白
彼は私を見てきれいだと言った。
ふふん、当然でしょ。一生に一度の晴れ舞台なんだから!私は子供のころからずっとこの純白のドレスに憧れてたの。おとぎ話で読んだようなふりふりでふわふわなドレスじゃなくて、タイトなマーメイドドレス?っていうんだっけ?…まぁ、そのドレスになっちゃったのはしょうがないことだけれど
黒い服を身にまとった彼はぽろぽろと涙をこぼした。
やぁね、まだ本番も始まってないのに。今から泣いてちゃ格好悪いじゃない。しょうがないなぁ。でも、…綺麗だ、って言ったり、涙を流したり。今日はいつもと違う彼が見れてなんだか嬉しいな。なんて言ったら怒られるんだろうな
涙を乱暴にぬぐいながらまた彼はきれいだよと言った。
もう分かったってば。今まで一度も言ってくれなかったのにいきなりいっぱい言われるとこっちまで恥ずかしくなるじゃない。それに、そんなに乱暴にしたら目が腫れちゃうでしょ。これから本番で…きっと沢山泣いちゃうんだろうからさ
そっと私の頬に寄せた手は可哀そうなほど震えていた。
ふふ、なんだか初めてキスをしたときみたいね。あの時もこうして震えてて、勢い余ってお互いの歯をぶつけちゃって…懐かしいなぁ。今じゃ慣れちゃったからこういうのも初々しくていいわね…なんてね
彼の涙が私の頬に落ちる。
泣きすぎだってば。今ここにいるのが私たちだけでよかったわね。まぁ、人払いはしてくれたんだろうけど。こんな格好悪い彼を知ってるのは私だけでいい。この先もずっと私だけで…こんな我儘困らせちゃうかな
彼は声を押し殺しながら私の上で泣きつづける。
ああ、泣き止んで。子供のころに聞いたことがある話は本当だったのね。想って泣くことはその人を苦しめることになるって。泣かないで、泣かないで。無理なお願いだって分かってる。あなたが辛いって分かってる。同じくらい私も辛い
「…そろそろお時間です」
ドアを開ける音ともに聞こえる控えめな第三者の声。彼の体がびくっと震えた。もう時間が来ちゃったのね。一言だけいうとその人はすぐに去った。また二人だけの時間。…でも、今度はそう長くいられない。いかなくっちゃね。
最後くらい笑った顔が見たかったんだけど、彼は辛そうな顔をして
「またな」
と、私の入っている白い箱のふたを閉めた。