三話『マルガメ・レネゲイズ』
金髪男の奇襲から数日間。学校に来ては保健室で休み、屋上に行く日々を過ごした。雨車と馬角との形だけの登校には付き合っていた。これでは約束に反するのだが、雨車は強く言えないでいた。
「じゃあ、富士くん・・また」雨車は申し訳なさそうな表情で手を振った。
馬角は誡歩に近づいた。
「お前さんの事情はある程度察するけどよ、ちょっとずるいんじゃないの?黙ってちゃあこっちも引き際わからないからさ、もう来ないでくれってんなら俺から言っとくからよ」
誡歩は決めあぐねていた。馬角は余裕のある男だった。しばらく答えをためらう姿を見ると、肩をポンと叩いた。
「ま、今日でなくていいならもう少し付き合ってやりな」
保健室に着いた。最近では先生の留守番役もしている。
「先生」
「どうしたの?」先生はいつものように振り返らずに答えた。
「そろそろ決めないとなって思うんです。雨車と馬角のこと、学校のこと」
「ああ、あなたを学校に連れてきてくれる二人のことね。そうね、君がこのままうだうだとしてたら二人の努力も水の泡ね。それに先生もそろそろいないはずの生徒をここに置いておくことも、その生徒に屋上をうろつかれるのも困ってきた頃合なのよ」
話を始めてみたものの、特に満足のいく答えが得られるわけではなかった。ぼーっと保健室の天井を見た。
「あなた雨車さんのこと好きなの?」
「なんですって?」
「雨車さんのこと、彼女かわいいから」
「いえ、それに馬角がいるじゃないですか」
「馬角くん?あの子はただの友達で付き合ってなんかいないわよ?」
よく考えてみた。たしかに外見は誰が見たって納得の美人で人当たりも良い。しかし誡歩にとってはただのお節介焼きで、まるで母親面という感じだった。それに距離も近く、いわゆるパーソナルスペースを踏み抜いてくるスタイルもストレスの要因だった。端的に言って嫌いの部類だった。
「なんで急にそんな話を?」
「いや、単純なことよ。二人が人間的に好きなら学校に行く、それでいいじゃないって」
「はぁ、まぁそうですね」
「この数日間あなたに付き合ってきて、それでもいまいちあなたって人が分からないわ。無感情ってわけでもなくて、でも見栄っ張りでもない・・壁が分厚すぎるんじゃない?」
「そういうのを見極めるのも先生の役目では?」
「私は精神科医じゃないもの、見える傷しか治せない」
「・・・そろそろ屋上行って来ます」
誡歩は保健室を出て行った。
「逃げられちゃった。・・・人の目を見るのが怖いんじゃなくて、人に見られるのが怖いのかなぁ」
青空を見ていた。幸運なことにここに来るようになってから晴れの日続きだった。雨の日は、誰にも見られていないことを良いことにショーシャンクごっこだって出来るかもしれないが、基本的に好ましくはない。こうして青空の下にいるのはとても気分が良かった。
(この空をずっと味わうことが出来るのなら、ここにいるのも悪くない・・か)
屋上に長居していた所為か、もう学生が帰宅する時間になっていた。保健室に寄ると先生がいなかったのでカバンだけ持ってさっさと帰った。他の生徒にまぎれて帰っていると、背後から声がした。
「富士くーん」
(鳥の目かよ・・・)
「なんです?」
「今日集まりがあるから、嫌じゃなければ来てくれないかな?」
「・・嫌ですけど行きますよ。いつですか?」
「・・・む。九時半だけど・・」機嫌を悪くしたのか、そのまま雨車は帰ってしまった。途中で何度か振り返る素振りを見せたが気にせず距離を開けて帰った。
(そういうのは俺が人間性取り戻してからやってくれ)
なんだかこれから取り戻す予定でもあるような考え方をしたことに疑問を持って立ち止まった。頭をかいた後、考えるのを止めて帰宅した。
午後九時半。集まりがあるというのでとりあえず噴水広場までやってきた。どこでするのかというのを拗ねられて聞けなかったが、彼らはきまってここで集まる。
「遅いな・・」
ベンチで座ってまっていると、影からズラズラとやってきた。
「やぁやぁ、来たんだね富士くん」声とテンションで王と分かる。
「・・どうも、どうして毎度そんな登場の仕方するんですか」
「秘密結社っぽいだろう?」
「はぁ」
自身を含めて八人が一堂に会した。
王は富士に近づき、自身も着ているローブを渡した。「君の分だ」
「あの、俺入るなんて・・」
「うどん食べたろう?」
「あれって-」
「冗談さ」
(・・・)
この人には一生逆らえそうにもないと誡歩は思った。全員がローブを着て集まっている。異様な光景だった。
(そうか、みんな顔が見えないから俺平気なのか・・)
自分だけ私服だと逆に目立つのでローブを着た。サイズはぴったりだった。気絶したときにサイズを測られてすでに作られていたのだと考えたら少しぞっとした。
「さて、我々より少し先に作られたチームがあってね」
「M・レネゲイズか?」一人が喋った。
「そう、マルガメ・レネゲイズ。『丸田 良則-まるた よしのり-』率いる彼らの目的と異能についての調査が必要だ。異能を持つ者がすべて悪ではない、しかし危険を冒そうということならお灸をすえる必要がある」
(彼らの本格的な活動が始まるわけか・・)
「さて、チーム編成を行う。僕と海馬、そして雨車兄妹、金田兄弟、馬角と富士くんのペアだ。では各自頼むよ!解散」
(さらっと入れられてるよ・・)
「誡歩、よろしくな」皆が解散したので二人はローブを脱ぎ、ベンチに座った。
「馬角・・だったね、よろしく」
「俺のことは天行って呼んでくれて構わんぜ」
(馬角天行、中学の頃に数度話したことがあるが・・すぐ下の名前で呼ぶから少し苦手だ)
中学の冬を思い返した。三年で初めてクラスを同じとし、それ以前まで全く関わりなど無かった。「面白い名前だな!」の一言から毎回下の名前で呼ばれ、あまりいい気はしなかった。しかし自分と親しく接してくれている人もまた彼のみだったため、どこか気にかかっていたというのも事実だった。
次の日の土曜日。二人は丸亀町商店街にいた。商店街は最近の再開発で小奇麗になっている。なんだか都会で聞きそうな名前の店が並んでいて、誡歩は少し気おされていた。
「あ、ノースフェイスの新作いいなぁ」
(しまむらでいいじゃん・・)
辺りを見回しながら歩いていると、なにやら店員に抗議している者たちが見えた。男女三人ほどで、店員は困っているようだった。誡歩と馬角は目を見合わせ、近づいて話を聞いてみることにした。
「ですから私に仰られましても・・・」
「あなたも丸亀町グリーンを元の商店街に戻す決意を持って我々の活動に参加してくれればそれでいいんです!」先頭に立つ少年が熱く語っている。
(やばい奴だ・・)
「私はここで働いている身ですので同意しかねます・・責任者でもないので・・」
「よー、待ったぁ?」馬角は少年の両肩を掴んだ。「ささ、こんなとこで突っ立ってないでさ、行こうぜー」そのまま少年をどこかへ運んでいった。
店員はおじぎをした後、店の中へ戻っていった。
五人はベンチに座った。
「なぁさ、何してたん?」
「俺達は丸亀町を以前の赴きある姿に戻したいだけなんだ・・こんなちゃらついた場所・・」
特に興味のない誡歩はぼーっと行き交う人を眺めていた。
(こうもせわしなく歩いてると気にならないもんだなぁ・・やっぱ学校ってのが引っかかるのかなぁ・・)
「うんうんそうかぁ。でも今の商店街も良いじゃん、おしゃれな店もいっぱいあってさ。同い年くらいなんだし楽しもうよ」
「無理だよ!香川ってそういうとこじゃないだろう!」
そろそろ誡歩は飽きていた。「あのさぁ、もう出来ちゃったんだからさぁ、あきらめなって。古いものを新しくするんじゃなくて、新しいものを古くしなおすって無理だし意味が分からないでしょ」
「それは・・」
「よし決めた!」馬角は立ち上がった。「お前とお前、名前は?」
「丸田良則だ・・」
(こいつかよ・・)
「俺は亀梨・・『亀梨 太一-かめなし たいち-』だけど・・」
「そっかそっか。良則、太一!ちょっと来いよ!」
馬角は三人を連れてステーキ屋さんにつれてきた。ジューシーな肉からあふれ出る肉汁が男達に響いた。焼けた鉄板の上でパチパチと肉汁が奏でる音に誡歩は心躍っていた。いくら元引きこもりと言えど男、肉が嫌いなわけは無い。
「・・・うまい」
丸田と亀梨は口の中でかみ締める肉のうまみにやられていた。
「二人とも!負けちゃいかんよ!」女の子が二人の肩を揺さぶった。しかし二人は肉におぼれていた。
「君の名前は?」
「私は・・『町緒 綾-まちお あや-』ですが・・」
「綾ちゃん」馬角は町緒の肩を掴んだ。「下にクレープ屋あるからさ、いこっ?」
その数分後にはクレープの甘さに溺れる町緒の姿があった。
「あの・・馬角さん・・」
「うん?」
「クリーム、付いてます」町緒は馬角の口の横についていたクリームを指で取った。
「ありがと、綾ちゃん」
「キュンっ」
(なんやねんこれ・・)
男二人はあまりの肉の上手さに土下座して働きたいと懇願している。その熱意に負けた店長が太陽に指さして何か暑苦しいことを喋っている。三人の目には肉汁があふれている。
「綾ちゃん、君たちの目的って?」馬角は距離をつめて聞いた。
「私たちの目的ですか?それは丸亀町商店街を元の姿に戻すこと、でしたけど・・・なんだかうやむやになってきましたね」町緒はテレながら答えた。
「他のチームについて知っていることはある?」
「香川最強はボーン・チキンズって聞いたことあります。後は中学生が伝統的に引き継いでるワサン・ボマーズとか・・休日にだけ現れるソルト・ライダーズとかですかね・・」
(ふむ、すべての能力者たちが悪というわけではなさそうだな・・というかなんか全部悪い奴じゃないように思えてならない・・)
それから三人とは別れた。得られた情報はいくつかのチーム名のみ。誡歩が思っているよりもチームが結成され、各々の活動を行っているらしい。誡歩は表層だけを見て何にも起こっていないと考えていた水面下では、香川は大きな変革を起こしている。
「どうにも話を聞いていると出てくるチームは、チームというより同好会みたいなもんじゃないかって気がするんだ」
「うーん、確かに現状悪っていう悪はK・ブリガードのみって感じだな。でもその『のみ』が一番凶悪ででかいんだよな。たぶん王さんは対抗しうる何かを模索するためにこうして県内のチームを当たってるんだと思う」
(いろいろ考えてるし行動派で、且つ結果を残してる。馬角ってすごい奴なんだな・・)
「馬角って何部?」
「サッカー部だけど」
(これが格差かぁ・・)
悲しみに溺れる誡歩をなんてことないという表情で見る馬角だった。