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3-10 あの人は言った、君の帰る場所は何処だと(その10)

3-5話から一週間連続更新中です。

お読み逃しが無いようお気をつけください。

「――申し訳ないが許可できない」


 それまでの穏やかな表情から一点、ユーリスは表情を引き締めてそう告げた。


「そう、ですか……」


 今までの会話からトモキは心の何処かで色好い返事を期待していた。共にシオを大切にしている者同士、態度を軟化してくれるのでは、と考えていたが現実は甘くなかったということか。

 だがそれも予想していた事。許可が貰えれば御の字程度に考えていたトモキは肩を落としながらも表情を取り繕って「分かりました」とだけ答えた。

 しかし、話はそれで終わらない。


「そしてシオ――君の帰郷も認められない」

「え……?」

「ど、どうしてですか!? どうしてシオまで……もしかして、僕のせいですか!? 僕と一緒に居た事で何か里のルールにでも……」

「そうじゃない……私だって出来るならばシオを暖かく里に迎え入れてやりたい」

「なら……ならどうして!?」


 トモキは激昂してユーリスに詰め寄った。ユーリスの胸ぐらに掴みかかり、縋るような視線を向けた。対するユーリスはトモキとシオを視界から外し、グッと下唇を噛み締めた。


「迷人である君でも知っているだろう。我々獣人と人の間にある憎しみの事は」

「は、はい。でも……」

「――昨日、また一人子供が行方不明になった」


 知らず、トモキは一人息を飲んだ。


「そのせいで里全体が殺気立っている。それと同時に里中が疑心暗鬼になっている。

 誰か、この里の事を人間に漏らした者がいるんじゃないか、とね」

「お姉ちゃんは……トモキお兄ちゃんの事を疑ってるの? そんなはずないよ! だってお兄ちゃんはずっと――」

「分かっている」


 ユーリスはシオを遮った。少しだけ表情を和らげ、だが直ぐに厳しい視線をトモキに送ってくる。


「トモキ。君がそういう人間じゃない事は分かっている。他でも無いシオが言う事だし、私自身君と話していて、君が里の事を外にバラすような人間では無いと理解した。だが、私がそう感じたとしても里の者がどう思うか、君なら理解してくれるとも思っている」

「もし僕を見れば……真っ先に犯人だと思うでしょうね」

「そうなると思う。もちろん、子供の事だからただ単に勝手に遠くまで遊びに行ってしまっただけの可能性もあるし、或いは誘拐とは関係なく事故に巻き込まれてしまったのかもしれない。

 しかし最早真実などどうでも良くなっているんだろう。長らく虐げられてきた我々獣人だ。今でこそこうして獣人の国や、その他の亜人の国が出来てはいるが戦争は続いている。シオがそうであったように、人間の中にはまだ私達を単なる愛玩道具としかみなしていない者達も居るし、神の摂理に反した滅ぼすべき存在だと声高に主張する者も居る。実際に今尚我々は各地で人間に貶められ、辱められ、蹂躙されている。この里だけじゃなくて獣人達の不満は最早限界に達していると言えるかもしれない。

 そんな中に君という『人間』が入り込めば、君に全く関係がなくても格好の的になってしまうだろう。だから君は一刻も早くここを立ち去るべきだ」

「……」

「……お話は分かりました。ですけど、どうしてシオまで……」


 話がシオに及び、シオは両拳を強く握り締めた。その事にユーリスを見たままのトモキは気がつかないが、ユーリスは敢えて無視をした。そして小さく息を吸い込んだ。


「シオが人に近いからだ」ユーリスは言い放った。「シオの両親は紛れも無く灼熱狼の獣人だ。そしてその更に両親も同じ。だから間違いなくシオが獣人であることは言い切れる。だが、そんな(・・・)事は問題じゃないんだ。

 君は……その、シオの里での事は……」

「ええ……聞いています」

「そうか、なら話は早い。

……まだ、比較的里が落ち着いていた時でさえ、シオは見た目が人に近いというだけで疎外されてきた。シオが獣化出来ないと知った時、誰もが掌を返し、彼を孤独に追いやった。暴力を振るい、心ない言葉を浴びせ、里の誰もがどれだけシオの優しい心を傷つけてしまったのか……こうして話している私でさえもそうだ」


 ユーリスの眼に悔恨の念がはっきりと浮かんだ。


「里の者は皆、シオが自分の足で里を出て行ったと思っている。それどころか人間になりすまして、何時か里の場所をバラすんじゃないかと思っている節さえある」

「そんなっ!?」

「言っただろう? 今、里は疑心暗鬼になっていると。そういった悪い空気はいつの間にか病原菌の様に里に充満し、質の悪い事に誰も気づかない。いや、自分達の都合に良い様に、眼を背けているというべきかな……」


 シオが潤んだ眼でユーリスを見上げた。小さく鼻を啜り、泣き出しそうなところを必死に堪えている。ユーリスはそんなシオの頭に手を遣ろうとし、しかし迷った様に何もない宙を彷徨い、結局シオに触れること無く元の場所へと戻っていった。


「獣人は嗅覚が人より鋭い。犬狼族の者は尚更だ。今のシオにはトモキ、君という人間の匂いが色濃く付いてしまっている。あまり嗅覚の良くない私でも分かるくらいに。そんなシオが里へ立ち入れば、皆何を想像するかは明らかだ」

「……」


 悔しそうに両拳を握りこみ、トモキは奥歯を噛み締めた。言葉も無く、自分は浅はかだったと認めざるを得ない。まさか、シオさえ里へ立ち入れないとは思わなかった。悪くても一時だけ、シオにとっては辛い時を過ごさざるを得ないとは考えていたが、事態は更に想像の上を行ってしまった。

 連れてこなければ良かったのか。先ほどとは真逆の思考が頭を占めていく。連れて来なければ、シオには希望を残してやれたのか。自分と関わらなければ、シオは里へ立ち入るくらいは出来たのか。湧き上がる悔恨に胸が掻き毟られていく。


「そして、最後にもう一つだけ告げなければならない」


 項垂れたトモキの(こうべ)にユーリスの影が入り込んだ。


「君と私は――」


 突如として襲った怖気。背筋を貫くような感覚に、トモキは弾かれた様に頭を後ろに逸らした。

 目の前を煌きが一瞬で通過し、トモキの前髪がハラハラと舞った。


「今、この瞬間から――敵だ」

「ユーリスお姉ちゃん!?」

「な、何をするんですか突然!?」


 突然の凶行にトモキは声を荒らげて額に手を遣った。幸いにして掌に付くのは冷や汗のみで、実際に斬り裂かれてはいない。だが今の一撃は間違いなく本気だった。そして、同時に敢えて当てなかったのだと察した。


「――言葉通りだ。世界中で対立している二つの種族が出会ったのならば、互いに為すべき事は一つに決まっている」

「だからって……僕とユーリスさんが争う理由なんて無いですよ!」

「理由なら、ある」


 鋭く、ユーリスはトモキを見据えた。


「君は、迷人とは言え人族であり、私は獣人であるからだ。例え君に理由が無いと信じていても私達にはある。せっかく発見した人間なんだ。ここでみすみす見逃してしまえば、これまでに人との戦いで命を散らしていった多くの同胞に顔向けが出来なくなる。なれば、そんな選択の余地など無い」

「そんな――」

「だから……早く逃げろ」

「――っ!」

「見逃すなど出来ない。だが、相手が見つかる前に(・・・・・・)遥か遠くへと行ってしまえば追い掛ける必要も探す必要も無い。そんな人間など初めから(・・・・)居なかったのだから」


 ようやくトモキはユーリスの真意を悟った。彼女は言っている。このまま、この場に留まり続けるのは危険である、と。

 ユーリスは厳しい表情を崩さない。あたかもトモキに、そしてシオに親の敵の様な眼差しを向けてくるが、あくまでもそれはポーズだ。だからこそ、追撃を加えてこない。


「ボヤボヤしている暇は無いぞ? こうして見回りをしているのは私だけでは無い。(じき)に他の者達が来る。そうなった時、君は一人でシオを守りながら私達三人と戦うのか?」


 選択の時だ。トモキは一瞬だけ悩み、しかしユーリスの眼を見てすぐに決断した。


「――分かりました」

「お兄ちゃん!?」


 シオはまだ理解できていないのだろう。非難めいた視線でトモキを見上げ、そして「どうして」と言わんばかりにトモキとユーリスの間で視線が彷徨う。


「ありがとうございます」

「気にするな。それよりも早く行けっ」


 礼を告げたトモキに、ユーリスは僅かに、よくよく注視しなければ分からない程に微かな笑みを向けてくれた。


「シオ」

「嫌だよっ! どうしてっ!? どうしてなのっ!? どうしてお兄ちゃんもお姉ちゃんもそんな事言うの!?」

「シオ……」

「どうして皆仲良く出来ないのっ!? どうして敵だなんて言うの!? どうして……どうしてお父さんとお母さんに会えないの!? 皆で一緒に仲良く暮らせないの!? そんなの嫌だよっ!」


 森の中にシオの悲痛な叫びが響き渡る。それにトモキも、ユーリスも答える術を持たない。無言のまま互いに俯き、トモキは眼を逸し、ユーリスはただ押し黙る。


「……行け」

「お姉ちゃん!」

「行けっ! 早くっ!!」

「……くっ!!」


 トモキはシオを抱え上げると、ユーリスに背を向けた。一気に加速し、剣を構えたまま動かずにいるユーリスの姿があっという間に小さくなっていく。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!! 離してよ、お兄ちゃん!!」


 トモキの肩の上で暴れるシオを押さえつけ、しかし途切れること無く呼び続ける声がトモキの胸を抉る。


「ユーリスお姉ちゃん! お父さんっ!!」


 そして一際大きく泣き叫んだ。


「お母さぁんっっっ!!!!」


 トモキの体が揺らいだ。動かす足が縺れ、倒れそうになる。トモキはシオの体を固く抱きしめ、顔を自分の胸に押し当てた。

――ごめんなさい、ごめんなさい

 そう心中で幾度も繰り返しながら、歯を食いしばって足を動かし続けた。

 たくさんの木や草が生い茂る中、ユーリスの前から二人の姿が小さくなり、やがて見えなくなっていく。

 完全に一人ユーリスは取り残された。俯き、短剣を手にしたままただ立ち尽くす。

 不意に、手から剣が滑り落ちた。刃が土へと突き刺さり、ユーリスは崩れるようにして膝を突いた。


「う…うぅ……」


 両手で顔を覆い、堪え切れない涙が頬を伝う。耐え切れない胸の痛みが押し殺した叫びとなって嗚咽に変わる。


「シオ……幸せに……君だけは幸せになって……」


 涙はどこまでも流れていき、彼女の願いは風の中に消えていった。




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