↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女先輩を紹介します  作者: NES
Fragment.4 きみのとなりなら
PR
28/168

きみのとなりなら(7)

 誰かの子供を産むのなら、アユムが相手になるだろう。

 うっすらと、ヒロエにはそんな予感がしていた。というよりも、他の相手など想像もつかなった。自分が女として誰かに愛されるとか。天変地異のレベルであり得ない話だ。

 離れにアユムを泊めていると両親に報告した時も、大して心配はされなかった。むしろ「そいつなかなか度胸があるな」と、妙な感心をされたぐらいだった。ヒドイ話だ。そんなんだから、さっくりと娘の貞操は奪われてしまったのだ。

 自分には、女としての魅力なんて何もない。判りきっていることで、ヒロエは気にもしていなかった。ぶりぶりとした服を着て、可愛く自分を見せようなどとはこれっぽっちも思わない。金と時間の無駄だ。ヒロエはそんなことよりも、身体を動かして遊んでいる方がずっと楽しかった。

 アユムが自分を組み敷いた時。本気で跳ね飛ばせば、難なく退《の》けることはことはできていただろう。力の差は歴然としていた。それをしなかったのは、アユムが苦悶の表情を浮かべていたからだ。

 どうすればいいのか判らない――アユムからは、そんな気持ちが伝わってきた。

 しばらく、ヒロエの離れにやってきても、アユムは口数が少なかった。何かを思い悩んでいるのは察していた。妹のこと、家族のこと。そして、進路のこと。はっきりとは言わないが、アユムが苦しんでいるのは理解できていた。

 だから、自分が『女』としてアユムを慰められるのなら。

 多分それは、ヒロエにとっては唯一、アユムに対してしかできないことだ。それでいい。ヒロエはアユムを受け入れた。ただ。

 そのせいで、アユムは深く傷ついてしまった。

 アユムがヒロエに望んでいたのは、『女』ではない。仲の良い、何一つ隠すことなく話し合える友人。親友。そうであってほしかったのだ。

 一時の気の迷いに任せて、アユムはヒロエとの一線を越えてしまった。取り返しのつかない過ちを犯してしまった。

 アユムが、ヒロエのことをそう想ってくれるのなら。


 ヒロエは、アユムのためにそうであろうとするだけだ



「おーっす、おはよっす」

 尖央大学付属高校で、アユムとヒロエは同じクラスだった。あの後アユムは逃げるようにヒロエの離れから出ていって、ヒロエのメールに返事も寄越さなかった。やることだけしっかりやっておいて無視とか、あんまりだろう。

「ヒロエ・・・おはよう」

 アユムは力ない声で返事をしてきた。賑やかな朝の教室の中で、アユムの席の周りだけどんよりと沈んだ感じだった。

「んだよ元気ねーなー。そんなに良くなかったかよ、悪かったな」

「んばっ!」

 「馬鹿」と叫ぼうとして、アユムは目を白黒させた。大声を出せば余計に目立つ。きしし、とヒロエは意地悪く笑った。

「昨日のことは気にすんな。あたしも気にしない。アユムはいつも通りが良いんだろう? オーケー、それでいこうぜ」

 アユムが男で。ヒロエが女。

 そんなことを意識していたら、きっとつまらない。二人は、そのまんまが良い。僕とあたし。それが、アユムとヒロエだ。

「でも、もしものことがあったら・・・」

 衝動的な行為だった。準備があったわけではない。ああ、ちゃんと考えてくれていたんだ。ヒロエにはそれだけで満足だった。

「その時はその時考えよーぜ。ウチなんか、むしろ後継ぎができたって大喜びしそうだ」

 ヒロエの兄も姉も、家を飛び出して勘当状態だ。富岡酒店の未来はヒロエにかかっている。将来的にはどうせ旦那をもらって、子供の一人や二人はこさえなければならないのだ。

 それが数年早まったとして、大した問題ではあるまい。

「アユムは学校の先生になるんだろ? 応援してるからさ、そっちのことだけを考えな」

 アユムは、教師に向いている。ヒロエはそう思っていた。こんなヒロエを相手に、話題を合わせて友人にまでなってくれたのだ。頭の回転も早いし、語り口調も上手だ。本人がどう考えているのかはとにかくとして。

 ヒロエが、アユムが教師になることを応援しているのは、本当のことだった。

「ヒロエ」

「ん?」

 アユムが、ヒロエのことを見つめてくる。そういう顔をされると、僅《わず》かに後悔の念も湧いてきた。しかし、ヒロエは決めてしまったのだ。少なくとも、アユムが教師になるまでは、ヒロエはヒロエであり続けなければならない。


「ありがとう」



 富岡ヒロエ、魔法使いとしての二つ名は、貫《つらぬ》きたがえぬ信念。通称『つらたん』。



 決めたからには、ヒロエはその意志を覆《くつがえ》すことはしない。例えそれが、どんなにつらい道のりになるのだとしても。

 すぐ隣にいて、アユムのことを見ている。アユムの一番の友達であり続ける。アユムが、自分で自分のことを一人前だと認められる、その日が来るまで。

 ヒロエは、ヒロエだ。

 結局、あの時ヒロエが新しい命を身籠《みごも》ることはなかったが。

 それとは異なる意味で、ヒロエは、アユムだけのものになった。




 全てが終わった団地の部屋は、寒々しいだけだった。窓ガラスは割れて枠だけが残され。壁には重機による大穴が開いて。かつてここに一人の女性の悲しみが刷り込まれていたことなど、微塵《みじん》も感じさせない。

 跡形もなく死霊を消し飛ばした後、シキもまたそのまま姿が見えなくなった。魔力を消耗したせいだろう。膝をついたまま、フサコのいた空間を無言で凝視するシンに。

「榊田君!」

 コトハが力いっぱい抱き着いてきた。

「み、宮屋敷先輩?」

「良かった。無事だった。榊田君がこっちに飲み込まれた気配があって、ずっと心配してたんだ」

 柔らかい膨らみが、ぎゅうぎゅうと押し付けられてくる。どうしたものかと慌てふためくシンの前に、ヒロエがにゅうっと掌を突き出してきた。

「シンちゃん、車の鍵」

「え、あ、はい」

 コトハに締め付けられながら、シンは何とかポケットから車のキーを取り出した。ヒロエは「うん」とそれを受け取ると、さっさと踵《きびす》を返してしまった。

「じゃ、車で待ってるから。遅くならないようにね」

「え、ちょ」

 シンは立ち上がって追い縋《すが》ろうとしたが、コトハがちっとも力を緩めてくれない。困り果てたところで、今度はけたたましく携帯の呼び出し音が鳴り響いた。

 あたふたと手に持ったところで、アユムがひょい、とそれを取り上げた。液晶表示を見ると、電話をかけてきたのはユイだった。

「はいはい、橘か。ああ、僕だ。全員無事だ。榊田? 今頃お楽しみの真っ最中なんじゃないか?」

 ユイと通話したまま、アユムもその場から立ち去っていく。視界から消える際にひらひら、とヒロエが手を振って。

 後には、シンとコトハだけが残された。

「ちょっと、宮屋敷先輩――」

 シンはコトハの手を振りほどこうとして。


 コトハの眼が真っ赤に充血して。

 ぽろぽろと涙がこぼれていることに気が付いた。


「うううー、見るなぁー」

「す、すいません」

 コトハは眼鏡を外すと、シンの身体に顔を押し当てた。ぐすっ、という鼻をすする声が漏れ聞こえる。コトハがこんな風に泣きじゃくる姿なんて。

 珍しいどころの話ではない。激レアだ。今までにないことだ。

「私にもよく判らないんだ。ただ、榊田君に何かあったらって思って、こうやって無事でいてくれて・・・とにかく色んな感情が溢《あふ》れてきて、自分でもどうしようもないんだ」

 ぎゅう、とコトハの腕がシンの身体を抱き締めてきた。コトハの涙が温かい。生きている人間の感触だ。シンもコトハも、こうしてここに生きている。

「すまないが、榊田君。もう少しで良いから、このままでいさせてくれ。お願いだ」

 いつもは頼もしい魔女先輩の背中が、この時だけは小さく感じられて。

 シンは、そっと手を伸ばして触れてみた。コトハは何も言わない。じっと、シンの胸元に顔を埋《うず》めている。

「宮屋敷先輩」

「・・・榊田君」

 お互いに名前を呼び合ってから、シンは思い切って腕に力を入れた。ぐいっと、コトハを引き寄せる。


 その日、シンは初めて、コトハの身体を抱き締めた。


 とても柔らかくて、思っていたよりもずっと華奢で、折れてしまいそうで。

 それから、気持ち良かった。ああ、この人のことを好きになるのだ。そんな想いで満たされてきて。

 しばらく、時間が経つのを忘れてしまうくらいだった。




 建物の外に出ると、ヒロエは煙草を取り出して火を点けた。ふぅ、と煙を吐き出して燻《くゆ》らせる。ユイの話では、煙草を嫌うモノもいるという話だ。それなら、魔除けの効果ぐらいはあるだろう。

「ヒロエ、お前また吸ってんのか」

 アユムが不機嫌な顔になった。酒屋の配達をしていると、付き合いで煙草ぐらいは吸うようになる。仕事上必要なことなのだ。これぐらいは認めてもらいたい。

「まー、勘弁してよ。今夜はこれが初めてなんだからさ」

 一応、最近は加減している方なのだ。酒も煙草もやるけれど、どれもほどほどに。こんなんでも嫁入り前の娘、ということにはなっている。酒屋の跡取りも楽ではなかった。

「ヤニ臭くて酒臭い女子って、最低だぞ」

「ははは、今更こりゃもう諦《あきら》めてもらうしかないからね」

 ――そう言えば、キスってしたっけ?

 可笑《おか》しくなってきて、ヒロエは思わず噴き出した。順番も何もあったものじゃない。やはり『好き』とか『恋』とか、そういうものは似合わなさすぎる。

「そうだ、ヒロエ」

 改まったように、アユムがヒロエの方に向き直った。小さくて細くて。わざとやっているのかなんなのか、仕草までちょっと女の子っぽい。あてつけだろうか。

「んー、何?」

「僕、今度車の免許を取ろうと思うんだ」

「おー、そいつは助かる」

 魔法研究会のメンバーで、運転免許を持っているのは顧問の佐次本《さじもと》キョウスケを除けばヒロエだけだ。車を使った活動は頻繁にあるので、交代要因がいないのはヒロエにとっては悩みの種だった。

「アユムが代わってくれるようになったら、魔女先輩が一人で酒飲んでるのを眺めなくて済むわ。去年はワイナリーまでいってヒドイお預けを食らったからな」

 そもそも車でしかいけないような立地の場所に建てておいて、ワインの試飲コーナーがあるとか人を馬鹿にしている。その日の帰りの車内、ワインの匂いをプンプンさせているコトハを乗せて、ヒロエはずっと文句を垂れ流していた。

「ヒロエに酒を飲ませるために免許を取るわけじゃない」

 呆れたように一つ息を吐いて。

 それから、アユムはふっと視線を脇に逸らした。


「ただ、僕もそろそろあの車には慣れておいた方が良いだろうから」


 くわえていた煙草を、ヒロエは口から離した。オレンジ色の火種を、じっと見つめる。なあ、ヒロエ、今はどうするべきだ。ヒロエは、ヒロエでなければいけないんだ。

 そんなことは、判っている。


「なんだ、魔女先輩にあてられたのか? 勘弁してくれよ」

 携帯灰皿を取り出すと、ヒロエは煙草の火をもみ消した。同時に、胸の中の熱も冷ます。今はまだ、そんなものは必要ない。

「そういうわけじゃないけど」

「アユムは学校の先生になるんだ。これから教育実習もあるんだから、しっかりしてくれ」

 アユムのことを支える、アユムの一番の理解者で、親友。ヒロエはそうなると決めた。アユムがそれを望んだからだ。

 楽な方向に流れることは簡単だ。ヒロエは、いつでもアユムの場所になることができる。しかし、それではあの夏の日の決断が、全て台無しになってしまう。

 どんなにつらくても。気持ちとは裏腹であったとしても。

 ヒロエが言うべきことは、決まっていた。


「アユム、頑張れ」


 ヒロエの言葉に。


「判った」


 アユムはしっかりとうなずいた。



 過ちが、過ちでなくなるのなら。

 隣にいる君が、君ではなくなる。

 もしもいつか、二人の下にその時が訪れたとして。

 また改めて、何と言えば良いのだろう。

 君に、どうあってほしいと願うのだろう。

 今はまだ、こうやって二つの心の狭間で揺れ動いている。

 本当に――このザマだ。




 時刻は、もうすぐ夜明けになろうとしていた。まだ車のまばらな幹線道路を、魔法研究会の面々を乗せた軽ワゴンは、帰路についていた。

「やっぱりこれが一番しっくりくるねぇ」

 シンの頭を太腿の上に乗せて、コトハはすっかりご満悦だった。言いたいことは山ほどあったが、シンはとりあえず黙っておくことにした。コトハの掌が、優しくシンの身体を撫でている。その手つきが、いつもとは少し違う気がした。

「あのー、ウチの車でいちゃつくのは勘弁してもらえませんかね?」

「なんだ榊田、さっきやること済ませてきたんじゃなかったのか。根性ないなぁ」

 ヒロエとアユムからも言われたい放題だった。それでもコトハだけはニコニコしている。それに、あともう一人。

 シンの顔を覗き込んで、シキも微笑んでいた。シンを守る、冷徹な魂。その幸せのためなら、ためらうことなく全てを薙ぎ払う存在。


 その無邪気な姿を、ヒロエはルームミラー越しにチラリと見やった。

 愛する人と、子をなすということ。

 ――あの時、いっそのことそうなってしまっていれば。

 そんな考えが浮かんできて、ヒロエは軽く笑い飛ばした。

 助手席では、アユムが眠そうに瞼《まぶた》をこすっている。まずはこの場所で、見届けると決めたのだ。

 未来は、きっとその先にある。辿り着くことができる。



 そう、君の隣なら。


「Fragment.4 きみのとなりなら」は以上で終了となります。

ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。