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2-4 欲せよ、然すれば与えられん(ぬ)(その4)

今回ちょっと短いですがご容赦を。

明日また続きを(短いですが)投稿します。



 夜半にトモキは独り、寝苦しさに眼を覚ました。剣を抱き締めたまま、膝を抱え込む様に体全体を丸めていたが、姿勢を変えて凝り固まった体をぎこちなく動かして起き上がる。欠伸をしながら眠たげな瞼を擦り、静まり返った辺りを見渡した。

 記憶にある最後まで傍にいたアルフォンスやニコラウスの姿は無い。すでに皆眠り込んでいるのか、周囲で行われていた騒ぎは鳴りを潜めて周囲は暗く、焚き火も既に消されていて、残るは宴の後の物寂しさだけだ。どうやら途中で眠り込んでしまったらしい、とアルフォンスとの楽し気な記憶を思い起こして彼の姿を探すが、近くには居なかった。まさか夢だったのか、とトモキは一瞬不安を覚えるが、すぐにアルコールの残る頭を小さく振って否定する。


「そんなはずはないか……」


 酒臭い息が何よりの証拠。自分は酒を飲まないし、何よりアルフォンスとのやり取りがそんな儚いものだったとは思いたくない。風に吹かれても記憶が消えてしまわないよう、トモキはアルフォンスの言葉を口に出してみた。


「明日は明日の風が吹く、か……」


 アルコールが多少抜けた今、何をそんな呑気な、という気持ちが無くも無い。正直に言えば、所詮他人事だろうと拗ねる様な気持ちもある。けれども下を向いていても仕方ない、起きてしまった事をクヨクヨしていても何も変わらない、と考えられる程にトモキの気持ちのベクトルを前向きにしてくれたのもアルフォンスだ。いきなり斬り掛かろうとした負い目があるとはいえ、どうしてあそこまで自分に構ってくれたのだろうか。単なる酒の勢いか、人が良いのか、それとも何か狙いがあるのか。


「あんまり疑いたくは無いなぁ……」


 出会いに思う所はあれども、一緒に酒を飲んでみるとその気質は付き合い易く、わざわざ謝罪に自前の酒を持って現れる様な人間だ。面倒見の良さは身に沁みて分かったし、それが打算に裏打ちされた行動とは思いたくなかった。そんな心根を疑う様な考えを持ちたくなど無かった。

 ふぅ、と溜息の様な吐息を出して肺の中を入れ替える。そして疑義を想した事を内心で詫び、その後で感謝の言葉を述べる。

 火の気が消えた木々の隙間を風が吹き抜けた。小声の御礼は流されて消失する。夜半のせいか、体の芯から冷やす様な冷たい風だ。酒で火照ったせいでトモキの体は汗ばんでいて、それが風で冷やされ体を震わせた。


「トイレ……」


 体が冷えたせいで尿意を覚え、トモキは草木の間を掻き分けて奥へと入り込む。付近に誰も居らず、また獣の類も居ない事を確認して小便を済ませ、しかし今度は眼が冴えてしまった。体の疲労はまだ取れてはいないが、精神的な閊えが無くなったお陰で体も幾分楽になった。ニコラウスによって食事や水分を摂取できた事も大きい。平時に比べれば万全とは口が裂けても言えないが、無理に体を休める程では無い。

 そう判断したトモキは辺りを散歩する事にした。夜目は効く方であるし、この世界に来てゆっくりと景色を楽しむ事もしていない。空を見上げれば三日月が仄かに地上を照らしていて、無数に散らばる星々は幻想的にも思えた。普段トモキは風景画はあまり描くことはしないが、ふと、たまには夜景を描くのも悪くないと感じた。

 散歩の前に寝所に戻ってニコラウスに貰った紙と鉛筆を探した。だが寝る前に描いていた画用紙は見つからず、代わりにスケッチブックが置かれていた。メモも一緒に置かれており、そこにはニコラウスのものと思われる字で「スケッチブックを差し上げます。これで素晴らしい絵をたくさん描いてください。トモキさんが寝てらしたので、勝手ながらお描きになっていた絵は預からせて頂きます」と書かれていた。


「拙い絵だけど、気に入って貰えたのなら嬉しいな」


 他者に認められる。親を除けば、それはトモキにとって数少ない経験だ。小声で呟きながら顔を綻ばせ、トモキはスケッチブックを抱えて描きたいと思える風景を探し始めた。

 少し歩いて街道の方へと出る。山の中は死んだ様に静かで、日本に居た時の常に光が灯っている状況しか知らないトモキからすれば、静寂に閉ざされた夜はとても新鮮だった。


「そういえば、夜は誰かが巡回してそうなものだけど……」


 この世界が元の世界と比べてどの程度安全なのかは分からないが、行商人の旅に護衛を付ける程だ。森の中の魔物といい、決して平和な世界では無いと思うのだが、実際はどうなのだろうか。思案しながら再び歩き始めたが、すぐにその疑問は解決した。

 馬車の近くに辿り着いたトモキは、そのすぐ側に淡く光る石の様なもの、そしてその石を中心として描かれた小さな魔法陣を見つけ、眼を見張った。


「結界魔術? こっちにも似たようなものがあるんだ。だから見回りしなくても大丈夫なのか」


 トモキは、元の世界で最近ニュースになった新しい魔素技術の記事を思い出した。とある企業がセキュリティ用品として開発したもので、夜間に現れた魔獣が建物に侵入しようとしても弱い魔獣ならば近寄れなくなる効果を謳っていた。コストが未だ課題ではあるが、将来的には各家庭でも購入できるレベルまで安価になり、家屋の被害を軽減できる様になるだろう、とその記事では締めくくっていた。


「……なるほど、へぇ、魔法陣はこういう構成になってるんだ」


 近寄って魔法陣を覗きこみ、トモキは感嘆する。描かれた文字や記号の細部は違えども、配置や図の重ね方などはトモキの知るものと類似しており、正確な理論は分からずとも既存の知識の応用で、媒体となる宝石類さえあればトモキにも作成可能に思えた。


「そういえば、スレイプニィールもあったよな」


 スレイプニィール。それは内燃機関を用いた自動車に取って代わった低空飛行式自動車の名前だ。トモキの物心付いた頃にはすでにほとんどの自動車がスレイプニィールになっており、従来の内燃機関自動車は一部のマニアが乗るだけとなっていた。

 トモキはニコラウスの馬車を上から下へと順に見下ろしていく。荷馬車を引く前面の、トラックで言えば運転席に当たる部分だけがスレイプニィールになっており、荷台は木製の車輪が使われている。運転席――馬車らしく御者台と呼ぶべきか――にしてもボディは木材で作られており特別な加工が施された様子も無く、少々強い衝撃が加われば容易く壊れてしまいそうだ。自分の中の最新技術と、中世時代の様な魔技を使わない古い技術が混同してある事にトモキは違和感を覚えた。だがそれを考えても栓のない事、と頭を振った。


「特定の分野だけ発展したのかな?」


 そんな疑問を口にしながらもその事から興味を失い、代わりに結界魔術の魔法陣をスケッチブックに書き写していく。正確に写すには細すぎて骨が折れるので、略式記号に補足説明を付け加える形で書き込み、後で自分でも試してみようと思いながらトモキは描くべき景色を探して歩き始めた。

 夜空の月は尚も優しくトモキを照らす。その隣には薄い雲が伸びてきており、月明かりが陰りだす。その様子をのんびりと眺め、馬車の荷台を通り掛かった時、近くで物音がした。


「誰か……居るんですか?」


 全身に緊張が走り、気弱なトモキの顔に恐怖の色が貼り付いていく。声を掛けてみるも返答は無い。聞き間違いだったのか、とも思うが、もしかしたらアルフォンスが言っていた盗賊が現れたのかもしれない。あるいは荷馬車を狙った泥棒か。

 結界魔術があるのに、とも思ったが、そもそもそれはトモキの見立てであり、実際に結界魔術かどうかは不明だ。それに、もしくは腹を空かした魔獣の類が餌を求めて近寄ってきた可能性だってある。トモキは物音の正体を確かめるべく、恐る恐るといった体で辺りを巡っていく。馬車の下なども覗きこんでみたが、何もなく、誰も居ない。その時、もう一度微かな物音を聞いた。


「馬車の……中?」


 移動中の雑談にニコラウスに荷物を聞いていたが、トモキの記憶では生物の類は無かったはずで、だとすれば賊が荷台に入り込んでいるのだろうか。

 ニコラウスには返しきれない恩がある。念の為に中を調べてみようか、とも思うが、勝手に人の荷物を見ることに罪悪感もある。


「もしかしたら護衛の人が寝てるだけかもしれないし。いや、でも万が一泥棒だったらどうしよう? でもなぁ……」


 思考が右へ左へと揺れ動く。合わせて視線も左右をウロウロし、それでもトモキは意を決した。


(もし間違ってても黙ってればバレないよね?)


 自身の行動にそう言い訳をして荷馬車後部の取っ手に手を掛けた。ただし、もし本当に中で誰かが寝ていても起こしてしまわないよう、そっと力を込めていく。


「あ、あれ?」


 だが取っ手は固く、ガタガタと微かな音を立てて細かく上下するだけだった。鍵が掛かっているのか、それとも滑りが悪く固くなっているだけなのか。トモキは悩みながらももう少しだけ力を込めてみた。

 すると。


「あっ!」


 トモキは思わず声を発してしまっていた。トモキ自身は少しだけ力を込めたつもりだったが木製の取っては根本から折れ、小さな欠片を地面に散らしながらトモキの手の中に残った。

 呆然と取っ手と扉を見るトモキ。血の気が引いていき、朝になって何と言い訳をしようと思考が空回りしていく。恩を返すつもりがとんでもない事をしてしまった。いや、取っ手自体が老朽化していたんだ。僕のせいじゃない。だけど壊したのは事実だ。謝れば許してくれるだろうか。

 頭を抱えるトモキだったが、その横で扉がゆっくりと開いていく。仄かな月明かりが荷馬車の中を照らしていった。


「――え?」


 そしてトモキは言葉を失った。

 月光の届かない荷台の中で輝く二つの光。鬼火の様に揺々と漂い、時折不定期に消えてはまた現れる。一対のそれが現れると、続いてもう一対、また一対と鬼火は増えていく。それらはトモキを捉えて離さず、頼りなさ気に彷徨う。


「――っ!」


 トモキは悲鳴を上げそうになった。だがかろうじて留まる。否、留まったのでは無く声を発する事を喉が拒絶していた。

 トモキの眼が暗闇に慣れる。荷台の中が露わになる。荷馬車の中に荷物は少なかった。箱の類はほとんど無く、薄汚れた、臭気の漂う毛布が幾つも転がっていた。

 そしてトモキは、鬼火の正体を見た。


「こ…ども……?」


 果たして、暗闇で彷徨っていたのは子供達の眼差しの昏い輝きだった。猫の眼の様に薄く光を発し、よく注視してみればどの子も齢十に届こうかという様な小さな少年少女だ。そして共通しているのは頭上や顔の横に髪を突き破るようにして深い毛に覆われた耳が在る事。


「獣人の、子供……」


 トモキが呻くように言葉を漏らすと、子供たちは一層荷台の奥の方に移動して互いを守る様に身を寄せた。

 その眼に宿るのは恐怖だ。理不尽に怯え、理不尽に抗う術を持たない無力な子供の姿だ。トモキが呆然として動けないでいる中、どの子供もトモキから片時も眼を離そうとはしなかった。そしてトモキもまたその少年達から眼を逸らすことが出来なかった。


「――見てしまいましたね」


 そして背後から悪意が降り下りた。



お読み頂きありがとうございました。

ポイント評価、お気に入り登録、(どんな一言でも)感想お待ちしています。


冒頭で書きました通り、続きを明日投稿します。

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