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2-5 欲せよ、然すれば与えられん(ぬ)(その5)

昨日の宣言通り投稿できました。

お楽しみ頂ければ幸甚です。

 そして背後から悪意が降り下りた。

 振掛けられた声に振り向き、しかし振り向き切るよりも早くトモキの体に衝撃が走る。

 体の正面を左肩から袈裟に斬られ、トモキは斬撃の衝撃で弾き飛ばされる。荷馬車の扉を破壊しながら地面を転がり、夜空に砂埃を巻き上げていく。脇に抱えていたスケッチブックが落ち、何も描かれていない白紙のページが空を仰ぐ。

 トモキは土の上に横たわり、衝撃音が森の梢の隙間に消えていく。ニコラウスはその様を見て満足そうに頷き、剣を振り下ろしたまま残心を取る隣の男に拍手した。


「やれやれ。折角助けてあげたというのに、不還の森に投げ出された事と言い、全く運の無いお方だ。しかし厳重に鍵は掛けておいたはずなんですが、まさか扉ごと壊れてしまうとは。まあ、この馬車もかなり年季が入ってますからね。そろそろ馬車も更新の時期ということなのでしょう」

「この餓鬼はどうしますか、ニコラウスさん」


 アルフォンスと同じ意匠の鎧を纏った男はようやく残心を解き、首だけを振り返ってニコラウスに尋ねた。ニコラウスは「そうですねぇ」と弛んだ顎の肉を撫で付けながら笑った。


「『迷人』ですし、お金になると思ったんですがね。かつての迷人達の知識は我々よりも遥かに発達したものでしたし、出来れば仲良くして商売の種でも授けて頂きたかったのですが、こうなっては已むを得ません。トモキさんには申し訳ありませんが、当人の実力には不相応な剣だけでも頂いて死んで頂きましょう。何せあの王種猪獅子(グレートダイナボア)の硬い皮を貫いた剣ですからね。私の眼には特に変哲の無いただの剣にしか見えませんでしたが、恐らくは何らかの魔術的な効果が込められているのでしょう。売る相手を間違えなければ端金程度にはなってくれるでしょうから。

 一応確認しますが、まだ殺してはいませんね?」

「ええ、致命傷ではありますが、即死にはならないよう斬り付けたつもりですよ」

「そうですか。ならば――」

「ニコ…ラウスさん……っ!」


 話の途中で割って入る声。ニコラウスと男は立ち上がったトモキの姿を認めて眼を丸くした。


「確かに致命傷を与えたと思ったんだが……ニコラウスさん、どうやら剣だけでなくあの服も中々の物らしい」


 そう言った男の言葉通り、トモキの命を救ったのは魔技高の制服であった。

 魔技高では、特に特任コースの生徒に関しては夜間の街中パトロールが課せられている。特異点から現れた魔物とパトロール中に遭遇することもあり、そのまま戦闘となることも決して珍しくない。そういった場合に備えて、支給される制服には高い魔術防御性と防刃性が施されていた。今もトモキの制服には斜めに長く表面に切り傷はあるものの、その下に編み込まれた特殊な繊維のお陰で体には傷一つ無い。ただし、打撃の衝撃までは防ぐ事が出来ないため、重い鈍痛にトモキは歯を食い縛って我慢している状態ではあった。


「そのようですね。序です。こうなれば身ぐるみ全部頂いていきましょう。あまりがめついのは私の趣味ではありませんが、珍しい物ともなれば話は別ですしね。それに身ぐるみの剥がされた死体があれば、例え近くの街から兵が駆けつけたとしてもここらを根城にしている盗賊の仕業と勘違いしてくれるでしょうし」

「ニコラウスさんっ! どうしてこんな……! それにあの馬車の中の子供たちは何なんですかっ!?」

「人の事よりもご自身の心配を再優先にするべきだと思いますが、育ちが宜しいんでしょうね」


 非難の声の篭ったトモキの叫びに、しかしニコラウスは悪びれる様子もなく嘯く。

 対照的にトモキは混乱の極みにあった。

 全てが分からない。

 何もかもが分からない。

 どうして自分は斬り付けられたのか、自分を斬り付けた男と親切なニコラウスがにこやかに並んで会話しているのか。ニコラウスが何を言っているのか、言葉として理解は出来てもその意味するところが理解できない。

 ニコラウスは自分に手を差し伸べてくれた。そのままアルフォンスに斬り捨てさせる事も出来たはずだと言うのに馬車に乗せてくれて食事まで与えてくれた。その事にトモキは深く心から感謝していた。何としても恩に報いなければ、と考えていた。なのに今度は自分を殺そうと、にこやかな笑顔の奥で、柔和な印象を与える丸い眼鏡の奥の眼で冷徹な眼差しを向けてくる。相反する行動に、トモキは理解と感情が及ばない。

 あの馬車の子供達は一体誰だ。そんな言葉を頭の中で形にしたところでその実、トモキは分かっていた。ただ、感情が拒否していた。


(そんなはずはない、ニコラウスさんがそんな事をするはずがない……そうだ、きっとあの子供達は何かの理由で行き場を失った子供で、ニコラウスさんは保護しているだけなんだ。だけどその為には法を犯す必要があって、僕に見られちゃいけなかったから、だから僕を……)

「自分の都合の良い様に真実に蓋をして、新たな事実を作り出す、というやり方は感心しませんなぁ」


 トモキの内心を見透かした様にニコラウスはにこやかで醜悪に嗤い、細めた瞼の奥から冷たくトモキを射抜く。


「まあ、これまで散々黒を白にしてきた私がどの口でそんな事を言うのか、というのは自分でもありますがね。

 それは兎も角として、何も知らずに死ぬ、というのは無念でしょう。先程も申しましたが私はトモキさんの事を好ましいとは思っておりますので、まずは二つ目のご質問からお答えしましょう」


 ニコラウスが話す中、隣の男が手を上へと挙げる。すると、それを合図として数人の男達が藪の中から姿を現す。トモキの左右に二人、背後に二人。トモキを囲む様に配置されたどの男も剣を剥き出しにし、口端を歪めて激しく動揺しているトモキを面白そうに嗤った。


「あの獣人の子供達は奴隷候補です。実は私、非合法に奴隷商も営んでおりまして。獣人の子供、特に猫科や犬科に属する獣人は貴族の方々に評判が宜しくて高く売れるのですよ。ですがアテナ王国内の子供連れの獣人達は皆辺境へと隠れてしまったり、ベネディスクや近隣の獣人国家へと逃亡したりしてしまいましてね。なので今回、ベネディスク獣皇国へと調達(・・)へやってきて、仕入れ終えて王都へと帰る途中だったのですよ」


 調達。まるで人を物であるかの様な言い草に、トモキは何かが沸きだつのを感じた。


「ニコラウスさん、貴方という人はっ……!!」

「そういきり立たないでください。一つ目の質問の答えはトモキさん、貴方の考えてらっしゃる通りです。アテナ王国内で獣人を奴隷するのは暗黙の了解とはいえ流石に重罪ですので。ベネディスクからしてみれば八つ裂きにしても足りないでしょうからね。事が露見してしまう前にトモキさんを始末してしまおうと、まあそう言った訳ですよ」


 ニコラウスの言葉を聞きながら、トモキは自分の感情が大きく震えるのを感じ取った。音は耳に入れども、遥か遠くから投げ掛けられているかの様に聞こえる。全身から力が抜け、鼻の奥がツンとしてくる。


(裏切、られた……?)


 絶望を救われただけに、その衝撃は計り知れない。希望はドス黒く染まり、涙が溢れてくる。折角頼れそうな人を見つけたというのに、彼は、トモキを救うどころか更なる奈落の底へと突き落とすだけの存在であった。

 彼の真意は、と無理やり希望を見つけようにも、ニコラウスの眼を見たトモキは、彼が本心から言っているのだと理解できてしまった。何故ならば、彼の眼はトモキがずっと元の世界で晒されてきたものと何ら変わらないものだったから。

 ニコラウスのトモキを見る眼は、最早人を見る目では無かった。喩えるならば物を、それも壊れてしまって捨てるしか無い玩具を見る目だ。それも思い入れのある物では無く、大して興味も無い貰い物をこれ幸いと処分する時の様な、そんな視線だ。


(この世界も悪いもんじゃねぇ)


 アルフォンスの言葉が頭を過り、その言葉をトモキは吐き捨てた。


「何が……この世界も悪くない、だ」


 結局一緒ではないか。元の世界もこの世界も。自分に大した価値を見出してもらえず、蔑まれるだけ。尊厳を、人らしさを奪われるだけでは無いか。命を他者から理不尽に否定されるのならば、何一つ変わらない。


「おや? 衝撃のあまり言葉も出ませんか。もう少し反論の一つでも投げ掛けてくると思いましたが期待外れでしたね。面白くありませんが、いいでしょう。ダグラス――殺ってしまいなさい」


 隣に居た青年から壮年に差し掛かった頃合の男――ダグラスはニコラウスの指示を聞くと剣を構えて駆けた。脇構えのまま風を切って走り、瞬時にトモキに肉薄する。躊躇う事無く一足の間合いまで踏み込み、トモキの左下から胴ごと断ち切らんと振り上げた。


「くっ……!」


 トモキはうめき声を上げながら辛うじて一歩下がり剣戟をかわした。それに軽くダグラスは眼を見張る。しかし油断なく直ぐ様振り下ろしの一撃をトモキ目掛けて奮った。


「っ! ……ほう、少しは剣の心得があるようだな」


 剣と剣がぶつかり合う金属音の後で、ダグラスは今度こそ感嘆の声を上げた。振り下ろされたブロードソードの下ではトモキがギリギリの所で鞘から抜いた剣で受けている。落ち着いた声でダグラスはトモキを褒める。だが裏を返せば、それはまだ相当の余力がダグラスに残されているという事を意味していた。


「だが、まだ経験が足りない、なっ!」

「うぐっ!!」


 剣での鍔迫り合いに応じると見せかけて適度に力を抜き、トモキのバランスを崩す。その隙を見逃さずにダグラスの重い前蹴りがトモキの腹に突き刺さった。

 弾き飛ばされて回転しながら土埃をトモキは上げるが、その勢いを利用して直ぐに体勢を整えて再びダグラスと向かい合う。


「……驚いたな。どうやら剣だけでは無く反応も良いらしい。それに、細身に見えてその実、随分と体を鍛えては居るようだ」


 トモキを蹴り飛ばしたブーツ越しの感触に、ダグラスはトモキに対する警戒を一段上げた。

 ダグラスの纏う空気が一段変わった事をトモキは敏感に感じ取っていた。そして、それと同時にトモキを囲んでいた四人の男達も、それまでの何処かぞんざいで緊張感の乏しかった雰囲気が引き締まったものに変化した。

 トモキは学校の授業で習った様に八相に剣を構え、そこから自分が剣を扱い易い様にやや水平方向に剣を傾けた。体勢を低くし、いつでも誰が飛びかかって来ても対応できるよう周囲に気を配る。だが、トモキにできる事は今はそれだけであった。


「へっ、どうしたんだよ、坊主。剣の先が震えてるぜ?」

「まさかそんな構えでやり合おうって言うんじゃないだろうな? だとしたら俺らも舐められたもんだ」


 取り囲む一人がトモキの体の震えを揶揄する。それを聞いた他の者もダグラスを除いて笑い声を上げ、しかしトモキはその嘲笑に恥ずかしいと思う余裕は無かった。トモキはただ怖かった。この期に及んで、剣を奮って誰かを傷つけて仕舞うことが怖かった。

 この人達は、敵だ。倒さなければならない、僕を殺そうとする敵だ。

 トモキは自分に暗示を掛けるように口の中でその言葉を繰り返す。敵だ。敵敵敵敵敵敵敵敵……幾度と無く繰り返す。反芻する。

 またしても自分の命を脅かす存在だ。理不尽を撒き散らし押し付けてくる悪だ。トモキの思考が次第に怒りに染まっていく。裏切りに対する絶望を憤怒に変え、手の震えが止まって抗う為の力が何処からか込み上げてくる。恐怖を新たな感情で塗り替えていく。箍が、外れてしまいそうだ。そしてそうなっても構わない。トモキは頭が熱く冷えていくのを自覚した。

 互いに雰囲気が変わり、場の空気が軋み始める。空の月はいつの間にか雲に隠れて見えなくなっていた。


「おい、お前らっ! 何やってやがるっ!!」


 緊張と弛緩が綱引きをしている最中、聞き覚えのある怒鳴り声が一同に響く。その途端に張り詰めかけていた空気が緩み、全員の視線が声の主に注がれる。


「何だってウチの連中がトモキに剣を向けてやがる! 何があった!?」

「アルフォンスさんっ!」


 怒りを滲ませた声が鼓膜を打ち、ニコラウスは片手で顔を覆って空を仰ぐ。ダグラスは頭を掻き、残りの四人も舌打ちをしながら剣を下ろす。


「アルフォンスさんっ! 貴方も、貴方も……知ってたんですかっ!!」


 そしてトモキもまた怒りを滲ませてアルフォンスに向かって怒鳴った。彼もまたトモキに優しくしてくれた一人であり、励ましてくれた人物だ。しかし尊敬の念を抱き始めていた矢先にニコラウスに裏切られた。理不尽がまたトモキを襲った。そしてそれはアルフォンスもまた同じだったのかと強く問い質したかった。想像するだけでこみ上げてくる怒りをそのままにトモキはアルフォンスに想いを投げ掛けた。せめて、せめてアルフォンスだけは違っていて欲しいと願って。


「ちょ、ちょっと待て! お前は何の話をしてるんだ!?」


 感情をぶつけられたアルフォンスは強く困惑した。数時間前まで話していた時には大人しく、酒を飲ませても強く感情を露わにすることが無かったトモキが今、激しい怒りを漲らせている。その豹変と明らかに異常な場の空気に、アルフォンスも状況を把握できなかった。


「馬車の中を見てくださいっ!」


 言われるがままにアルフォンスは扉の開いた荷馬車の中を覗き込み、言葉を失った。


「何だ、この獣人の子供達は……」

「こんな……子供を攫って奴隷にするなんて恥ずかしく無いんですかっ!!」

「し、知らねぇっ! 俺は知らなかったんだっ!」


 トモキの糾弾にアルフォンスは慌てて首を横に振り、ニコラウス達へと躙り寄る。


「どういうことだ、おっさん! 俺は聞いてねぇぞっ!」

「最初に申し上げたではありませんか。『荷物』を運ぶので護衛をお願いします、と」

「何処が荷物だっ! 誘拐した人間の子供じゃねえか!」

「人間ではありませんよ。『亜人』です。荷物で間違って無いじゃないですか?」


 何を言っているのです? とニコラウスは心底理解らないといった様子で不思議そうに首を傾げた。

 噛み合わない。いや、腐ってる――

 本心からニコラウスがそう言っていると悟ったアルフォンスはニコラウスとの会話を諦め、部下であるはずのダグラス達へと矛先を向けた。


「お前らもだっ! 最初から運ぶの(ブツ)が子供だって知ってやがったのかっ!?」

「アルフォンス坊ちゃん……」

「応えろよ、ダグラス!」


 ダグラスの胸ぐらを掴み上げ、鬼の形相でアルフォンスは詰め寄った。ダグラスはアルフォンスの顔から眼を背け、バツの悪そうに眉間に皺を寄せた。アルフォンスの問いには無言を貫いて答えようとせず、その態度が増々アルフォンスの苛立ちを増長する。


「俺らの氏族(クラン)の信頼を壊すような真似を、何で選りにも選ってアンタが……親父にも信頼されて、氏族の理念を理解してるはずのアンタがすんだよっ! 何でだよっ!!」


 激昂し、しかしその揺れ動く瞳の奥には不信、悲哀……様々な感情が渦巻く。怒りの奥に裏切られた悲しみが貼り付き、声色からも滲み出るアルフォンスの激情はトモキにも伝わり、胸で燃え上がった怒りを鎮めるには十分だった。

 アルフォンスは、何も知らない。トモキは彼は加担していなかったと悟った。そして今、本心から仲間達に怒り、悲しんでいる。裏切りに胸の内が引き裂かれている。伝わってきた悲しみにトモキの胸も冷え、同時に、その想いは、如何なる事情があってかは知らないが、少なくとも間近に居るダグラスにも伝わったものと、トモキは思った。

 ダグラスはふぅ、と一息吐き出し、「坊ちゃん」と呼びかけながらアルフォンスの肩に左手を置く。

 ――そして、右手の中の剣でアルフォンスの腹を貫いた。

お読み頂きありがとうございました。

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次回の投稿は11/22頃を予定しています。

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