ミッション2:準備せよ
言ってしまえば、それはきっかけ。
「は?!私がボーカル!?」
「そりゃ隊長だし」
「隊長だもの」
みんながそれぞれいい口実を見つけた、というような満足気な顔をしている。ふざけるなといいたい。
「で、でも!これ私だけじゃ歌えませんよ!ここ歌詞被ってるし、デュエットっぽいからあと1人は必要です!」
「はいはーい!リーシャ隊長敬語禁止ー」
「あいたっ」
シャノンに楽譜の挟まったファイルで叩かれる。隊長らしくするという名目の元、部下への敬語を禁止されたのだ。
「リーシャと並んでバランス取れるのって誰かな?」
「そこはさらっと呼び捨てにしない!隊長よ、隊長!」
シャノンは意外とカタチから入るタイプらしい。
「俺ギターやれるからギターやるしー」
シオンが早々に離脱するべく手を上げた。
「じゃあ私はキーボードやるよ」
続いてアレクシスが。
「…ベース」
聞いていないようでちゃっかり聞いてたフィル。
「えー?じゃあドラム」
「へ?シャノン、ドラムできるの?」
「ああいうの好きなのよ」
そう言うといそいそとドラムのセットのところへ行く。
となると残るは。
「…はい?い、いや、そそその僕は」
「いいんじゃないか?横に立ってもあんま違和感ないし。お人形さんコンビ」
にやにやしながらシオンにからかわれる。まあ、話の始まる前からこうなる気は薄々していた。しかし自分たちだけ逃れられるかといえば、そうはいかない。
「でも最後のサビの と前のフレーズはみんなで歌わない?…ちなみに、隊長命令」
にっこりと微笑んで、はじめて告げた命令はまさかの歌のパート分けだった。
(リーシャ、ニック)
さあ私の手を取って
一緒に飛び出そう
まだ知らぬ世界をつかめ
(リーシャ)
きっかけは些細なこと
それが私の運命の選択となった
さあ選べ信じる道を
それが苦難の道であろうとも
(リーシャ、ニック)
さあ私の手を取って
みんなで飛び出そう
まだ知らぬ世界をつかめ
(ニック)
僕は忘れない
あの人と歩いた道
戦いを根絶せんと誓った
あの日の夕日を
(リーシャ)
弱さを知っていた
愚かさと恐怖を抱えて
逃げ道を探した日もあった
私はどこにいる
(ニック)
それでも思い出す
あの日の夕日
(リーシャ)
どこにいるかは重要じゃない
もっと ずっと 掲げるべきものがある
(フィル)
人類の守護を
(シオン)
敵の殲滅を
(シャノン)
平和への願いを
(ニック)
明日への希望を
(アレクシス)
勝利への努力を
(リーシャ)
すべてのための覚悟を
(全員)
さあみんなの手を取って
明日へ飛び立とう
たとえ明日が見えなくとも
(リーシャ)
誰かのために 覚悟を決めろ
君はもうただの人じゃない
(ニック)
自分のために 覚悟を決めろ
ただの人でいるために 戦士になれ
(全員)
さあみんなの手を取って
さあ自分の手を掲げ
みんなで飛び出そう
まだ知らぬ 自分をつかめ
パート分けが済んだところで、記録符に録音されたデモをみんなで聞く。
シオンが複雑そうな声でつぶやいた。
「てか、結構ロック調なのな」
「これ上官作ったんだって」
「何やってんだあの人」
というか何でアレクシスはそんな情報を知ってるのだ。
アレクシスは見た目は勿論だか、仕草までまるっきり女性だ。何だか負けた気がする。
シャノンは色気たっぷりだし、男の子だけどニックも可愛い。
絵的はかなり華やかだ。後は歌だの踊りだのを失笑されないレベルでこなせれば良い。
「よし、あとは練習あるのみ!」
それからはもう、一瞬と言っていい。
歌と踊りのレッスンの合間にはアレクシスがしっかりと剣の稽古をしてくれた。
基礎すらままならなかったが、何とか形だけは剣士っぽくなった。3日かかって初めて炎を出せたときはかなり興奮した。これで戦えるかと言われると、そんなわけはないのだが。
「おつかれーシオン」
「ん?あれこの時間ってリーシャの訓練じゃなかったか?」
イヤフォンで音楽を聴きながら筋トレしていたシオンは、ふらりと現れたアレクシスを見て驚いた。
「流石に明日だからね。打ち合わせに行ったよ」
「他のやつらはー?」
「ニックは歌詞が覚えられないって楽譜とにらめっこ。シャノンは彼氏だか彼女だかに会いに行った。フィルは知らない」
「ふーん。…しかしまあ、何とかなるもんだな。どうなるかと思ったけど」
「まあね。てか、お前が投げ出してないことにも驚き」
「俺を何だと思ってるんだよ。誰かが頑張ってるなら俺も頑張るんだよ。誰かの努力を無駄にはしたくねぇだろ」
脇に置いてあったタオルで顔についた汗を拭いながら話す。
「お前、とことん諜報員に向かない性格してるよな」
「だから異動になったんですー」
浮かべた笑みは、やや自虐的な笑みだった。
「まあ、…てかさ」
「何?」
「お前は何で辞退したわけ?隊長」
興味があるようなないようなニュアンスで
、シオンが聞いた。アレクシスは特に何を言うでもなく、曖昧に微笑んだ。
「まあ、別にいいけど。あいつよりは適正ありそうだけどな、隊長の」
「そうかな」
「だろうよ。何な頭悪そうな嬢ちゃんより」
…そうか。最初はアレクシスだったのか。
うっかり訓練室に戻ってしまったことを後悔しながら、それでも妙に納得した。
打ち合わせが予想よりも早く終わったため、もう少し訓練をと戻ってきたわけだが、何とも微妙な会話の時に戻ったものである。
リーシャは自身の間の悪さを嘆きつつ、そっとその場を後にした。
でも大丈夫。私は可愛くてバカな女の子。こんな会話はすぐに忘れるのだ。
微妙な会話はすべて耳に入らない。微笑んでいれば、誰かにとってのアクセサリーになる。そうだ何も気にすることはない。
仕事をこなして、そして少しだけ褒めてもらおう。
「さあ私の手をとって…♪」
ワンフレーズ口ずさむ。聞き苦しくはないと思うが、上手くもない。
とりあえず、そんな感じでいいはずだ。
色々な手続きも済ませたし、あとは明日本番をこなすだけ。
「大丈夫いけるいける!」
言い聞かせるように、声に出す。
「まあ、大丈夫だろうな」
「そうよね歌って踊るだけ…」
予想外の長身が隣に立っていた。
「ってフィル?!いつから?!!」
「…消え失せるかぜが如く?」
「ごめん何言ってるかわからない」
「…業火により失せし影によって?」
「んとね、表現じゃない」
それきり、すっかり黙ってしまった。
「フィル?…ニックならまだ練習してるよ」
「ん」
短く頷くだけ。そういえばフィルは最初から経験者かと思うくらい楽器も歌もうまかった。ちょっとメインボーカルを代わろうと粘ったが、すごく嫌そうな顔をされたので引き下がった。
「どうかした?」
「……ん」
こちらを一瞥して、どこかへ歩いて行った。
入れ替わりにシャノンが入ってくる。
「どしたの?」
「ううんわかんない。シャノンこそどうしたの?彼氏は?」
「バッティクして修羅場になったから帰ってきたわ」
「…………そう」
どちらにせよ明日が本番だ。
もしかしたら一度きりかもしれないし、気楽に行こう。
どちらに、せよ
「…ねぇ、あの人って」
「ああ。リーシャだっけ。広報部隊とかって、招集された。隊長だったんだっけ」
「そうそう。…かわいそうだよね」
頭が痛い。
顔が痛い。
腕も痛い。
話さないで。声が響くの。
「あの日以来、すっかりイかれちゃったみたいよ」
「酷かったって聞いた。特にベースの人とか首が…」
「うわーやめてよー!ご飯食べれなくなるー!」
だまれ。
「ちょっと、ほら…」
だまって。お願いだから。
声が響くの。頭が痛いの。
みんながいないの。なぜかしら。
『特別な、力を求めるか?』
何でもいいの。どこでもいいの。
たすけて。
だれかたすけて。
言ってしまえば、それは偶然。