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1-2 距離は近けど、想いは遠く(その2)

 見送るアカリの姿が住宅に隠れて見えなくなるのを確認すると、トモキは歩く速度を緩めた。家を出ても体は尚も重く、空腹のはずの腹は未だ捻るような疼痛を訴える。足取りは鈍いが、それでも学校は家からは程近く今のトモキの脚でも五分も歩けば巨大な学舎が朝靄の中から姿を現す。

国立魔素技術高等専門学校。数十年前に生まれた魔素技術を発展させるために作られたこの高校には、全国から魔素技術を扱う才能に長けた選りすぐりのエリートが集まってくる。

今や生活になくてはならない魔素技術を工業技術として実地で身につけたい生徒は就技コースに、工学的な理論を学ぶことを欲した学生はその後の大学進学を見据えて進学コースへ入学する。それら二つのコースだけでも入学するには相当の学力が必要になるが、この高校には更にレベルの高いクラスが存在する。

それが、特任コース。一学年の生徒が六〇〇人に達するエリート達の中でも八〇人のみの在籍が許される特別なクラスであり、卒業後には国管轄の組織への就職が約束されている。だがいくら頭脳明晰であろうが、その特任コースに所属するにはある一つの才能が必須となる。

二重存在、ドッペルゲンガー。入学試験時において特殊な装置によってもう一人の自分であるドッペルゲンガーを発現させること、それさえできれば特任コースに所属することが許される。それまでの学力がどれ程低くても、素行に問題があろうとも問われない。何故ならばこの特任コースへ入学できる少年を集めること、それこそがこの学校の異議であるのだから。


(魔術師、か……)


 巨大な校舎を見上げながらトモキはひとりごちた。ドッペルゲンガーを発現させたものは魔術師と呼称され、そうではない普通の民間人とは名実ともに異なる存在となる。いかなる人間よりも強い肉体を持ち、明晰な頭脳を持ち、そして本来は戦う術である魔素技術、通常「魔術」を本来の用途そのままに使用可能となる。

彼らが戦う相手は、魔物、魔獣。「特異点」と呼ばれる不定期に突然発生する時空の穴から現れるそれらは通常兵器では効力が薄く、魔術が特に有効な攻撃手段となるため、魔術師たちは魔物と最前線で戦う兵士となる。それがこの世界の常識だ。


「別にそんなものになりたくないんだけどな……」


 そしてトモキもまたその特任コースの生徒だ。ただし、トモキには他の生徒とは大きく異る点があった。

トモキは魔術が使えない。そもそもドッペルゲンガーを発現させる装置を使われた事も無いのだ。本来であれば特任コースへの入学はできないはずで、トモキ自身もまた入学するつもりも、入学試験さえ受けるつもりは無かった。魔術師ともなれば危険の中に身を置く機会は多い。それだけに街を、人を守る仕事というのはやりがいはあるのかもしれないが、気弱な自分にそんなものが務まるとも思えない。鞄の中に入れてあるスケッチブック。どこかで平々凡々に仕事をしながら、時折好きな絵でも描きながら過ごせたらトモキは満足できるだろうと信じていた。

しかし現実はどうか。中三のある日、学校から帰ってくればどういうわけか、試験を受けていないにも関わらずすでに魔技高への入学が決定しており、自身の意思が介在する余地は無い。その事を告げてくる両親の表情は見るからに苦々しいものであったから、久遠家の誰もに取っても不本意な事態だったことはトモキにも容易に想像がついた。そしてその理由についても理解していた。


「この力のせいなんだろうな……」


 不意に蹴飛ばしてしまった小石を拾い上げる。直径二センチ程のそれを指先でつかみ、僅かに力を込める。するとそれなりに硬いはずのそれがミシミシと音を立て、豆腐を潰すかの様に容易く砕けてしまった。それを見る度にトモキは苦々しい想いに顔を歪め、それを吐息と共に吐き出さざるを得なくなる。

同じような事は身体能力強化を得意とする魔術師ならば可能だ。だがトモキの様にドッペルゲンガーを持たない者に出来る業でも無い。かといってトモキの肉体は細身で、学校の授業の中でそれなりに鍛えられてはいるが、石を砕くほどの力を得るほどにトレーニングをした覚えは無い。未だ入学の経緯は聞かされていないが、この異常性こそが魔技高に入学させられた原因だと確信していた。そしてだからこそ一年以上経つこの高校に未だ馴染めない。

 今日も一日我慢の日が始まる。そう考えるとひどく億劫になり、このまま家へと引き返してしまいたくもあるが、かといって学校をサボるというのは、通い易いようにとわざわざ仕事を辞めてまでこの町に引っ越しまでしてくれたケンジとアカリに申し訳なさ過ぎた。

あれこれと葛藤を続けるトモキだが、遅くとも歩みは止まらず、気づけば校舎の二階にある自分の教室の前まで辿り着いてしまっていた。見上げれば「2-B」というプレートが目に入る。まだいつもよりも早いせいか、廊下には生徒の姿はほとんど居らず、それでも幾人かは登校している。普段よりも静かな廊下で聞き耳を立てれば教室の中にもすでに登校しているクラスメートが居るようだった。

トモキはドアから眼を逸し、教室の後ろ側のドアに移動する。そこで立ち止まり、取っ手部に触れ、しかしそこから動かずに居る。口を真一文字に結び、眉尻を僅かに下げて大きく息を吐き出した。やがて深く息を吸い、意を決したように顔を上げると静かにドアを開けた。

開けた途端に出迎えたのは数人の女子生徒達の視線だ。ドアが空いた瞬間は驚きに眼を丸くしていたが、入ってきたのがトモキだと分かると途端に興味を失った様に元のおしゃべりに戻る。トモキは一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して傍にある自らの席に腰を下ろした。そしてそっと女子生徒たちの視線の先を伺う。

そこには花瓶が置かれてあった。真っ白なその中には花が一輪だけ活けられている。死者へ弔いを示すその有り様は、しかしこの場では悪意の塊だ。花瓶が置かれている、トモキから斜め前に位置する机の前には一人の女子生徒が座っていた。


「ねえねえ、高橋っていつまで学校に来続けると思う?」

「案外しぶといよね、あの子も。いい加減自分がどう思われてんのか理解ってるだろうにさ、顔の面が厚いというか図太いというか」

「私だったらもうとっくに学校辞めてるね。いつまで経っても落ちこぼれなんだからさっさと辞めちゃえばいいのに」


高橋、と呼ばれた生徒はじっと下を向き、身動ぎしない。よくよく見れば微かに震えており、近くにいるトモキからしか分からない程の感情を発露させていた。しかしトモキはすぐに眼を逸らした。

度を越えたイジメだ。トモキ自身そう思うし、見ていて不快になる。だがトモキにはどうしようもないのだ、と自分に言い聞かせて耳を閉ざす。

魔技高、特にこのコースは実力主義の面が濃く現れる。魔物との戦いを前提としているためか座学よりも実践面が重視され、いかに理論面の成績が良くても戦闘訓練や魔術訓練の成績が悪ければ留年や、場合によって退学もあり得る。入学者全員にドッペルゲンガーが発現し、魔術を使えると言っても個性がある。そしてその個性は全員が実践面側に現れるはずもなく、従って得手不得手で序列が時と共に形成されてくる。それは、当事者たる生徒だけでなく、大部分がこの学校の卒業生である教師にも当てはまっていた。そもそも、この学校の教師は所謂世間一般的な「教師」というよりも「訓練官」と言い換えた方が適切だ。人格形成などは二の次であり、世間的にはともかくも内実としては如何に優秀な「戦闘魔術師」を輩出するか。それが一番の目標となっていた。

だから空気が醸成される。優秀な者は成績下位の者を見下し、嘲り、侮る。それが当たり前であり、また侮辱された者も反発しようにも返り討ちに遭うのが目に見えている。強い者が偉く、弱い者が悪い。それがここの常識であった。

そしてトモキもまた弱者であった。魔術が使えず、座学こそ優秀ではあるが飾りとしか見なされず、身体能力こそ優れているが生来の気弱さでまともに戦う事ができない。故にクラスの序列としては、今まさにイジメられている高橋ヨウコのすぐ上でしかなく、彼女に向けられている矛先がいつ自分に向けられるのか。それに怯え、なるべく受ける被害を少なくする為に腐心するのがトモキの日常でもあった。


(怖い……)


 情けないと思う。不満があるのならば声を発すれば良く、不快なら彼女を庇えば良い。颯爽と彼女と虐めているクラスメートたちの間に立ちはだかってやれば良いのだ。それはトモキ自身も分かっているし、動こうと思ったことも一度や二度では無い。だがどうしてもトモキは動くことができなかった。

どうしてこうも簡単に人を貶めることができるのか。トモキにはそれがどうしても理解できない。人であるから好悪の感情を抱くのは当然だと思う。嫌いで相容れない人が現れるのは避けられず、であるならば関わらなければ良い。敢えて悪意を向けて、それで何が得られるというのだろうか。

もっとも、そんな疑問をぶつけたところで何の解決にもならないことをトモキは自覚している。いくら正論や常識論をぶつけたところでここでは意味を持たない。誰も聞く耳を持たないし、逆に彼らの中に気に入らない奴だという共通認識を植え付けるだけの結果にしかならないのだ。感情に理屈をぶつけても碌な結果にならない。それこそがこの一年でトモキが学んだ成果であった。


「んー、何か臭えなぁ。いつもよりも臭いんだけどよ、何でだと思う?」

「そりゃ決まってんだろ。下等な奴が朝早くから二人揃ってるからに決まってんじゃん」


 背後から聞こえた声にトモキは身を強ばらせた。

 それはよく聞く声だ。毎日暇さえあればトモキに絡んできて馬鹿にし、時には暴力を振るってくるクラスメート。ただ声が聞こえただけだというのに早鐘を打つ。

 頼む、コッチに来ないでくれ。青ざめた顔を伏せ、一心にそれだけを願う。だが声は近づいてきて、やがてはすぐ頭上で鼻で笑う声が聞こえた。


「コイツといい高橋といいよぉ、さっさと消えてくれりゃいいのになぁ。クラスの空気が臭くて臭くてたまんねぇんだよ。なぁ、久遠。聞こえてんだろ? 無視してんじゃねぇよっ!」


 トモキの目の前に拳が振り下ろされ、机が砕ける音が響く。木製の天板を貫いた拳が引き抜かれると共に木片が散らばり、円形の痕が机に残った。


「あーあ、どうすんだよショウちゃん。備品の机壊しちまってさ」

「は、別にこんな奴の机がどうなろうが関係ねーよ。どうせ一日中黙って俯いてるだけなんだからよ。おら、さっさとどっか消えろよ久遠。テメェが居るとこっちの気分が悪くなんだよ」


 ショウ、と呼ばれた大柄の男はトモキの胸ぐらを掴むとそのまま片手でトモキを吊り上げる。そして乱暴に突き飛ばし、その勢いでトモキは座っていた椅子を押し倒しながら自身も倒れて背中を床に打ち付ける。倒れこんだトモキは一瞬走った痛みと恐怖に表情を強ばらせ、眉尻を下げて怯えた顔で目の前の男を見上げた。


「あ? 何ガンつけてんだよ」

「い、いや、そんなつもりは……」

「んじゃその手はなんだよ?」


 指摘され、トモキは自らの左手に眼を落とした。固く強く握られた拳が、そこにあった。


「久遠のくせに、よっ! 生意気なんだよっ!」


 振り抜かれた脚に蹴飛ばされ、トモキは床を転がる。壁際に追いやられ、それでも暴力は止まず腹を蹴り上げられ、背中を踏み抜かれ、頭を踏み潰される。トモキは亀の様に体を丸め、ひたすらに身を守る。動かず、両手で頭を守り、相手の気が済むのをただ待つ。その最中でトモキは声を聞いた。

 それは嘲笑の声だ。弱者であるトモキを嘲笑う悪意の塊だ。誰一人トモキを助けようともせず、ショウと一緒になって甚振り罵声を浴びせる。愉快で仕方ないといった様子で笑い声を上げる生徒。クスクスと隠しもしない忍び笑いを続ける女子生徒。今この場にいる誰もが敵で、誰もが暴力者であった。


(どうして……)


 どうして、自分がこんな眼に合わなければならないのか。痛みに上げる悲鳴に混じってトモキの中に怒りが湧き上がる。自分が何をした? 自分が彼らに何をしたというのだ? 彼らに手を上げたか? 彼女らに罵声を浴びせたか? 答えは否。自分はただ静かに時を過ごせればいいだけで、それすらも気に入らないのならば喜んでこの場から自分は歩き去ろう。だというのに、周りの大人たちはそれすらも許してくれない。

 縮こまった身体に隠れてトモキの拳が一段と強く握りこまれる。ここで声を荒げ、突き飛ばし、暴れまわる。感情の赴くままに動けたら――そんな想いが心中で暴れ狂うが、トモキはギュッと強く眼を閉じて口を閉じた。


「この剣だってどうせ使わねぇんだ。要らねぇだろ?」


 秋山ショウは蹴飛ばすのを止め、トモキの腰に挿された剣に手を伸ばす。先ほど自分を掴み上げた手が剣へと近づいているのに気づいたトモキは、反射的にショウの手を掴みに動いた。


「そこら辺にしとけよ、お前ら」


 だが別の場所から発せられた声にトモキは動きを止めた。

 途端に止む暴力。室内の視線はたった一箇所へと集約されて、トモキもまた頑なになった体を解いて顔を上げた。


「ンだよ、またテメェかよ、神代。関係ねぇヤツは黙ってろよ」

「そういうわけにもいかない。朝から学校に来て早々に気分の悪いものを見せられ続けるのは堪らないからな」


 神代ユウヤはショウの恫喝染みた声色に動じる素振りも見せず教室へと入っていく。

 魔技高の特任コースにおいて神代ユウヤは特別であった。それは生徒のみならず教師にとっても、だ。座学は言うに及ばず戦闘能力、魔素技術の扱い、魔術の実力どれを取っても二年生にもかかわらず学内で常に上位五傑に名を連ねる。努力を惜しまず、教えを請う者を邪険にする事なく根気強く指導する面倒見の良さ。加えて整った容姿。幾分寡黙で近寄り難い雰囲気を醸す事が多く、正義感が強い為に間違った事があれば即座に声を上げる。公平に接する性格から学内の女子生徒の人気を集めるだけでなく男子生徒からも一目置かれる存在だった。

 ユウヤはやや栗毛掛かった前髪を掻きあげ、小さく呆れた様に溜息を吐きながら自分の席に鞄を掛けると、整った顔立ちを苛立ちに染めて教室中を睨みつけた。鋭い視線を方々に飛ばし、それまでユウヤに熱の篭った眼差しを向けていた女子生徒も場都合が悪そうに顔を逸らした。その姿を見て、今度はあからさまに溜息を吐いて見せると彼女は怯えて体を震わせた。

 ユウヤはショウの元へ歩いて行く。一八〇センチを越える長身と日常的な鍛錬された引き締まった肉体でショウの前に立ち塞がり、冷たく見下ろす。

 見下されたショウは一瞬たじろぎ、だがすぐに気を取り直してユウヤを見上げながら睨みつける。


「ならテメェが出て行けよ」

「嫌だね。そもそも学校は学ぶ為の場所であって誰かを貶める場所じゃない。出て行くならそっちが出て行けばいい」


 それに。そこで一度言葉を区切り、ユウヤは床に座り込んだままのトモキを一瞥してショウに向き直る。


「仮にもクラスメートがイジメられているのを見て見捨てられるほど性根は腐っちゃいない。それでもまだコイツを虐げるというのならここからは俺が相手をしてやるよ」


 さて、どうする。ユウヤはショウに問い掛け、半身になって言葉だけでなく態度でも本気で実力行使も辞さないことを示してみせる。それと同時に緊張感が場に走り、ショウと共に囃し立ててトモキを蹴飛ばしていたショウの取り巻きの一人が狼狽えてショウを止めに入る。


「ショウちゃん、神代に喧嘩売るのはヤベェって。そろそろ先公たちもやってくるし、ここは退こうぜ……」

「……ちっ」


 舌打ちを一つ。ショウはユウヤから視線を逸し、ユウヤを押し退けて教室から出て行く。だが苛立ちが収まらないからか、すれ違い様にトモキに唾を吐き掛けて、それを見たユウヤが眉を逆立てるが、わざわざこれ以上騒動を続けるのも本意では無い為、それ以上言葉を重ねる事は無かった。

 教室からショウが居なくなり、ユウヤもまた緊張を解いた事で教室の空気が弛緩する。誰もが肩から力を抜き、その中でユウヤはトモキを抱え起こしながら「大丈夫か」と声を掛けた。


「……うん、大丈夫。その、ゴメン。僕のせいで変な事に巻き込んじゃって……」

「気にするな。俺がやりたくてやった事だ。久遠が悪いんじゃない」

「でも、これで神代君が眼を付けられちゃったんなら……」

「今更だ。元から秋山達にはよく思われていないからな。もし何か仕掛けてきたとしても俺ならどうとでも出来る。それくらいはお前も知っているだろ?」


 ユウヤの実力とショウたちを比べれば、迂闊にユウヤに手を出せない事は明らかだった。単なる魔術や戦闘術の順位だけを見れば両者に然程差は無いが、実際の実力には大きな隔たりがあり、また方や学内でも信用が厚く女子生徒のファンが多く、方や嫌われ者。トモキが周囲にどう思われていようが倫理的には虐めを行うショウよりユウヤが正しく、表立ってユウヤを傷つけようと画策したところで周囲の賛同は得られない。だからトモキもユウヤの言葉に反論を続ける事が出来ず、頷く事しか出来なかった。


「そもそもだ、久遠。お前は人の心配よりも自分の事を考えろ。虐められる方にも非があるとは言わないが、お前はお前でもっとできる事があるはずだ。あいつらは久遠よりも実際に腕が立つかもしれないけどな、だからといってお前がやられっ放しでいる必要は無いんだぞ? 暴力に対して暴力で抗うのは俺だって好きじゃないが、ここは魔技高だ。実力がある奴が偉くて弱者は下等。そんな価値観が蔓延ってる様な場所だ。あんな奴を一発殴り飛ばしたくらいで特段扱いが変わるような場所でもないし、そういう気概を見せれば周りもお前を見る目が少しは変わるはずだ」

「それが出来ればいいんだけど……」

「アイツらだけじゃない。周りの人間だって皆お前を侮ってる。その原因を解ってるか?」

「……僕が弱いからでしょ?」

「そうだ。久遠が優しい性格だっていうのは理解る。人と争うのが嫌いなのもお前の戦闘訓練の様子を見てれば理解る。けどここに居る以上それじゃダメなんだよ。好き嫌いだけで逃げてれば結局苦労するのはお前自身の今を見れば理解るだろう? 魔術だってそうだ。全く使えないが、努力はしたか? 使えない原因を探ったか? 先生や俺達級友に教えを請うたりしたか? 苦手を克服する為にお前が出来る事は全てやったのか? そうじゃないだろ」

「……努力じゃどうにもならない事だってあるんだよ」

「そんな事は無い。俺だって入学した時はまともに魔術を使えなかった。学校の授業だって付いて行くのがやっとだったし、総合成績は下から数えた方が早かった。だが、自分で言うのもなんだが俺なりに頑張ってきたつもりだ。寝る間も惜しんで基礎理論を勉強して、暇さえあれば魔術の練習を重ねてきた。その結果が今だ。お前だって才能があると認められたからこの場に居るわけだろう? その才能を磨かずに居て、虐められるのが嫌だというのはお前の怠慢以外何者でも無い」


 厳しい言葉を連ねるユウヤだが、それを耳にしながらトモキは内心で重く溜息を吐いていた。

 神代ユウヤは独善的すぎる嫌いがあった。ユウヤが努力の人であることはトモキから見ても疑いようは無い。幾度か放課後にもユウヤが残って訓練する様を目撃していたし、何度か腕や脚に傷を負って登校してきた事もある。努力を重ねて今の地位に上り詰めていった事にはトモキを賞賛の念を禁じ得ない。

 しかし彼は同じだけの努力を他者にも求めた。今日だけで無く、これまでも事ある度にトモキに対しても努力の大切さを説いていた。そして努力さえすれば何でも実現できるのだと固く信じている節があり、また己の正義感を他者へ強要する事もある。無論、トモキとて努力の価値は分かるし、ユウヤの正義感、即ち強者は弱者を守るべきであり、人を貶める事は如何なる事情があろうとも許されるべきでは無いという考えはトモキも強く共感するところだ。だが、どう足掻こうとも出来ないものは出来ない。いくら努力を重ねようともどうにもならないものもあるのだと、トモキもまたこれまでの人生の中で強く思い知らされていた。


「えっと、もうすぐ授業始まるから手を洗ってくる。迷惑かけてゴメン」

「あ、おい! まだ話は……」


 だからトモキは半ば強引に話を切ってその場を離れる事を選んだ。ユウヤの説教は有難いが、同時にトモキにとってはひどく耳障りであった。このまま耳を傾け続けていればきっと取り返しの付かない感情を抱いてしまう。

 後ろから掛けられる声をトモキは意図的に無視して教室を出た。すでに始業時間も近くなっており、廊下には先ほどトモキが登校した時よりも遥かに人が溢れている。その中をトモキは顔を伏せてすり抜けていった。


「なんだよ、アイツ。神代が折角親身になってやってんのに」

「ホント。神代君が可哀想」


 ここに、自分の味方は居ない。教室から聞こえてくる声から自分を守る様にトモキは背中を丸めて歩いた。



お読み頂きありがとうございました。

ポイント評価、お気に入り登録、(どんな一言でも)感想お待ちしています。

次回は10/10の14時頃掲載予定です。

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