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期間限定王妃、始動

 眉を顰めたエリンが何度目かの確認をした。

「ほんとーに、よろしいのですか、リゼラ様?」

「ええ、もちろん! 似合ってるでしょ?」

 私は居間の壁に掛けられた大きな姿見を見た。赤毛の三つ編みを二つ垂らし、まん丸眼鏡を掛けたそばかすの侍女の姿がそこに映っている。白いエプロンに紺色のドレスはサフィニアから借りた侍女の制服だ。

(エリンの髪色に似たかつらまで用意してくれて、サフィニアって出来る侍女なのね)

「エリンの妹でエリナ=ダウアーという侍女見習い、って設定なの。この恰好の時には、エリナって呼んでね」

「設定がバレたらどうするんですか」

 渋るエリンに、私は大丈夫と頷いて見せた。

「サフィニアが協力してくれて、エリナ=ダウアーの身分証明まで作ってくれたわよ? ヴェルシュタインからエリンを頼って王宮に来て、そのまま侍女見習いになったという裏話付きで」

 もちろん、他の王妃付きの侍女さん達にもナイショだ。知っているのはサフィニアとエリンのみ。秘密を知る者は、人数少ない方がバレないのよね。

 サフィニアが気を利かせて、侍女さん達を他の場所に集めてくれた。何でもサフィニア直々に侍女教育するという名目らしい。そのおかげで、エリンと二人きりになった私は、余裕をもって変装出来て――今に至る。

「身分をねつ造……」

 サフィニアの仕事の早さに、エリンはやや呆れ気味だ。そんな彼女を置いたまま、私はメモした冊子を開き、本日の計画を再確認していた。

「昨日陛下から聞いた情報によると、側室さん達は午前中は各自好きにお過ごし、午後から皆でお茶会、という日が多い……と」

 ちゃんと後宮の事、把握してらっしゃるのね、と感心した。もう寵妃がいるのだから、他の側室には関心ないのでは? と思いきや、案外気を配っているらしい。貴族間の均衡が崩れないよう気を遣っているのね、きっと。

(ますます、油断ならない人物よねえ、あのヒト……)

 うん、気を許さずに行こう。私は決意を新たにした。

「で、そのお姿で、他の側室様の動向を探る、というワケですか?」

「そうそう。筆頭侍女のサフィニアや私と常に一緒にいるエリンが行っても、警戒されるだけでしょ? 見習いっていう下っ端感がいいのよ」

 私はぐっと右拳を握り締めた。地味で存在感のない私の力を、ここで発揮しないと!

「じゃ、行ってくるわね~」

 さっさと扉を開けて出て行こうとした私を見て、エリンから悲鳴に似た声が上がった。

「リゼラ様っ!? 陛下からお声が掛かったら、どうなさるおつもりですかっ!?」

 私はひらひらと右手を振って答えた。

「大丈夫よ。陛下は午前中、ルイス侯爵と執務室でお仕事だもの。今日もその予定だって」

「リゼラ様~」

「もし誰か来たら、私は疲れて寝てるって言っておいてね」

 鼻歌を歌いながら、私は暁の間から一歩を踏み出した。


***


「さて……と。どこから回ろうかしら」

 私はぶつぶついいながら、後宮の渡り廊下を歩いていた。白い手すりのある渡り廊下は、緩い弧を描きながら各側室のいる棟を繋いでいる。中庭を見ると、中央に白い女神像が設置された噴水があり、その周囲には東屋のような建物や、芝生の広場のような場所、そして綺麗な花々が咲き乱れている花壇もあった。中庭で王妃や側室主催のお茶会を開く事もあるらしいと聞いたけれど、この広さだと五十人ぐらいは入れそうだ。

「さすが後宮よね。薔薇の花が綺麗に咲いてるわ」

 温度の変化や虫に弱い薔薇は、手入れを小まめにしないとここまで綺麗に咲かない。きっと腕のいい庭師を雇っているのだろう。

 ふわりと甘いいい香りが漂っている。私は渡り廊下から中庭へと下りた。草の香りに花の香りを楽しみながら、白い石畳の上を歩いて行く。くねくねと曲がった小道は、両脇に咲く花を楽しむために設計されているみたいだ。

「やっぱり、お茶会にも参加しないとだめかしら……」

 はあと溜息をついた私の耳に、耳障りなキンキン声が聞こえてきた。

「何よ、これ!? せっかく陛下がいらして下さると言うのに、匂いも味もきつくて、飲めないじゃない!!」

「え?」

 右側の生け垣の向こうから聞こえる? 私は足を速めて分かれ道を右に曲がった。 

 ――ガシャン!

 派手な音と共に、ころころと足元に銀色の缶が転がってきた。私の足に当たったはずみで、蓋が外れている。

 しゃがみ込んで缶を拾う。石畳に落ちた細かい茶色の破片を手に取り、くんくんと匂いを嗅いでみた。

「このお茶って」

 この香りは珍しい。きつめの香りで、スパイスが混ざっているような感じがする。葉も普段見る大きさよりも細かい。この国のお茶じゃないわね。

 蓋を締めて立ち上がると、生垣沿いに広がる芝生に数名の女性がいた。白い丸テーブルの前に座っている赤いドレスの女性は――

(……やっぱり、ディアナ嬢)

 甲高い叫び声は彼女だったようだ。彼女のすぐ傍に立っている、茶色の髪を二つに括った侍女が頭を何度も下げている。他の侍女もどうしたらいいのか、分からない様子だった。

「こんなお茶、陛下に出せる訳ないじゃない!」

「申し訳ございません、ディアナ様!」

 私は缶を手にしたまま、しずしずと彼女達に近付いて行った。テーブルに置いた白い磁器のカップが割れそうな勢いでがなり立てていたディアナ嬢が、私の方を見据えた。猫の瞳がますます吊り上がる。

 私はすっとお辞儀をして言った。

「……私、王妃様付きの侍女見習いで、エリナと申します。申し訳ございません。この缶を拾いましたので、お届けに上がりました」

 私が両手で持っている缶を見たディアナ嬢は、嫌そうに眉を顰めふんと鼻を鳴らした。

「ああ、あの地味女の侍女ね。道理で地味だと思ったわ」

(よしっ、バレてない!)

 内心ぐっと拳を握り締めた私は、顔を上げ、ディアナ嬢と泣きそうな顔の侍女を見た。

「あの、差し出がましいようですが、この茶葉に何かございましたでしょうか」

「何かですって?」

 ディアナ嬢がテーブルの上に置いていた扇を持ち、半泣きの侍女をそれで指し示した。

「どうもこうもないわ! 明日の後宮のお茶会には、久しぶりに陛下がいらして下さるのよ。とっておきのお茶を探すよう、頼んでおいたはずなのに……そんなでがらしのような茶葉が届くなんて! 試しに飲んでみたけれど、苦くてとてもお出し出来ないわ! ダニエラ! どう取ってくれるの、この責任を!」 

 テーブルの上のポットとカップを見る。カップに注がれた茶の色は濃い赤茶色だ。

「も、申し訳ございません……行商人が、これは珍しくてお勧めだと言ったのを真に受けてしまって……」

 青い顔をしたダニエラさんは、身を縮こまらせていた。私よりも若いんじゃないかしら。

「これでは、リリアナ様に後れをとってしまうじゃない! あの女、珍しいお茶やらお菓子やらに詳しいのにっ! お前が外国の行商人と親しいと言うから、任せていたのよ!?」

 リリアナ=ダルドー子爵令嬢。馬の産地であるご実家は、各国との取引も多い。珍しいって事は、多分外国産なのだろう。

(どんなお菓子とお茶なのかしら……)

 興味あるなあと思っていたら、ディアナさんの口調は更に激しさを増していた。

「もうお前は首よ! どこへでも行くがいいわっ!!」

「ディアナ様っ!」

(首っ!?)

 ダニエラさんの悲壮な声に、私は思わず口を挟んだ。

「お、お待ち下さいませ! 私にこのお茶を入れさせていただけませんかっ」

 ディアナ嬢は猫の目を細めた。疑うような視線で私をじろじろと見る。

「……お前が?」

 視線が突き刺さって来た。私ははい、と頷いて答えた。

「これと似たようなお茶を入れた事がございますので。少し器具等お借りしてもよろしいでしょうか?」

 少し考え込んだディアナ嬢は、すっと扇を払った。

「まあ、いいわ。そこまで言うなら、淹れてみなさい。ダニエラ、案内してあげて」

「は、はい……こちらです……」

 びくびくしているダニエラさんが、一番奥の棟の方に歩き出した。私はお辞儀をした後、ダニエラさんの後を追いかけていった。


***


 私は、ディアナ嬢のいる『太陽の間』で厨房を借りた。各棟には小さな厨房が付いており、簡単な食事も作れるようになっているのだ。『太陽の間』の厨房は、『暁の間』の厨房よりも広くて立派だった。

 そこでさっきの茶葉を使った私は、銀色のワゴンを借りて、ごろごろと押しながらさっきの場所まで戻る。

 私をじっと見ているディアナ嬢の前で、私は小さな片手鍋からカップにお茶を注ぎ淹れた。

「……どうぞ、ディアナ様」

 私はことん、とテーブルにカップを置いた。ほかほかの湯気がカップから上がっている。ディアナ嬢が目を丸くした。

「まあ……?」

「よろしければ皆さまも味見なさって下さいませ」

 ディアナ嬢に入れたカップよりも小ぶりのカップにお茶を注いでいく。侍女さん達は顔を見合わせた後、一人また一人とカップを手に持つ。

「ダニエラさんも、どうぞ?」

「は、はい」

 ダニエラさんがおどおどとカップを受け取った。ディアナ嬢がゆっくりとカップを持ち上げ、香りを確かめた後、一口飲む。緑の目が驚いたように開いた。

「……まあ、これ……!」

「お、美味しいですっ!」

 ディアナ嬢とダニエラさんの声が混ざった。私はにっこりと笑って、片手鍋を見せた。

「この茶葉は、こうやってミルクで煮出すと美味しいんです。ほら、香りもちょうど良くなるでしょう? 細かい破片になってるのも、煮出しするためなのですよ」

「……」

「香りも異国風でスパイシーですから、珍しいと思いますわ。お砂糖は加えていないのに、この甘さとコクが出ます」

 他の侍女さん達も美味しいと飲んでくれている。私は説明を続けた。

「煮出す時間が短くなるようにと、砕いたように細かくなっているのがこの茶葉の特徴です。ですから、普通のお茶を淹れるようにしてしまうと、逆に味が濃くなり苦みが出てしまうのです」

 ――これらは全て、お茶が趣味な母様の言葉だ。母様に付き合っているうちに、お茶の淹れ方やらお茶菓子の作り方やらに詳しくなってしまったのよね。

 この淹れ方をダニエラさんに教えておけば大丈夫だろう。そう思ってた私の耳に、さっきまでの声色とは違うディアナ嬢の声が飛び込んできた。

「ねえ……あなた。明日のお茶会で、このお茶を淹れてもらえないかしら?」

「はい?」

 私が目を瞬くと、ディアナ嬢がにっこりと笑った。綺麗な笑顔なのに、肉食獣を感じるのは何故。怖い。心なしか、彼女の後ろに控えている侍女さん達からも、圧迫感がっ……!

「ダニエラではまだここまでのものは淹れられないでしょうし。この味をどうしても陛下に味わっていただきたいの」

 陛下は甘い物がお好きなのだろうか。ほんのりとしたミルク本来の甘さなら、男性にも受ける味だけれど。

「あの……王妃様にお伺いしてみませんと……」

 おずおずとそう言ってみたら、ますますディアナ嬢の眼光が強くなった気がする。愛想笑いしている私の頬が強張ってきて、ぴくぴくと動いた。

「王妃様には、私からお願い申し上げますわ。だから、ね? お願い」

(これは断れないかも)

 がんがん畳み掛けていた声とは違い、まさに猫なで声。こちらの声の方が恐怖度は上だ。

 私は頭の中で色々と考えてみた。明日のお茶会というのは、後宮の側室達+陛下が参加するのだろう。王妃にも参加の確認は行ってるはず――今頃エリンが『リゼラ様ーっ』って叫んでいると思われる――だけど、前日にあんな事があって舞踏会を途中退席しているから、『体調不良』も通るかもしれない。

(王妃として参加するよりも、侍女として参加する方が裏側から見れて好都合なのよね)

 うむ、ここは調査を優先させよう。

「は、はい……王妃様の許可さえ頂ければ」

「まあ!」

 ディアナ嬢は、大輪の薔薇の花が咲いたように笑った。きつめの印象だけど、本当美人よね。

「必ず王妃様にお願いするわ。では、詳しい事はダニエラに聞いて頂戴? か・な・ら・ず、来てくれるわよね?」

『来なかったら、どうなるのか……分かっているわよね?』

 脅しの台詞が裏から聞こえる。たらりと冷や汗をかきながら、私は深く頭を下げた。

「はい、承知いたしました」

 同じくお辞儀をしたダニエラさんに案内されて、私はその場を離れた。後ろの方から、高笑いする声が聞こえてくる。 

「ふふふっ……これで、あの女の鼻をあかしてやれるわ……っ!」

 ほーっほっほっほ、と響き渡る笑い声に口元を引き攣らせながら、私はダニエラさんとまた厨房へと歩いて行ったのだった。 


***


 『暁の間』に戻ると、案の定私あてに茶会の案内状が届いていた。そして私が戻ったそのすぐ後、ディアナ嬢からの言伝てを持って彼女の侍女がやって来た。取り次いでもらったエリンから渡された、綺麗な模様の入ったお手紙には、『エリナという侍女見習いをお茶会の時に貸して欲しい』ととても丁寧に……とても断れないような文章で書いてあった。

 さっそくエリンに承諾した旨を侍女さんに伝えてもらった後、事の顛末をエリンに話すと、彼女はこめかみに青筋を立てた。

「リゼラ様っ! 何て事を約束なさったんですか! ご自身が呼ばれているお茶会に、侍女見習いとして参加するなんて!」

「そうは言っても、不可抗力だったのよ」

 私は変装を解きながら、エリンのお小言を頂戴していた。眼鏡と赤毛のかつらを外し、顔を洗うといつもの私の姿になった。……変装を解いても、地味さには変わりないのだけれど。

 私を見るエリンの青い目が吊り上がってる。ここに来てから、エリン怒る回数が増えたわね……。私は溜息をついてエリンに向き合った。

「ダニエラさんが首になるかもしれなかったし、ディアナ様のご機嫌を損ねる訳にもいかないし、侍女の方が自由に動けて調査しやすいし」

「絶対、一番最後のが本音ですよね!? 王妃が後宮のお茶会に欠席だなんて、側室達に何て言われるか……!」

「多分、昨日の事で傷付いて寝込んでいる、繊細な王妃とでも思ってくれるんじゃないかしら」

「……リゼラ様のどこが繊細なんですか……」

 繊細な王妃は潜入捜査なんぞいたしません。そう言うエリンに、私は両手を合わせて拝み込んだ。

「お願いエリン、協力して欲しいの。王妃がここにいるように思わせる手伝いをして頂戴」

 じっとエリンの瞳を見つめると、はああああと重い吐息がエリンの口から漏れた。

「致し方ありませんわね……サフィニア様にも援助願いましょう」

 私はエリンに思わず抱き付いた。

「ありがとう、エリン! さすが、私の侍女ね!」

「リゼラ様の無茶ぶりには慣れておりますから……命の危険がないだけ、ましだと思いますわ」

「そこまで危険な事してきたつもりはないのだけれど」

 私が身体を離して小首を傾げると、エリンは少し眉を顰めた。

「お茶会には、陛下もご同席なさるのでしょう? 大丈夫なのですか?」

 私はどんと胸を張った。

「陛下と目を合わせないように、裏方に徹するわ。多分大丈夫よ。だって昨日初めて会ったばかりだし」

「どうですかね……」

 じと目でエリンが言ったが、私は気にしなかった。

「とにかく、ヘマしないように頑張るわね! お茶会は午後三時からね。さあ、明日の準備準備」

 鞄から色々と物を取り出し、吟味し始めた私に、エリンの視線は生温かかった。 

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