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期間限定王妃、事情聴収する

「……王妃様。陛下がお出でになられました」

 サフィニアが頭を下げてそう告げた。私はベッド前の二人掛けふかふか椅子に座りながら、さり気なさを装いながら、こう言った。

「ええ、お通しして頂戴」


 ――本心を言わせていただければ、濃厚な薔薇の香りが充満している寝室で、こんな格好してるところに、男性なんて入れたくないんですけど、ええ。


(そうは言っても、仕方ないか……)

 『王の間』の隣『王妃の間』に別の女性が入ってる状態で、陛下と二人きりになる機会はほぼないだろうと想像がつく。ならば、今ここできっちりした方がいいのかも知れない。

「でも、ねえ」

 私は天蓋付きベッドに目をやった後、自分の身体を見下ろした。半袖の寝間着の上に、七分袖の同布のボレロを着てるけど……どう見ても、布が薄い。裾は足首まであるけど、身体の線が丸わかりなのよね……。

(おまけに襟ぐり深いし、白のレースとリボンが付いてるし)

 絶対私だったら選ばない形だと思う。リボン解いただけで、するっと脱げるってどういうことなの。この服の構造を考えたのは誰なの。

 髪をざっくりと一つの三つ編みにして、左肩から前に下ろしてる姿が、何とも心許ない。

 胸に抱き抱えていた冊子とペンを、椅子の前にあるテーブルに置く。そうして、大きく息を吸って吐いた私は、寝室に入って来る人を待ち構えた。


 ゆっくりと扉が開き、その人が入っていた瞬間、広いはずの寝室が狭く感じた。圧迫感がすごい。

 その後ろでサフィニアがお辞儀をし、扉を締めた。これで二人きり……なんだよね。思わず唾を呑み込んでしまった。

 陛下はゆっくりと私の方に歩いて来た。詰襟の白の長衣は、長袖に裾が足首まであるシンプルな形で、体格のいい陛下によく似合っている。横に入ったスリットから、同じ色のズボンが見えた。

「リゼラ」

 私は立ち上がって寝間着の裾を少しだけ上げ、頭を下げた。

「ようこそおいで下さいました、陛下」

 椅子の横に置かれたワゴンの上に、さっきサフィニア達が用意してくれたお茶セットがある。陛下が椅子に座っている間に、私は白いティーポットからお茶を注いだ。こぽこぽという軽い音と共に、赤茶色の液体が白いカップに満たされていく。

(うわ、いい香り……)

 薔薇に似た香りが立ち昇っている。どこかで嗅いだことのある匂いだ。

「どうぞ」

 トレイにカップを二つ載せてテーブルに置き、私は元の位置に座った。もちろん私の左側に座る陛下に触れないように、出来るだけ身体を右に寄せる。

 陛下は眉を顰めてカップを見ていたが、やがて顔をこちらに向けた。

「……リゼラ」

「はい」

 至近距離で見るこの人(へいか)の顔って、もはや凶器よね。彫刻みたいに整っているし、だからといって線が細い感じもしない。綺麗で男らしいってどうなのかしら。

「……先程は済まなかった。不愉快だっただろう」 

 いきなり陛下が頭を下げた。前髪が膝につく勢いだ。私はびっくりして叫んだ。

「へへへ、陛下!? 頭を上げて下さいっ!」

(どうして、この国で一番偉い人が頭下げてるのーっ!)

 そう言っても、陛下の頭は動かない。これはいけない。

「しかし」

「お願いですから!」

 懇願すると、渋々といった体で陛下が頭を上げた。あああ、心臓がバクバク言ってる。陛下に頭を下げさせる王妃……知られたら絶対歴史書に残るわ……

(一応、二人きりのはずよね!?)

 寝室は、だけど。隣の居間部分には侍女さん達が控えているだろうし、その向こうの扉の外には近衛兵さん達がいるだろうし。バレてない事を祈ろう。


「あ、あのですね。何か事情がお有りなんですよね? それぐらいは疎い私にも分かりますから、本当にお気になさらないで下さいっ!」

 陛下の表情は晴れないままだ。憂い顔も綺麗だわ、この人……

「しかし、王妃の間に「ぜっんぜん、気にしませんから!」」

 慌てて、陛下の言葉を遮ってしまった。だけど、ここまで来たら、勢いで押すしかないっ!

「この『暁の間』も素晴らしいお部屋ですし、何の不自由もありませんし、別に『王妃の間』なんかじゃなくても」

(そうそう、どうせ期間限定王妃なのだから)

「……」

「廊下で寝泊まりしろと言われれば、少し悩みますけれど、こうして後宮にもお部屋を頂けましたし、本当にお気になさらず」

 思わず力説してしまった私を見下ろす陛下の漆黒の瞳が、物言いたげに揺れた。


「それより、陛下。陛下もお忙しいでしょうから、やるべき事を済ませてしまいましょう」

(そうよね、私には使命があるんだもの)

 僅かに陛下の口端が動いた。じっと見つめてくる陛下の前で、私は冊子とペンを手に取った。

「まず、陛下の一日のご予定をお聞きしたいのですが」

 ぱちくりと目を丸くした陛下が、「何故だ?」と聞いてきた。私はこほんと咳払いをした。

「当然、陛下が今どこにいらっしゃるのかを把握するためですわ。陛下がおられては、調査が出来ませんもの」

「……」

「あと、そうですね、側近の方や主だった貴族の方への陛下の印象を教えて頂ければ」

「……」

「それから、後宮におられる側妃様達の印象も出来ればお聞かせ願えないでしょうか。男性の目から見た印象が知りたいのです」

「……」

「それと、ルイス侯爵に見せて頂きたい資料があるので、そちらのご許可も。……って、陛下?」

 何故、陛下は頭を抱えてしまったのだろう。なんだか顔色も優れない感じが。

「陛下、お疲れのようですわね。よろしければ、お茶を召し上がられませんか?」

 もしかして、忙しすぎてお腹が空いているとか? お茶だけでも飲めば、すっきりするかも。

「リゼラ……お前」

 冊子とペンを見ながら、陛下が低い声で言った。

「ここに来た理由を分かっているのだろう?」

 私は大きく頷いた。

「ええ、もちろんですわ。この後宮の秩序を正すため、力を貸して欲しいとルイス侯爵に依頼されました。私でお役に立つかどうかは分かりませんが、精一杯調査させていただきますわ!」

「調査」

「ええ! ですので、明日から王宮内を散策する許可も頂きたいのです」

 はあああ……と深い溜息が陛下の口から漏れた。肘を膝の上に乗せて、手を額に当てている陛下から、哀愁を感じるのは何故かしら。

「……くそ。この茶を出してくるから、意味が分かっているかと思ったのに……」

 ぶつぶつと陛下が何かを呟く。なんですか? と首を傾げた私に、「いや、いい……」と疲れた様子で陛下が項垂れた。

「私は何を答えればいい? 出来る限り協力はする」

 やっぱり陛下はいい方だった! 悪女の言いなりになるような、傀儡(くぐつ)ではなかった!

「ありがとうございます! ではっ」

 陛下のお言葉を嬉々として書き留めていた私は、陛下が遠い目をして口のつけられていないカップを見ていた事に気が付かなかった。



 私が冊子を閉じてペンを置いた頃、寝室に灯されていた蝋燭はすっかり短くなっていた。薄暗い中で書き留めていたせいか、目がしょぼしょぼする。

「ありがとうございます、陛下。こんなに遅くまで」

「いや……」

 やつれた感のある陛下を見て、若干良心が痛んだけれど、色々と重要なお話も聞けたし有意義だった、と私は内心ほくほく顔だった。

(まあ、ベラミー男爵令嬢の事は直接聞けなかったけど)

 そこは礼儀? というもので。陛下も何だか聞いて欲しくなさげだったから、つい避けてしまったのよね。

(他の側室さん達の事は聞けたし、その辺りから調査かしら)

 一息つくと、何だか喉がからからに乾いていた。質問に熱中し過ぎたみたい。

(冷めてしまったけど、まあいいわよね)

 手を伸ばしてカップを取り、ごくごくと一気に中身を飲み干した。ほんのり甘い味がする。乾いた喉に、潤いが回っていく。

「リゼラっ、その茶は!」 

「え?」

 陛下が私の指からカップを奪い取った。ほとんど残っていないカップを見て、頬を引き攣らせた陛下は、がしゃんと音を立ててカップをソーサーの上に置いた。

「リゼラ、大丈夫なのか!?」

 両肩を掴まれた私は、焦った様子の陛下を見上げた。

「ふえ? 大丈夫で……?」

 ぐらん

(あ、れ……?)

 陛下が二人に見える。どうしたんだろう。

(二人になっても、陛下、綺麗よね……)

 なんだか、身体が揺れているような……気が……

「リゼラっ……!」

 大きな手が、よろめく私を支えてくれた。陛下が他にも何か言っていたような気はしたけれど、そこで意識を手放してしまった私には、もう聞こえなかった。



「ん……?」

 ゆっくり目を開けると、白いレースから透けて見える光が見えた。何だかふかふかで温かいものに包まれてる。そのままぼんやりしていたら、「王妃様、目を覚まされましたか?」と問い掛ける声がした。

 声がした方に顔を向けると、レースを開けてこちらを見ているサフィニアがいた。その後ろでエリンがワゴンを押して立っている。

「おはようございます、王妃様。朝食になさいますか?」

「サフィニア、エリン……? あれ?」

 その時点でぱっと昨夜の事が頭に蘇った私は、がばっと上半身を起こした。広い天蓋ベッドの中、私は一人だった。部屋はもう、すっかり明るくなっている。


「私、陛下の前で寝てしまったの!?」

 なんて失礼な事をしてしまったんだろう。聞き取り調査が終わった途端に、寝てしまうなんて。あああ、と頭を抱える私に、サフィニアが「これをご覧になって下さい!」と満面の笑みで私の目の前に差し出したのは。

「――薔薇の花?」

 大ぶりな一輪の薔薇は、日の光のような、明るい檸檬(れもん)の色だった。天鵞絨(ビロード)みたいな花びらが、何層も巻いている。ふわりといい香りが漂ってきた。こんな色の薔薇って見た事がない……

「これは、王家の花園にしか咲かないと言われている、日の薔薇ですわ! 幾種類もある薔薇の中でも、特に珍しい色ですの。わざわざ陛下が薔薇園から持ち出して下さったとか」

「え」

 そんな高級薔薇をどうして私に。疑問符で頭の中が一杯な私を尻目に、満面の笑みを浮かべたサフィニアが衝撃の発言をした。

「それはもちろん、陛下が王妃様との一夜に感謝している、という証ですわ!」

「ぶっ!?」

 思わずむせてしまった。一夜!? 一夜って何!? 

「今まで陛下は後宮に泊まられた事などなく、側室の部屋にも滅多にお出でになりませんでした。それなのに、『暁の間』にはすぐいらっしゃって、『王の間』に戻られたのも明け方だったと聞きましたわ! さすがは王妃様です!」

「明け方!?」

 よくよく観察してみると、二つ並んだ大きな枕には、確かに使った後が残っている。

「え? えええ!? どういう事なの!?」

 何も覚えてない。陛下、ここで寝たの!?


 ふとエリンを見ると、彼女はうるうると涙ぐんでいた。右手で涙を拭き拭き、エリンが叫ぶ。

「良かったです……陛下がリゼラ様の事をお気に召して下さって! これでようやく、ロゼリア様という呪縛から逃れられたのですねっ!」

「呪縛って」

(そんな風には思っていないのだけど)

 私の事は、丸ごと無視されたまま話が進んでいく。サフィニアとエリンは手に手を取って、今にもぴょんぴょんと跳ねそうね勢いだ。

「そうですよ、これからは王妃様の時代です! さあ、私達も気合を入れますわよ!」

「はい、サフィニア様!」

「王妃様は陛下のご寵愛を受けられた。この事が王宮中に知れ渡るのも時間の問題。さあ私達も大っぴらに宣伝しますよ!」

「はい!」

「えええええーっ!?」


「さあ、この薔薇を花瓶に生けませんとね!」とサフィニアは鼻歌を歌いながら立ち去るし、エリンはパンやサラダが載った銀色トレイを私の前に置いて、「さ、朝食にしましょうね。昨夜はお疲れでしょうから」と意味深な笑顔を向けてくるし!

(ちょっと待ってーっ!)

 ご寵愛って。宣伝って。昨日は取り調べしかしてませんーっ!

 ……という、私の心の叫びは、二人に聞こえるはずもなく。もうにやにや笑いが恥ずかしすぎて、頬が熱いわっ。

(一体何がどうしてこうなったの!?)

 痛む頭を抱えながら、「とりあえず栄養補給しないと……」と思った私は溜息をついた後、柔らかなパンに手を伸ばしたのだった。

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