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3-2 あの人は言った、君の帰る場所は何処だと(その2)

書いてたらキリが良くなってしまったので公約破りの二日連続投稿。

ただし昨日の半分くらいの長さしか無いです。ごめんなさい。


 それから二人は山道を歩き続けた。高い木々が林立しているが不還の森ほどでは無く、背の高い草が生い茂っているが、晴天の空からは陽が差し込んでやや汗ばむ程度の陽気だ。

 歩き始めてすでに数時間が経っていた。最初は登道だったがいつしか尾根を越えて道は下り坂。歩くのも幾分楽になっているが、慣れないトモキにとって歩き難い事は変わりない。

 数時間、二人の間に会話が皆無だった。シオは名前を教えた後には一切口を開かず、黙々と歩き続ける。時折トモキが話しかけるが返事は無く、振り返りはしてくれるものの、反応はそれだけであった。


「ずっと迷い無く歩いてるけど、お家が何処にあるかは分かるの?」


 トモキが尋ねる。移動を開始してからというもの、シオの足取りは迷いが無い。今居る場所が何処かはトモキには見当も付かないが、シオは現在地をはっきりと理解し、また目指すべき場所が何処にあるかを明確に知っているように見える。そしてそれは正しいらしく、シオは即座に頷いてみせた。


「そうなんだ。凄いね。僕にはさっぱりだよ。シオくんが居なかったら山の中で飢え死んでたかもしれないな」


 犬には帰巣本能があるとは言われていたけれど、獣人にも似たようなものがあるのだろうか。トモキは素直に感嘆を口にして褒め、そしてクツクツと笑って戯けてみせるがシオから反応は無い。無言のまま歩き続けるだけで、トモキは独り肩を落として項垂れた。


「シオくんって兄弟居るの? 何人家族?」

「シオくんの住んでる場所ってどんな場所? やっぱり獣人ばっかりなの?」

「あ、あの木の実美味しそう。食べられるかな?」


 口下手なトモキだが、その後も歩きながら何か話題になりそうな事を見つけてはシオに向かって話し掛ける。何とかコミュニケーションを取りたい、距離を詰めたい、と願いながら言葉を投げかけるも、シオが言葉を発することは無く、無視されるか或いは頷いたり首を横に振ったりという仕草だけだ。その度に明確な壁を感じ取ってトモキは落胆し、俯いて下唇を噛みしめるばかり。


(すぐに心を開いてくれるとは思わないけれど……)


 溝が深ければ深いほど慣れ合うには時間が掛かる。そう頭では理解していても余裕の無い今は感情が思うように制御できない。それでも深く息を吐き出して頭を掻き毟り、ざわつく心を落ち着かせようとする。だが――


「あっ!」


 慣れない山道で足元を疎かにしたのがいけなかったか、トモキは濡れた草に足を滑らせた。咄嗟にもう片足でバランスを取ろうとするも、そちらも同じ様に靴裏が滑り、一瞬で視界がグルリと回転。尻餅を突いたかと思えばあっという間に下り坂を滑り落ちてシオを追い抜き、腕や背中を地面に打ちつけながら木にぶつかって止まった。


「……クソッ!!」


 ままならない現状と痛み。憤懣が募り、堪え切れなくなったトモキは顔を醜悪に歪ませ、悪態を吐きながら思い切り地面を殴りつけた。轟音が木立の隙間を駆け抜け、湿った土が周囲に撒き散らされる。感情の赴くままに剣を抜刀し、ぶつかった木を切り裂く。真一文字に斬り裂かれたそれが容易く横に滑り、破壊音を立てて周囲の木々をなぎ倒していった。


「あ……」


 荒く息を吐き出しながらトモキは自分を見つめる視線を感じ取り、そこでようやく我に返った。そして血の気の引いた様な、そんな気がした。

 シオが坂の上から無表情でトモキを見下ろしていた。眼の奥には先程よりも恐怖の色が濃い。だがそれ以外の感情があるようにトモキには思えた。


「その、ごめ……」


 気まずさから謝罪を口にしようとする。だが言い切る前にシオはトモキが開けた穴を避けて、これまで以上に距離を取りながら早足でトモキを追い抜いていった。そして元の通りシオの後ろをトモキが歩く、そんな位置関係を取り戻したところで立ち止まってトモキが立ち上がるのを待つ。しかし、その距離は当初からは遠くなった気がした。

 トモキは情けない気分で、顔を上げることができなかった。自分が恥ずかしかった。

 何が「送っていく」だ。数時間前の自分の発言を唾棄し、顔を覆って項垂れた。

 トモキには驕りがあった。少年は庇護者で自分は保護者。何でも出来る、と言い張れる程ではないが、少なくともシオよりは自分の方が年長であり、手を差し伸べる存在なんだと無意識に思い込んでいた。

 だが実際はどうだ。山歩きでは足を引っ張り、コミュニケーションも満足に取れない。碌な道標を示してみせることも出来ず、挙句、ままならないからといって八つ当たりをして怯えさせる始末。加えて、シオが最後に見せたあの視線。あれは、同情だとトモキは気づいてしまった。

 顔を上げれば、シオはまだそこに立っていて、感情の読みとりにくい視線をトモキに向けていた。


「……ゴメン、先に行ってて。すぐに追いつくから……」


 トモキはそう絞り出し、シオはしばし立ち尽くしていたが、やがて待つことを諦めたのか、トモキに背を向けて再び山を下り始め、すぐに姿は藪の中に隠れて見えなくなった。

 ただ煩悶する十代の少年の嘆く姿だけが山の景色に溶け込めずに残っていた。




 自己嫌悪。自らに対する、度し難い程の感情に折り合いをつけるとトモキはすぐにシオの後を追い掛けた。全てを諦めてしまいたい。そんな考えも頭を過ったが、隅でちらつくのはアルフォンスの姿だ。彼が命を賭してまで逃してくれた自分と、そしてシオの命。それを無碍にし、容易く放り捨てる様な真似をトモキは出来なかった。

 シオがゆっくり歩いてくれていたのか、トモキが追い付くのにそれ程時間は要しなかった。息を切らしてシオを見れば、その眼には憐憫。トモキは歯噛みするも、顔に出すことは無く、無理やり笑顔を見せてやる。そうしなければ、また何か八つ当たりをしてしまいそうだった。

 二人はこれまでと同じ様に山を歩いた。だが今は足音以外は無い。トモキが口を開く事は無く、そしてシオもまた黙ったまま足だけを動かした。二人の距離は前よりも遠かった。

 そのまま再び数時間。トモキの呼吸は乱れ、歩くだけのそれさえ億劫になっていた。息は熱く、しかし汗はすでに出ておらず逆に青白い。陽は暮れ始め、空が茜色に染まり始めた頃、不意に前を歩くシオの足が止まった。

 無言のまま、トモキはシオが見つめる先に視線を這わせた。木々の隙間から覗く景色。目の前には大きな町があった。


「……ここがシオが住んでたところ?」


 掠れた声でシオに尋ね、しかし彼は首をすぐに横に振った。重ねて「まだ遠い?」と聞けば眼を伏せて頷いた。


「そっか……ねえ、シオくん」一度舌で唇を舐めて濡らした。「どうかな? このまま山の中で休んでも十分に疲れも取れないし、町に行ってみない?」

「……」


 トモキのその申し出にシオは振り向いた。感情の変化を読み取るのは難しいが、トモキにはシオが面食らっている様に思えた。そんなに変な提案だっただろうか、と首を傾げ、もしかして、とトモキは一つの理由に思い至る。


「もしかして、あの町も『人』の町?」


 シオは頷いた。

 トモキは口元を撫でてしばらく考えこむ。シオもまた難しい顔をしていた。


「……シオくんが嫌がる気持ちも分かるけど、やっぱり町に行こう? このままだと食事も満足に取れないし、たぶん遠からず僕は動けなくなってしまう。シオくんもお腹空いたでしょ?」

「……」

「あ、でもそっか。僕だけが町に入って食料を買ってくればいいのか……」


 どうも自分の思考能力は大分低下してしまっているらしい。頭を掻きながらトモキは恥ずかしそうにシオから眼を逸らした。恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをし、上ずった声を張り上げた。


「さ、さてと! そういうわけだから僕は町に行ってくるからシオくんはここら辺で待ってて! 美味しいものたくさん買ってくるからさ!」


 急々とトモキはシオを置いて町に向かって急坂を降りようとした。シオは言葉を発しないまま。その隣をトモキは通り過ぎて行く。しかし――


「え?」


 服を引っ張られ、トモキは立ち止まって驚きを口にする。振り返ればシオがしっかりとトモキの学生服の裾を握りしめている。


「どうしたの? 行っちゃ駄目って事かな? だけど行かないとさっき言ったみたいに――」


 だがその言葉を遮るようにしてシオは首を大きく横に振った。そして固く閉ざしていたその口を開く。


「僕も……一緒に行く」


 そう言ってフードを目深に被った。



お読み頂きありがとうございました。

ポイント評価、お気に入り登録、(どんな一言でも)感想お待ちしています。


今度こそ次回の投稿は12/13です。

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