表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

侯爵家の10時のおやつ





昨夜の、夢のような出来事から一晩開け、姉妹たちから舞踏会の話を聞かされても、未だに頭がポーッとしている。

心配そうに顔を覗き込んだのは六歳上の姉上。一つ上の姉上は、私の様子に構わず、得意げに話を続けてる。二歳下の妹は、怪訝な顔をしながらも、始めての社交界デビューに興奮気味だ。

いつもの私なら、パーティの話に食いついたところだけれども、そんなことよりも昨日の出会いの方がずっと特別なことだと思う。

けれど、それを口にしてしまうなんて、なんだか勿体無い気がして、いつもよりも口数少なめにティータイムに参加している。


「シャルティナお姉さま、お疲れなの?」

「え?そんなことないわ」

「なら、先ほどからクッキーに手をつけないのはどうして?食欲がない?」


妹のアリエスに言われてハッとする。

確かに。食欲がない。

むしろ、胸がいっぱいで……

もしかしてこれが恋煩い!?

私ってば、なんていたいけな乙女かしら!


頬に手を当てて内心キャーキャーしていると、正面にいた二番目の姉上であるミリーシャが指を突きつけて来た。


「わたくしの話を聞く気がないなら、さっさと部屋に戻ってしまいなさい」

「そんな言い方ってないです。ティナ?午後のお稽古はお休みにしますか?」


最年長のエリザが、ミリーシャの指を抑え付ける。

ティナ、とは屋敷での私の愛称だ。

マースだけはシャルと呼ぶけれども、それじゃあ令嬢らしくない、というのがエリザの見解。


「ティナにはすぐ甘い顔をして!お姉さまがそんなだから、なかなか嫁ぎにいけないんですわ!」


ミリーシャは口が過ぎる。

言い切ったあとに、顔を青ざめても出た言葉は戻らない。

私とアリエスもサーっと身を低くする。


「……私が嫁ぎにいけないのが…なんですか?」


地を這うような声とはこのことだ。

妹とすぐ視線を通わせて、車椅子に座ったまま静かにその場を離れると、可愛いその子が引いてくれた。

ミリーシャが助けを乞うように見て来たけど、自分の身が一番可愛いのだ。身から出た錆は甘んじて受けてくれとも。









アリエスに押されるまま、廊下を行くと慌ただしく女中が掛けて来た。


「お嬢様方!アルディン老公がお見えです」


お爺さまだ!!

満面の笑顔で妹と顔を見合わせたが、人見知りの彼女は眉にシワを寄せて嫌悪感を露わにしている。

この屋敷じゃあ、だいたいはみんながこんな反応なのだ。


来賓室にノックをして、扉をくぐるとすぐに、体が高く高く持ち上げられた。


「ふあっ!」

「ティナー!!可愛いティナ!大きくなったな!ぬしに土産話をぎょーさん持ってきたぞ!ぬぬ!少し痩せたか?しかと飯は食らうてるか!?わしの孫たるもの、風邪も入り込む隙をつくるな!」


こんがり小麦色の肌は筋肉隆々、大柄で強面のくせに、笑顔は弾けんばかりに明るい。

天井により近い高さまで私を持ち上げた、お揃いの琥珀色の髪が眩しい老人。


「今年に入って一度も風邪はひいてないの!お爺さまのお土産のおかげよ」

「そうかそうか!ガハハハハ!!」


ジャングルとかサバイバルとかが似合うこんな人でも、かつては伯爵の位にいたのだ。

戦争ではドラゴンも慄く拳闘士だったと聞かされている。もちろん本人に。


「そこにおるのはアリエスかの?ぬしも高い高いしてやろう。ほれ来るんじゃ」

「……」

「アリエスはお爺さまが怖いって」


一言も発せず扉の影にいる妹の気持ちを代弁すれば、お爺さまの肩ががっくりと落ちる。

しかし、太い腕はまだ私を抱えたままだ。

椅子よりも安定感がすごい。


「…アリエスは内向的じゃの…父親そっくりじゃい」

「え?お父さまが?」


城へ勤めに出た厳格な父を思い浮かべて、首を捻る。

いつもしかめっ面をしていて、冗談も無駄話も言わない、むしろトイレに流してしまえ控えおろうなあのお父さまが内向的?

アリエスに似てるお父さま……むむむ…分からない。


「他の嬢たちは元気かの?」

「元気よ。でも、ミリーシャったら、お姉さまを怒らせちゃって」

「エリザは母親に似て、怒ると怖いからのォ…」


それから、ようやくフカフカのソファに降ろしてもらい、私の影に出来るだけ入ろうとするアリエスと向かい合って、お爺さまが腰掛ける。

三人分の席なのに、お爺さまが座ると窮屈そうだ。


「ぬしの父親に先に言わねばならんことだが…戦に出ることになった」

「え!?」


今は隠居と称して、世界を旅して回っており、屋敷に戻るのは一年に一度あるかないか…前回会ったときは三年振りの帰郷だったくらいだ。

もっと酷い時は、20年近く放浪していたこともあるらしい。


「お城から、要請があったの?」

「それもあるが、前々からぬしらの父親に説得されていたのじゃよ」


戦とは、隣国とこの国の領地や資源をめぐる争いだ。

実に100年続いている宿敵だ。


「……帝国の、支援が…滞ってるんでしょう?」


ボソリ、とアリエスが呟く。

帝国は、この国と海を挟んだ先の大陸にある。長年鎖国し続けていたが、前々国王による本国との協定を境にして貿易のやり取りや、間接的な戦の支援をしてくれている。

帝国の実体は、誰も知らず、謎に包まれており、東にある港だけが彼ら唯一の入国の入り口だ。


「よく知っとるな!感心じゃ!」


帝国の支援と、お爺さまの出兵がなんの関わりがあるのか理解できない。

兵士が足りないとか、隣国に圧され気味というならわかるが。


「ティナはまだ世間知らずじゃのォ」


余計なお世話よー

頬を膨らませた私を豪快に笑い飛ばし、お爺さまは説明してくれた。


「帝国の支援とは、ドラゴンの借用じゃ!ドラゴン無くして隣国を堕とすのは骨じゃよ。

手綱の取れるドラゴンはまた稀なのはわかるじゃろう?特に、この国でドラゴンライダーは希少じゃ」


お爺さまはドラゴンライダーだ。

ドラゴンライダーとは、ドラゴンが認めた人間のこと。ドラゴンは、認めた人間しか背中に乗せない生物だ。

故に、帝国のドラゴンライダーが手を引けば、多大な軍事力を失うことになる。


「どうして?帝国とは協定を結んでるんじゃないの?」

「ぬ、わしは政治なぞ知らん。ぬしの父親なら知ってるだろうが」

「お父さまはぜっっったいに言わないわ!」


お爺さまは、女中が持って来てくれた紅茶を、乱暴に口に含んで舌を出した。

熱かったらしい。


「あやつは、不器用で過保護じゃからの」


不器用?過保護?

効率を優先させて、なんでも器用にこなしているように見えるけれど、お爺さまにはそうは見えないのかな。

過保護なんてことはまずない。


「お爺さまが戦なんて……嫌よ」

「なに、戦に出た者全てが死ぬわけもなし!わしの血も騒ぐというもの!」

「でも、でも、戦に出たら、次はいつ帰って来れるの?」

「世界の果てに行くよりは近いうちに戻れる!ガハハハハ!」

「そっか!確かに!アハハハハ!」


隣のアリエスから、似たもの同士、と悪態を吐かれたけれど、私にとっては褒め言葉だ。

部屋に満ちる笑の声は、扉から吹き込んできた冷風に萎み、消えた。


「前振りもなく帰郷するのはお辞め下さいと、以前もお願いしましたね?老公」


私とお爺さまと同じ琥珀色の髪。

お姉さまと妹の髪はみんなお母さま譲りの青色なため、その人物が扉の隙間から頭部だけを覗かせていても、誰なのかすぐに知ることができる。


お父さまが帰って来られた…。









誤字報告、感想、苦情歓迎です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ