夢と幻の上
この世界には僕たち、高校生の間にもカーストというものが存在する。クラスの中心にいるようなリーダーは一軍。クラスの中で最も影響力が高い。その次が、一軍ほどの華やかさはないが地味でもない、いたって普通の位置にいるのが二軍。そして、クラスの中でもかなり地味な方に分類され、影響力が最も小さいものたちが三軍。大抵はこの3つに分類される。
そして僕、七瀬流樹はというと一軍に入っている。自分で言うのもあれなのだか、僕は顔もそこそこ整っている方だと思うし、頭だって悪くない。スポーツも割とできる方だし、あまり苦手な分野がなかった。そんな、僕にはもうすぐ付き合って半年になる彼女がいる。
「流樹ー。今日暇?ゲーセン、行こうぜ!」
帰り支度をしていた僕に話しかけてきたのは、僕の親友でもある、東雲那艶。東雲財閥の御曹司で、男の僕でもイケメンだと思うほどの美貌の持ち主。東雲財閥は日本でも有数の大企業なので、その御曹司である那艶に憧れる女子は多い。しかし、その実態は毎日構内の女子を口説きまくっている最低野郎だ。そんな最低野郎だが、那艶の察しのいいところや、うまく空気を作るところは気に入っている。
「あぁ、悪い。今日、僕柚姫と帰るからパス。半年記念だからさ」
柚姫、もとい如月柚姫は先ほど僕が話した僕の彼女だ。柚姫は学園で一番可愛いと言われるほど人気で、その勢いは彼氏の僕でもすこし慄いてしまうほどだ。僕という《彼氏》がいるにも関わらず柚姫は相変わらず、たくさんの男子に告白されている。告白するのは構わないのだが、時々断られて逆上した輩などがいるらしいから、内心すごく心配だ。それに少し妬ける。こんなこと、柚姫には絶対に言えないけど。
「そうか……今日……」
那艶が急に顔を強ばらせ、小さく何かを呟いた。
「え?」
僕が聞き返すと、那艶はいつもの明るい笑顔に戻り、首を振った。
「いや、何でもねぇよ!そうか。それじゃあ、仕方ない
か。また今度遊ぼうぜ!」
「お、おう」
那艶の様子がおかしくなったのには少し気になたが、聞いたところで多分教えてはくれないだろう。
僕は何も聞かず、ただ頷いた。
「お待たせ!ごめんね。今日、日直で……」
勢いよく教室のドアが開いたかと思えば、柚姫が焦りながら教室に入ってきた。
「大丈夫、そんなに待ってないし。じゃあ、帰ろっか」
「うん。あ、私ちょっと寄りたいところがあるんだけど……」
寄りたいところ?
柚姫に連れられてやってきたのは僕達がよく行く公園。街全体が見渡せる展望台もある。
「うわ〜。ここ、久しぶりだな」
そう言いながら、柚姫はベンチに座った。
「中学の時も一回来たよね?懐かしいな〜、あれからもう
半年だよ?」
柚姫はふふふっ、と笑うと僕を見つめた。
「ねぇ、流樹。お願いがあるの」
「何?」
「私にキスして」
一瞬で、僕の顔が真っ赤に染まり、思考回路がぐちゃぐちゃになる。しかし、真剣な瞳でこちらを見つめる柚姫に不安を感じ、僕はおずおずと頷いた。
「別に、いいけど……」
僕はベンチに座っている柚姫の前に立ち、少しかがんで触れるだけの淡いキスをした。
「これで……って柚姫⁉︎」
柚姫は泣いていた。
静かに、沈みゆく夕日に横顔を照らされながら泣いていた。
「な、柚姫!?どうしたの、僕なにかした?」
柚姫は、ふるふると首を横に振り空を指さした。
柚姫がさした方向を見上げると、僕はとんでもない光景を目にした。
「なっ……!!」
空が割れいていたのだ。
比喩表現などではない。本当に空にひびが入り、文字通り割れて崩れていく。
「空が……!」
柚姫を見ると、彼女は安心したように涙を流しながら僕を見つめていた。
「流樹。ここはね、流樹の夢の中なの」
僕の……夢の中……?
「タイムリミットは半年。もう、あの日からも半年も経ったんだよ?ねぇ、流樹。流樹には待ってる人がいるの。この世界は幻なの、夢なの。早く目を覚まして?」
僕は訳がわからず、思わず柚姫の手を握る。
空は崩れ、街は蜃気楼のように揺らいで、消えた。何も残っていない空虚な世界には僕と柚姫ただ二人だけだ。
「ねえ、流樹。もう帰ろう?こことはお別れの時間なんだよ」
「ゆず……き……」
「だんだん、思い出してきてるでしょ?もう、楽園はおしまい。タイムリミットが来たから」
「嫌だ……柚姫。行くなよ……ねぇ、僕を一人にしないで……!」
涙が溢れ、柚姫の姿がゆらゆらと見えなくなる。それは決して涙だけのせいではない。
「大丈夫だよ?私はずっと流樹の傍にいるから」
そうやって微笑む彼女は、だんだんと薄くなり僕から手を離す。
「嫌だっ!柚姫!行くなよ!」
「流樹……___ね?」
柚姫はそう微笑んで、やがて消えてしまった。
その場に泣き崩れる僕は、いつの間にか意識の底へと沈んでいった……。
目が覚めると、真っ白な天井が見えた。見覚えのある自分の部屋ではなく、独特の一回は嗅いだことのある、ツンとした匂いが鼻を刺激した。
「病院……?」
静かな空間に僕の呟きだけが響く。そのまま、ボーっとしてると、ノックがなり病室のドアが開いた。
「あらっ!起きたの!?ここ、どこか分かる?自分の名前言える?」
入ってきた若い看護師さんは僕を見て、驚きながらナースコールを押して、そう僕に問った。
「え、えっと……七瀬流樹です。ここは……病院、ですよね?」
「良かったわ~!目を覚ましたのね!今、主治医の先生呼んだからね~。あれから、半年も経ったのね……」
看護師さんは、僕にそう言いながら、点滴を変えた。僕は、看護師さんの最後の方の言葉が何故か引っかかった。
「半年……?」
僕がそう尋ねるとの看護師さんは、はっと僕の方を見た。
そして、点滴を変え終わり、ベッドに座ってる僕と目を合わせた。
「…….何で、病院に運び込まれたか、覚えてる?」
僕が病院に運び込まれた理由……?
思考を巡らせた瞬間、酷い頭痛に襲われた。そして、そのあと、パチンと何かが弾けるような感覚がして、僕の脳内に大量の記憶が流れ込んできた。それは、僕が病院に運び込まれる前の記憶。
僕がどうして、ここにいるのか、その理由にもなる記憶が……。
「そうだ……」
思い出した……全部……。
何で、こんな大事なこと……覚えてなかったんだろう……。
僕は……。
「僕は……」
無意識のうちに涙が溢れる。
「僕は……あの日の生き残りだ……」
そうだ。たった一人の、あの日の生き残り……。
あの日。僕達は、学校の校外学習で隣県のキャンプ場に訪れていた。バーベキューをして、クラスの皆で親睦を深める。そういった目的があった。皆で楽しみ、クラス全員の仲もとても良くなった。だから、あの時の僕達は、あんなことが起こるだなんて、思ってもいなかった。
バーベキューが終わり、帰り道。皆、疲れたからか、バスでぐっすりと眠っていた。その中で起きていたのは、僕だけ。窓をあけて、流れていく風景を見て楽しんでいた。
そして、僕が異変に気づき始めた頃には、もう手遅れだった。
バスがだんだん反対車線を走っていたことに、気づいたのは、バスの運転が雑になっているとふと思った時だった。
窓の外を見ると、明らかにバスは反対車線を走っており、ガードレールを乗り上げて崖に落ちようとしていた。
「危ないっ……!!」
そう叫んだ時には、もう遅かった。
バスはガードレールを乗り上げて、崖の方に落ちていった。
僕の記憶はそこまでだ。
看護師さんに聞くと、僕はもともと開けていた窓から放り出され、1人道路に倒れていたそうだ。そこを通りかかった通行人が、事態を知り、通報。事故の原因は、バスの運転手の居眠り運転だったらしい。
投げ出された時の衝撃で、全身と頭を強く打った僕は俗に言う植物状態でその日から半年間眠り続けていたらしい。
「半年も経ったのよ?他の二人は、毎日あなたのお見舞いに来てくれてたのに、流樹君、全然目を覚まさないから……」
え……?
「他の……二人?」
僕がそう聞くと、看護師さんはキョトンとした顔で僕を見つめて、微笑んだ。
「そうよ~。助かったのは、流樹君と、あと二人。合計三人よ?他の二人も、窓から投げ出されたみたいで、谷底だったけど、無事に助かったわよ?」
神様……。
「その……二人の名前、聞いてもいいですか……?」
神様、どうか……。
僕があの時、助かった奇跡を……。
「え~っとね……」
どうか、もう一度……!
「東雲那艶君と如月柚姫ちゃん、だったかしら?美男美女の……そう言えば、さっき下の階で会ったから、もうそろそろ来るんじゃない?」
「ありがとうございますっ……!」
僕はその瞬間、ベッドから飛び降りて点滴が抜けるのも気にせず、病室の扉を開いた__。