺と嫁ズの行く道はひとつ。
創造の街に本拠地である趣味の店を構え、まずは目の前にあるこの希少品へ幸せな行き場所を探してやるのだ。
いや!
少し違う。
この世界にはもっと相応しい主人の下へ行きたがっている希少品がまだまだある。
アルフレードルは俺達へその橋渡しをしてやれと言ったに違いない。
何かわくわくする。
再び世界を股にかける俺と嫁ズの旅が始まるのだ。
俺は目の前に居る大悪魔ふたりを見た。
何故か視線がおかしい。
財宝をじいっと見ている。
そうだ!
いい事を思いついたぞ。
俺達の新しい店のお客一号、二号を決めたのだ。
「バルバトス!」
「は、はい! トール様」
俺が呼びかけるとバルバトスはぴくりと身体を震わせた。
噛んで返事をするとは冷静な彼らしくない。
やはり何かに気を取られていたようである。
そしてバルバトスの視線を追っていた俺はその対象を見極めていた。
「弓……素晴らしいな」
「は、はい! トール様の仰る通りです」
「詳しそうだな? 少し教えて貰えないか?」
「は、はい! 弓は古い武器です。単素材によってつくられた丸木弓、いくつかの素材を組み合わせて作った複合弓に分けられます。更に長さによって長弓、短弓にも分けられます」
おお、詳しいな。
それに……弓について語るのがとっても楽しそうだ。
「やがて機械弓が出現し、大型のものは攻城兵器のバリスタへと発展し、小型化したものはクロスボウとなりました。連射の問題はありますがクロスボウはそれまでの弓よりも格段に扱い易くなりましたね」
悪魔宰相ベリアルの財宝は古い金貨、宝石、貴金属、魔道具、古書など多岐に渡るが、悪魔騎士エリゴスの財産は殆どが武器・防具……剣や鎧は勿論、弓も大量に収集されていた。
「ああ、この曲線! 素晴らしい! まるで美しい女性の腰のようだ! って、は!?」
弓を見詰めて熱く語るバルバトスは、俺達がじっと凝視しているのに気付いてやっと我に返ったらしい。
「あ、つ、つい! ももも、申し訳ありません!」
動揺するバルバトスを、俺はフォローしてやった。
俺にだって異存はない。
実際、弓は美しいもの。
「いや、バルバトスの言う事には同感だ。弓はとても美しいよ」
俺の言葉に驚き、目を丸くするバルバトス。
まさか俺が同好の士とは思わなかったのだろう。
そしてアモンもさらっと同意する。
「俺もそう思う……武器は総じて美しいが弓には独特な美がある」
アモンにもフォローされ、嬉しそうに頷くバルバトス。
さあ、ここでサプライズだ。
「ははは、じゃあバルバトスにも俺達の報酬のお裾分けだ。その弓の中からひとつ好きなものを取っていいさ」
「え、ええええっ!?」
バルバトスは魂の底から驚いたようだ。
さっきから切れ長の眼が、これでもかと見開かれている。
口はぽかんとだらしなく開いていた。
クールな二枚目宰相も台無しだ。
「ほら、遠慮せずに」
「で、でも……」
バルバトスは慎み深い男だ。
俺が好きな弓をやると言ってもダボハゼのように飛びつかない。
ここで援護してくれたのはイザベラだ。
「バルバトス! トールの気持ちに応えてあげて! 貴方に感謝しているのよ」
イザベラの言う通りだ。
宰相として、この国を立派に引っ張って結果も出している。
ご褒美があって良い。
「で、では……お言葉に甘えて……この弓を」
「遠慮するなよ、これだろ!」
地味な洋弓を取ろうとしたバルバトスを止め、俺が指差したのは一本の和弓。
黒い漆を塗り、藤を巻いた重籐弓と呼ばれるもので、倉庫に入ってからバルバトスが食い入るようにずっと見詰めていた弓であった。
弓を説明するバルバトスの声が……掠れている。
「……東方の国ヤマト……ゲンジのサムライ、ヨイチの剛弓です」
「ふむ……確かに素晴らしい。価値が計り知れぬ」
アモンも同意して頷く。
東方の国ヤマト……か。
日本とは国の名が違うが、この異世界で似て非なる国らしい。
ナスノヨイチは俺も知っているし、アモンさえも唸るところを見ると、素晴らしい逸品なのだろう。
「じゃあこのヨイチの弓はバルバトスへ授けよう」
「あああ、ありがたき幸せ!」
弓を受け取り、平身低頭のバルバトスであったが、顔をあげて笑う。
その晴々しさ。
俺はとても嬉しくなってしまう。
そして……最後に今回のオチが待っていた。
バルバトスがアモンへ友情を示したのだ。
「私だけ頂いては申し訳ない、功績は同じアモンにも……」
「バルバトス! よ、余計な事を言うなっ!」
アモンが珍しく慌てている。
どうやら知られたくない事実があるらしい。
だけど俺に隠し事は出来ない。
「バルバトス、俺には分かっているさ。アモンは……」
「ば、馬鹿っ! トール、言うなぁ!」
俺は容赦なく指をさす。
その先にはベリアルが集めた書物を並べた書架がいくつかある。
「へぇ! アモンって本が好きなんだ?」
「意外ね」
アモンを良く知るイザベラとジュリアが首を傾げる。
確かにそうだ、何たって敵には情容赦ない戦鬼アモンだもの。
しかし、まだまだ。
俺は悪戯っぽく笑う。
「ああ、アモンは本が大好きなんだ、それも普通の本じゃない」
「ややや、やめろ~っ!」
「アモンの趣味は詩さ。さっきから書架の詩集をじいっと見詰めていた」
「「「「「「ええええええええええっ!?」」」」」」
倉庫に響き渡る嫁ズの叫び声の中で、当のアモンは大きな身体を小さくして項垂れていたのであった。
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