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期間限定王妃、考察する

 私がサフィニアと暁の間に戻って来た時、空には細い線のような三日月が昇っていた。


「信じられませんわ! こんな屈辱っ……!!」

 『暁の間』の居間で、ぷりぷりと怒る侍女エリンの入れた紅茶を飲みながら、私はコルセットから解放された自由を噛みしめていた。

(舞踏会ではぎゅうぎゅうに絞められてたから、夕食を食べ損ねた……)


 ディアナ嬢とのあれこれからすぐ、私は気分が悪くなったフリをして煌びやかな大広間を退出した。いつの間にか私の傍に立っていたサフィニアに支えられ、足元よろける演技付きでの退場だ。

 廊下ですれ違う侍女や侍従、そして貴族達の視線が、やたらと生温かった。『王にないがしろにされ、側室に虐められた悲劇の王妃』と噂される日も近いかもしれない。

(それなら、人前に出ない理由も出来るわよね)

 せっかく嫁いできたのに馬鹿にされたと落胆し、後宮に引っ込んで出てこない王妃。よし、理由としては十分だ。これで動きやすくなった。

(さっきはかなり厚化粧してたし、お化粧を落とした顔は皆分からないはず)

 私の地味さを舐めてはいけない。壁や空気に紛れて、存在感を消すのは得意中の得意だ。ここでもその能力を発揮できるはず。


 そんな事を思っていた私を『暁の間』で出迎えてくれたのが、ヴェルシュタイン家から一緒に来てくれた侍女のエリンだ。王宮侍女と同じ紺色のドレスを着ている彼女は、私付きの侍女になって十年、私の好みを熟知している頼れる相棒。エリンは私の顔を見るなり、他の侍女たちと協力して戦闘装備を外してくれ、ゆっくりお風呂に入れてくれ、家から持ってきたゆったりドレスを着せてくれ――そして私が大好きなオレンジティーを用意してくれた。

 薔薇の花が散った布張りのソファに腰かけてティータイム。エリンがおかわりを注いでくれている間に、サフィニアが銀色ワゴンから綺麗なケーキを取り分け、私の目の前の白いテーブルに置いてくれた。薔薇の形をした飴細工に滑らかな白いクリーム、そして真っ赤なベリー。すごいわね、王宮料理人。

「美味しい! 細工も細かくてさすがよねえ」

 一口食べてみると、クリームが蕩けて、ふわふわのスポンジと一体化している。フルーツの程よい甘みと酸味がアクセントになっていて、すっと溶けるような味わいだ。

 ケーキの隣には薄く切ったパンに卵や薄切り肉を載せた軽食も置いてある。こちらも口にすると、程良い塩気が美味しかった。


 ぱくぱくと食する私の傍で、エリンが尖った声で言った。

「リゼラ様は呑気過ぎます! 是非にと乞われてあり得ない短期間で王宮に上がられたのに、こんな仕打ちを受けるなんて!」

 壁際に控えている他の侍女たちもうんうんと頷いている。そう、王妃決定から王宮に上がるまで、半年から一年以上掛かるのが普通なのだけど。今回は早急にって事で、ルイス侯爵が我が家に来られてから半月ぐらいしか経っていないのよね。どうしてもって言われて、支度全部あちら持ち、王妃としての教育も同時進行ということで、半ば強引に王宮入り。

(ロゼリアが戻ってくる時間もなかったわ……後で説明しないと)

 美貌の妹ロゼリアは今、諸国を旅している。一ヶ月かけてあちこち回り、貴族の女性達に美容術や化粧術を伝授するという商い中だ。今回の災害対策で、少しでも売り上げの足しになるようにと、私が彼女を送り出したのだ。ロゼリアが使った、というだけで、爆発的に化粧品が売れるのだから。

(伝令を頼んだけれど、すぐには戻って来れないわよねえ)


 ――ああ、「何勝手な事してるの、お姉様っ!」って怒鳴るロゼリアが目に浮かぶ。


 でも、仕方ないわよね。時間がなくて結婚式の用意も出来なかったから、結婚誓約書に署名して、さっきの主だった貴族達を招いた舞踏会でひとまず代用?って形になったぐらいだし。まあ一年だけの王妃なら、諸外国の重鎮招いての式なんて不要で、舞踏会だけで十分と思っていたところだから、これで良かったのだけど。


 だけど――


 ――側室の中でも身分の低い男爵令嬢を、事もあろうに『王妃の間』に侍らせている。しかも王妃が嫁いできたというのに、追い出す気配もない――


(うん、なかなかに状況は重い)

 白いティーポットを持ったエリンは、彼女の夕日色の髪より顔を真っ赤にしている。舞踏会での出来事?をサフィニアから聞いたエリンは、自分の主人が馬鹿にされた!と憤っているのだろう。その主人本人は、全く平気なのだけれど。

「――もうお分かりだとは思いますが」

 こほんと咳払いをしたサフィニアが、姿勢を正して話し始めた。

「本来王妃様がおられるべき『王妃の間』――ここにさる御方がおられる事から、ここ『暁の間』を急遽王妃様の部屋といたしました。入口から一番近い位置にあるこの部屋は、元々……」

 私はフォークを置いて、言いにくそうなサフィニアの後を継いだ。

「本来なら、ここがリリティス=ベラミー男爵令嬢がいるはずの部屋なんじゃないかしら。場所的には一番身分の低い側室が入るところだと思うし」

 薔薇の模様の壁紙に、白い猫足の家具、ふかふかのソファに天蓋付きのベッド、十分豪勢なんだけど、「入口に近い」という事は、襲撃があった時に真っ先に犠牲になるという事だ。おそらく一番奥の部屋にディアナ嬢がいて、「私は絶対ここから出ません!」ぐらい言ったのじゃないかなあ。あ、彼女なら言いそう。


 サフィニアがふうと溜息をついた。

「……やはりお見通しでしたか。さすがは当代一の才女と名高い御方ですわ。ええ、ここはベラミー嬢が入るはずだった部屋ですの」

「まあ! なんて事!」

 エリンの眼が更に吊り上がった。私は、まあまあとエリンを宥めた。

「まずサフィニアの話を聞きましょう」

「……はい」

 悔しそうな顔をしたエリンが引き下がると、私はサフィニアに続きを促す。

「今、この後宮におられる側室は三名。ディアナ=ロードフィールド公爵令嬢、リリアナ=ダルドー子爵令嬢、そしてカメリア=イビオス伯爵令嬢ですわ。お三方とも、後宮に来られたのは半年前の事です。いつまで経っても王妃を娶らない陛下に、業を煮やした貴族達がそれぞれ贔屓にしている令嬢を送り込んだという訳ですわ」


 リリアナ=ダルドー子爵令嬢。ダルドー子爵領は確か馬の名産地で、王宮の厩舎にいる馬のほとんどがダルドー産だったはず。

 カメリア=イビオス伯爵令嬢。イビオス伯爵家は、シェルニアと繋がりが深かったわよね。シェルニアとの関係が悪くなる前に、かの王族の血を引く姫を何代か前の当主が娶ったんじゃなかったかしら。

 そして、ディアナ=ロードフィールド公爵令嬢。権力的には彼女が一番上になるわね。ロードフィールド公爵家といえば、何人もの王妃を輩出している筆頭公爵家として有名だし。


(三人とも有力どころの貴族令嬢よね。王妃候補になってもおかしくないわ)

「ところが陛下は後宮に全く寄り付かず、側妃様に会う事すら滅多になさらなかったのです。そこで焦った貴族の一人が送り込んできたのが――ベラミー男爵令嬢でした」

 少し毛色の変わった令嬢を入れると噂がありましたけれど、とサフィニアが説明する。

「そのベラミー男爵令嬢が後宮に入るや否や、陛下はかの御方に『王妃の間』をお与えになり……当然、ベラミー男爵の周囲の貴族は、我が春が来たかと色めき立ちましたが」

「……そんな風にはならなかったって事ね」

 陛下の黒い瞳が目に浮かんだ。あれは自分の意志をはっきりと持った目だった。女の色香に惑われている男の瞳じゃない。

(ロゼリアの周囲の男性と全然目が違ったもの)

 頭の中に花が咲いた男性達。ぼーっと見とれる視線はとっくに見慣れている。ロゼリアが一声話し掛けただけで、気を失ってしまう貴族もいたわねえ。

「その通りでございます。陛下は男爵に令嬢と連絡を取る事を禁じ、かの御方は『王妃の間』から一歩も外に出る事もなく――そのまま三ヶ月が過ぎたという訳です。その間に男爵が利益を得たなどという事もなく、期待した皆さまは肩透かしを食らったようだと噂になりましたわ」

「そう」

 

 ――そなたに言わなければいけない事が


 あの時、陛下は何を言おうとしてたの? やっぱりベラミー男爵令嬢の事?

 私を見下ろす漆黒の瞳。瞳と同じ色の艶やかな髪。神話に出てくる戦闘神のような見事な体躯。堂々とした王者たる雰囲気を身に纏った陛下は、どう見ても誰かの言いなりになる御方ではなかった。

(……何が言いたかったんだろう)

 考えても分からないよね、と悟った私はソファから立ち上がり、ベッドの横に置いてある実家から持って来た革張りの鞄に近付いた。

「えーっと……ああ、あったあった」

 ごそごそと取り出したのは、片手に乗るのるぐらいの小さな冊子とインク壺付きのペン。それを持ってもう一度ソファに座り、要点を冊子に書き留めていく。

「明日ルイス侯爵に会って、後宮の収支決算書を見せてもらって、それから」

 私を見下ろすエリンから硬い声が聞こえた。

「……リゼラ様。まさかとは思いますが」

 エリンを見上げると、彼女の眉間に皺が寄っていた。

「直々にお調べになるつもりですか?」

 私はふっふっふと含み笑いをした。メモと足は調査の基本よ。

「当たり前じゃない。私はそのために来たんだから」

 胸を張る私に、エリンはうううと呻き声を上げ、サフィニアは「さすがですわ、王妃様!」と感極まったような表情を浮かべた。   

「私共もご協力いたしますとも。王妃様のためなら、犬にでもなりますわ。ええ、あのような者達に後宮を乗っ取られてたまるものですか!」

 ぐっと拳を握るサフィニアの視線が怖い。

「いえ、別に犬にならなくても」

「いいえ! 今の後宮をそのままにはしておけません! 王妃様には是非とも『王妃の間』に移っていただかなくてはっ!」

 エリンがぱっとサフィニアに近付く。

「サフィニア様、私もお力になりますわ。力を合わせて、リゼラ様を正当な王妃の座に!」

「ええ!」

 がっちりと握手するエリンとサフィニア。そこまで盛り上がらなくてもいいのだけれど。そんな風に思っていたら、突然扉を叩く音がした。

 サフィニアが扉に向かい、薄く開けた扉の向こうの誰かと話をする。やがて扉を閉めたサフィニアが、「おおお、王妃様っ!」と私の元にすっ飛んできた。


「陛下が、陛下が『暁の間』にいらっしゃるそうですわ! さすがは王妃様! この三ヶ月、後宮に足も踏み入れていない陛下が!」

「へ?」

 私が目を丸くしている間に、「本当ですか、サフィニア様! 陛下がお出でになると!?」とエリンも頬を紅潮させて叫んだ。

「あの、挨拶に来られるだけじゃ」

 私の言葉を無視して、サフィニアがエリンに指示を出す。

「さっそく準備をしなくては! エリンとマチルダは王妃様の支度を手伝いなさい。他の皆は私の指示で寝室の準備を!」

「「「「はいっ」」」」 

 がしっ

「え、え……えええっ!? エリン!?」

 いきなりエリンに左腕を取られた私は、強制的に立ち上がらされた。右腕も、マチルダと呼ばれた侍女に取られてしまう。

「さ! 一番お美しいリゼラ様を陛下に見て頂きますよ! こちらにいらしてくださいっ! ヴェルシュタインから化粧品も香水も持ってきております!」

「ええええええっ!?」

 ――そのまま私は衣装を置いた小部屋に連行される羽目に。あれやこれやと着せ替え人形になったあげく――「え、この恰好で陛下と会うの!?」と思わず叫んだ、今まで着た事のない寝間着に着替えさせられたのだった。

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