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白昼夢の呼吸


ご無沙汰してました。



そのとき、夢を見ていたのではないかと思う。


熱のせいか、霞のかかった視界のなかでも、突然夜が訪れたのを感じた。

明かりの灯っていない部屋が一瞬で暗闇に転じ、一気に不安の波が溢れ出る。

ベッドに体を凭れながら、緩慢な動きで窓を見上げたとき、シャルティナは息を呑んだ。


人一人はくぐれるほどの大きな窓に、巨体の男が覗き込んでいたのだ。


「・・・おじい・・・さま・・・?」


太陽のように明るい豪胆な祖父が、変わらない笑顔でシャルティナに頷き返すのを唖然として見上げる。

自然と溢れた涙で姿が水の中に消えていくのを止めようとして、瞬きをしたときだ。


まさに瞬き一つの間に、大好きな人の姿は消えた。


代わりに、黒髪の仮面の騎士がそこから身を屈めさせていたのだ。

シンプルなシルバーの仮面は目元だけを隠し、筋の通る鼻筋と薄い唇が絶妙なバランスで涼やかな輪郭を象っている。

目に頬に涙の跡を散らせて、目を丸くさせる少女を見て、彼の人は露出している口元を僅かに緩ませる。

そして、ゆっくりと手を差し伸べたのだ。

あの時、あの舞踏会の夜に別れた時、惜しむようにして伸ばされた腕を思い出す。

同時に、誰もが憧れる黒髪の人物の来訪をマースが口にしていたことに気付いたとき、思わず顔を覆ってしゃっくりあげた。


「・・・・・・ごめっん・・・なさい・・・・・・」


思い出は、あの美しい出会いと、優しい達筆の文字だけ。

けれど、それを思うたびに溢れ出すのは甘くて切ない恋心と、同じくらいに胸を締め付ける外への渇望。

手紙を贈るたびに、自分を偽って、相手に偽った。

けれどそれは、自分自身に願いの刃をいくつも向けていたようなものだ。

いつかは、と願いを込めた嘘の綻びが生まれる。

祖父との約束が果たされることを望んで生まれた希望の嘘だった。

夢だった。

しかし、祖父がいなくなった今は、ただの嘘となった。

嘘で固めたドレスの糸が、風で巻き上げられて、裸のシャルティナが残る。

情けなくて惨めで、泣くしかできない。

顔を合わせることができずに、くぐもった声で何度も謝った。


「、うそっ、でした・・・・・・私は、ずっとここにいるの・・・・・」


どこにも行けない。走ることができない。立って、何もすることができない。

悲鳴のような懺悔は、余計に自分の全てを思い知らせる。

先ほどの優しい幻が、現実との差を見せつけた。


祖父はいない。

自分を連れ出してくれる人は、もういない。


頭がしびれるほどの悲しみと胸が貫かれたような苦しみに、呼吸ができなくなって、何度も息を吸おうとする。

それでも苦しさは消えなくて、ただ心臓の音ばかりが早くなってきた。

悲しみで死ぬのなら、もうここで限界だろう。

最近で、何度苦しんだかわからない。

もう、大切な人を失うのはいやだ。

終わりたい。

こんな自分も。


「・・・・・・ッ、」


そっと、くちびるに優しいぬくもりが触れた。

首裏に、背中に、自分を支えるものが触れて、そして顎を上にそらされると、呼吸が肺に落とされた。


「ゆっくり、息を」


聞こえた言葉通りに、背中を撫でる動きにあわせて息を吐いて、そして吸う。

何度目かの繰り返しのあとに、再びくちびるに暖かさが触れた。

優しい、触れるだけのそれに、目を閉じたまま手を伸ばすと、硬い艶のあるものにあたって、次に細やかな髪に指が絡む。

震えながらも指を滑らせると、引き締まった弾力のある頬に行き着いた。


暗転しそうな意識の中で、無理やり瞼を持ち上げると、シルバーの仮面が至近距離で少女を見返していた。


「叶えようか。その夢」


まるで、悪魔の囁きだなと思った。

願いを叶えるのと引換えに、魂を売るようだ。

それでもいいと思った。

希望の野原を裸足で駆けることができるのなら、悪魔にでも何にでも、全てを捧げよう。


呼吸のように掠れた声で、返事をしたあとは、もうシャルティナの目は閉じられていた。




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