てのひらにほしを(6)
公民館の壁に寄り掛かって、キョウスケとセイは並んで煙草をふかしていた。時折、建物の中から歓声が漏れ聞こえてくる。なかなかどうして、今年は良い盛り上がりを見せているようだ。
「どうだ、追われている感じはするのか?」
「あまりないですね。やはり頭はほとんど潰れてしまったんでしょう。もう少し事態が収まってこないと、大きな動きはでてこないのかもしれません」
『銀の鍵』の定着実験。そこで事故死したと思われる魔法使いの名前の一覧を見て、キョウスケもリュウゴも唖然とした。人は表向きは聖人君子であっても、裏では何をやっているのかは判らない。魔法使いだろうが何だろうが、それは同じことだった。
人の悪意を突き付けられ、思い知らされた感じがして。キョウスケは暗澹たる気分に陥った。
そんな『結社』の関係者が、簡単に全滅したなどとは考え難い。宮屋敷家でも調査は進められている。ほとぼりが冷めるまで、じっと息をひそめていると見るのが正しいだろう。
「で、こんなところをウロチョロしてて大丈夫なのか?」
「迂闊にも『また来年きます』なんて約束をしてしまっていてですね。顔を見られるとマズいですが、『きた』という事実関係だけは残しておこうかと」
「律儀だな、おい。しかも顔をださないのなら意味ないし」
ははは、と二人は笑い合った。片や逃げる者で。もう片方は追いかける者だ。その意識は全くなかった。ここにいるのは、尖央大学魔法研究会の顧問と、そのOB。そして――
「リュウゴさんなら悪いようにはしないとは思うけど・・・嫌なんだろ?」
「すいません。佐次本先生の申し出であったとしても、それだけは承服できかねます」
「何処まで毒が回っているのか、判らんものなぁ」
キョウスケはふぅ、と煙を吐き出した。
リュウゴも言っていた。「信頼できる人間を見極めなければならない」今回の件には、あまりにも多くの著名な魔法使いたちが関わりすぎていた。
究極の力、『銀の鍵』――力を求める者は、いつの時代であっても存在している。それが今の宮屋敷家ゆかりの者の中にはいないなどと、誰が証明できるだろうか。ことは慎重を要する。本当に信じられるものかどうかは、己の眼で確かめるしかないのだ。
「俺のことは信じるのか?」
「佐次本先生が裏切るようなら、俺はもう駄目です。諦めますよ」
目を閉じて、セイはくつくつと笑い声をこぼした。
「それに、後輩たちもね」
「なんだよ、ツンデレか。判りにくいな、お前」
人の悪い笑みを貼りつけたまま、セイは煙を吸い込んだ。昔から何も変わらない。色々と憎まれ口こそ叩くが。
――天羽セイは、誰よりも人を信じているのだ。
「その後輩をさ、お前あんまりいじめてやるなよ」
「ただでさえゆるいのに、色ボケまでしているともなれば、頭の一発も叩いてやりたくなります」
コトハはコトハなりに頑張っている・・・
キョウスケはコトハを擁護しようとして、結局やめておいた。これも、過去に何度となく繰り返してきたことだ。言ってみたところで、何も変わらない。
「榊田には随分と熱心だったみたいだけど、そんなに見込みがあるのかね?」
「悔しいですが、あのぐうたらは魔法使いとしては大したものです。ちゃんと二つ名に複数の意味は込めているし、持っている資質も申し分ない。だから尚更腹が立つんです」
セイはコトハのことを高く評価している。そうであるがゆえに、コトハの在り方が許せないのだ。
優れた魔法使いとして、しっかりとセイの前に立ちはだかっていてほしい。届かない高みでいてほしい。
でなければ、セイ自身がやりきれない。
宮屋敷コトハは、天羽セイなどには決して足元にも及ばない――『現理』を体現する者でいてくれなければ困るのだ。
ふっふっ、と悪巧みをするように含み笑いを浮かべた二人の前に。
ふわり、と小さな人影が舞い降りた。
「おお、榊田がいないのに、珍しいな」
キョウスケは目を丸くした。現れたのは、白いワンピースを着た、黒髪の女の子だった。すらりとした色白の四肢。大きな黒い瞳が、じぃっとセイのことを見つめている。その背中には、半透明の煌めく四対の翼が広げられていた。
シンとコトハの間に産まれる子供の魂、シキだった。
シキの背中の翼は、シンの生命を脅かすと認定された相手にのみ展開される、攻性防御だ。シンの指示がなければ、繰り出すことができないはずの必殺の武器。セイと最初に対峙した時と同じように――シキは既に、それを戦闘態勢で構えていた。
シキにとってセイは、シキのいない未来の可能性を示唆する者。自身の存在を脅かす、敵でしかなかった。
「今日は『銀の鍵』はいない。やるなら大チャンスだぞ?」
無防備に両腕を広げて、セイはシキを挑発した。
フユは、『潮騒』を経由してバルバロイに預けてある。セイは殊更に力を誇示したいわけではない。できることなら、フユを『銀の鍵』として使うことは、もう避けたかった。
あの力は、フユのものだ。フユが自らの意志でふるい、断罪するというのであれば・・・その時は、それに従うまでのことだ。
シキは翼の一つを正面に突きだした。その先端が、セイの眼前でぴたりと止まる。きらきらと、虹色の光沢を放つ半透明の翼は。
まるで水晶か。
――硝子でできた、刃を思わせた。
「・・・そうか、お前の魂に二つ名を刻んだのは」
余計なことを言うな。
シキの表情が、不快感に歪んだ。シキの魂には、魔法使いとしての二つ名が刻み込まれている。因果律を越えて、産まれる前の魂の状態にまで溯って。そこに二つ名を残しておけるような手段について、セイには見当もついていなかったのだが。
なるほど、そういうことか。
ならばこの魂は、恐らく気が遠くなるほどの永い永い旅路を経て。
今この時、この場にようやく辿り着いたのだ。
そこまでしてまで、その未来を掴み取りたいと強く願ったのだ。
「矢鱈と神に気に入られるわけだ。とんでもない化け物だな、お前」
未来そのものが形となり、標となって人の前に姿を現す。
その未来が消えることがないようにと、シキにはすがるような祈りを体現した二つ名が与えられていた。
うつろわざるかぎろい――明けない夜明け。それはどこまでも可能性であって、訪れることのない光。
不滅であり、不滅であるがゆえに。
彼女は、彼女として在り続けるのだ。彼女の望む全てを、その小さな手に収めるまで。彼女の二つ名には、悲壮なまでの覚悟が込められていた。
誰よりも未来を求めているのは、他でもない。未来自身だ。
シキの翼が消えた。シキはしばらく憎々しげにセイの顔を凝視していたが。
ふい、と背中を向けると、そのまま姿を隠してしまった。
「嫌われたな」
「好かれる要素がないですよ。この前ひどい目に遭わせたばかりです」
「親だけじゃなくて、子供にまでだもんなぁ」
やれやれと額に掌を当てたキョウスケに、セイは軽く肩をすくめてみせた。
「あれは立派な宮屋敷です。一人前の魔法使いですよ」
公民館の中から、一際大きな歓声が聞こえてきた。どうやらマジックショーはクライマックスのようだ。長居している時間はない。セイは煙草の火を消すと、近くにある灰皿の中に放り捨てた。
「じゃあな。必要ならいつでも頼ってくれ。尖央大学魔法研究会は、お前が間違えていない限りは力を貸すよ」
キョウスケはそう言って手を振った。宮屋敷家には申し訳ないが、報告できないことが山盛りになってしまった。コトハとシンのこともあるし、リュウゴも災難なことだ。せめて、何か美味い土産物でも買っていってやらなければ。
「もう間違えました。俺にできるのは、せめてあの子を普通に生かしてやることぐらいです」
『銀の鍵計画』。そんなものに関わった時点で、セイは間違えてしまったのだ。そこに悪意がなかったとは言い切れない。
尖央大学魔法研究会は、セイにとっては大切な仲間たちのいる場所だ。
だからこそ、そこに甘えるわけにはいかない。彼らは、セイの敵になっていなければならない。
彼らを、セイの味方として巻き込むわけにはいかないのだ。
「何言ってんだ」
キョウスケは新しい煙草を取りだすと、ライターで火を点けた。後でコトハに箱をチェックされて、怒られる未来は目に見えている。どうせセイの分も、キョウスケが吸ったことにしなければならないのだ。こうなったら何本吸っても同じことだった。
「お前は間違えてない。お前の二つ名を、俺はちゃあんと知っているんだからな」
セイは少し驚いた顔をして。
それから、はにかんだように微笑んだ。
「師匠の死に目に、寝坊して間に合わなかったくせに」
「悪かったよ。その代わり、兄弟子としてできる限りのことはしてやるさ」
同じ、魔法使い照間テツジの弟子として。
キョウスケは少しでもテツジの残した希望、セイのために何かをしてやりたかった。
魔法研究会の夏合宿、マジックショーの公演は無事に終了した。やってきた子供たちに手品教室を開いて、みんなで楽しく遊んで。夕方には、慌ただしく後片付けが始まった。
きた時と同じように、全ての荷物を車に積み終わると、シンは公民館の部屋を眺めてみた。がらんとしていて、ついさっきまで沢山の人がいて、賑やかに騒いでいたのが嘘のようだった。床に残ったマーキング用の付箋紙を剥がすと、この場所からは全ての痕跡が消えてしまった。
後にはもう、何も残されていない。
「大丈夫よ、榊田君」
シンの背中を、ユイが軽く叩いた。
「また来年、ここにきましょう」
夕日に染まったユイの顔を見て、シンは大きくうなずいた。またきたい。今度は、もっと上手くやりたい。
やる気に溢れた様子のシンがでていくのを見送って、ユイはふぅ、と息を吐いた。
「・・・きてくれたのかな、天羽先輩」
義理堅いセイのことだ、きていたには違いない。そのために、合宿の日程も事前に教えておいたのだ。事情はあるのだろうが、顔くらいは見せてほしかった。
去年の約束を、ユイはしっかりと覚えていた。
宿に帰ってきた一行を待っていたのは、大宴会の席だった。昨夜の歓迎会が控え目であったということを、シンは嫌というほど思い知らされた。豪勢な料理は良いのだが、酒も多いし、何より地元のよく判らない来賓が大量に出席してきている。何処を向いても見知らぬおじいさんかおばあさんで、誰が誰と言われてもシンにはさっぱり識別不能だった。
コトハは上座で村長と肩を組んで、ばか笑いしながら酒を酌み交わしていた。ヒロエはおじさんの一団に囲まれて、何やら日本酒に関する講釈を垂れている。ノンアルコール仲間のユイは、広間全体を歩いてお酌行脚の旅路。アユムはまるで忍者のように隠れながら、人のいない席を渡り歩き、美味そうなおかずをつまんで回っていた。
何処に混ざるのが一番マシなのだろうか。
少なくとも、飲酒組のところにいくとロクな目には遭わなそうだった。キョウスケはどうしているのかと探してみると、広間の片隅で喫煙者が固まっていた。その一角だけ、非常に煙が濃い。あそこもダメだ。いるだけで燻製にされてしまいそうな気分になる。
諦めて、一人で料理を食べていようと思ったところで。
「はぁーい、宴もたけなわですが、ちゅーもーく!」
コトハが立ち上がって、大きな声で皆の注意を促した。
「それではですね、毎年恒例、ここで魔法研究会の次期役員を発表したいと思います!」
拍手と歓声が沸き起こった。なんだろうといぶかしんでいると、シンの横にユイが戻ってきた。
「魔法研究会の部長はね、毎年この夏合宿を節目に交代することになるのよ」
そういえば、コトハは四年生なのだ。卒業してしまえば、魔法研究会からはいなくなる。突然そのことに思い至って、シンはぞっとした。
来年、次の夏合宿に――コトハはいないのだ。
「ウェーイ」と奇声を発しながら、コトハはご機嫌で両手を振り回している。卒業なんていう、そんな当たり前のことを。
シンは今まで、ちゃんと理解していなかった。
胸の中に、一抹の不安と寂しさが込み上げてきたところで。
「次期部長に関しましては、現三年生ともよく話し合った結果、このような人選となりました」
ユイが、静かにその場に立った。
「魔法研究会の次期部長は、教育二年、橘ユイさんです!」
ヒロエもアユムも、自分が部長になることは強く拒絶した。
「誰かに指示をするとか、向いてないにもほどがある」
そんなことはないとも思われたが、二人はそろって部長職を辞退し、やはりそろって同じ人物を推薦した。
部長を務める人間は、魔法研究会に対して明確なビジョンを持っている人間が良い。進むべき道を指し示してくれる魔法使い。大いなる世界の善意、ユイが最も適任であろうということだった。
「その代わり、会計と副会長は継続するからさ」
文化会本部に登録する必要のある役職は、責任者である『部長』と部費を管理する『会計』の二つだけだ。なので、『副会長』という呼称は偉そうな雰囲気だけは持ってはいるが――要は、雑用ということだった。
今までも、ヒロエは会計として、アユムは副会長として魔法研究会に貢献してきた。それをもう一年やってくれるというのだ。交換条件は成立し、ユイは二年生ながら魔法研究会の部長の座に就くことになった。
「榊田君は書記ね」
「書記、ですか・・・」
会議などで議事録を担当する係だ。とはいえ、具体的に何をすれば良いのか、シンにはまるでピンとこなかった。
とりあえず、シンの字はあまり綺麗ではない。そこだけは気を付ける必要があるだろう。とりあえずはその程度の認識で始めてみて。細かいことは、元書記であるユイにでも質問すれば良い。
「よろしくね、榊田君」
「はい。よろしくお願いします、橘先輩」
新部長であるユイに応えながらも、シンの眼はコトハを追いかけていた。
コトハが、魔女先輩が魔法研究会の部長ではなくなって。
尖央大学から、卒業してしまう。
いなくなってしまう。
その事実を、シンはどうしても自分に納得させることが難しかった。
そんな苦しげなシンの視線に気が付いたのか。
コトハはシンの方に向かって、にっこりと笑いかけてみせた。
そこには、どんな意味があるのだろうか。シンは気が気ではなかったが。
「シンちゃーん、野球拳やらなぁーい?」
ヒロエの邪悪な呼び声が聞こえてきて、完全にそれどころではなくなってしまった。




