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言い伝えのある村2






白いシーツのシワを両手でパンっと伸ばす。力は弱すぎてもダメだし、もちろん強すぎては布を悪くしてしまうため、程よい加減が必要だ。

両足のかかとを上げて、腕を精一杯伸ばしながら、物干し竿に布を掛けた。

ようやく一枚を干し終えて、フッと一息つけば、風に煽られたシーツが捲り上がる。


「わっ!だめ!」


抑えるために踏み出そうとした足が足元のカゴに躓いて、体のバランスが崩れる。洗い立てのシーツを巻き込んで地面に倒れそうになった。

目をつぶって衝撃に備えたが、自分が怪我をすることも、シーツを汚してしまうこともなかった。


「……シャル、それはあなたの仕事じゃないですって、言いましたよね」


呆れた声が降ってきて、シャルティナは顔をその体に伏せたまま口元を緩めた。


「だって、じっとしてられないの」


肩と背中に回る腕の暖かさと比例して、心も温かいものでで満ちた。

それを全身で伝えたい一心で、相手の顔を見上げてはにかんだ。


「歩けるってなってからずっと、じっとするのがもったいなくて」


見上げた先のその顔は、目元がシルバーの仮面で隠されていた。

相手の表情は、読み取れないはずなのに、彼がどう感じているのかがわかっていた。


「なら、好きにしてください」


突き放す言葉ではなくて、それを心から望む言葉。











シャルティナが湖に落ちて流され、そのあと森の中の辺境の村で再会できたのは5日前のことだった。

あの時二人を取り囲んだ者たちは、この村の住人で、森を通る商人や旅人をああやって脅迫して、物をせびっていたいたらしい。

あの場にいたリーダー格の男曰く、一度、貴族と遭遇した時に見てくれで命を取られると勘違いされたらしく、かなりの金品を置いていったとか。

それから味を占めて、あれを続けてしまっているらしい。


今思えば、シャルティナも顔が怖かっただけだと気づく。あと、声と武器も怖かった。

もしかすると、逃げる条件としてはそれだけで十分かもしれない。


今、二人はシャルティナを拾ってくれた神官のもとで療養していた。

というのも、その出来事からどういうわけか、今まで微動だにしなかった彼女の足が動いたからだ。


「歩くのは、慣れましたか」


素足のそれを仮面の向こうから一瞥し、体をゆっくり支えてやる。

シャルティナはその手から離れて両足で立ち上がれば、いたずらな子供のように歯を見せて笑った。


「もう全然問題ないのよ。ほら」


そういうと、くるりとその場で回った。

長い髪が体に合わせて動き、羽が舞うように見える。


「サシャが靴をあげたでしょう?なぜ、何も履いてないんですか」

「うーん、もったいなくて!」

「何を」

「草はらを、裸足で歩く感覚が好きなの」


窓の外で、本の中で、自分には届かない場所で、みんな好き勝手に走り回っていた。

岩を踏む感覚も、木の幹に足をかける感覚も、駆け出して転んでしまう感覚も、全てが新鮮でわくわくさせる。

いつか、きっとと思って願うことはなかった。

生まれつき歩けないのだと言われていたから、こうして背伸びして躓くことも、誰かに抱きとめられることもないと思っていた。


「シャル、午後は雨ですよ。干すのは明日にしたらいい」

「どうしてそれがわかるの」

「風に時化た匂いがしてるんです」


ふわりと体が肩に担がれる。

自分で歩くと言い張っても、家の中までだ、と返される。


「未来の天気がわかるなんて、ドラゴンと同じなのね」

「まあ、そうだな。似たようなもんかもしれない」


時々、彼は本気なのか冗談なのかも言い得ないことを言う。

笑うところか、突っ込むところか迷いながら、王子はドラゴンライダーでしょう、と返した。


「くく、そうでしたね」


煮え切らないまま、椅子の上に座らせられて、清い布で足を拭われる。

足を汚すと言うことをしないから、こういうことも初めてだ。

午後は彼の言う通り、雨雲が空を覆った。


「雷は、ならないよね」

「そこまでは、ないんじゃないでしょうか」


そのあと、雨雲とともに、家を訪れたのは頭に赤布を巻いた男だった。

木製の頑丈な扉を蹴り破る勢いで飛び込んできて早々に、仮面の男から冷ややかなにも、ため息を吐かれた。


「嬢ちゃん!元気そうだな!」


大きな体に大きな声。敵意を向けられた時は、本当に恐怖しかなかったのだが、明朗としていて活気のあることは苦手ではない。


「熱は下がったか?」

「もう3日前にさがったわ。昨日も来たでしょう」

「顔色がいつも悪そうでよ」

「え?本当に?メディウス様、わたし…」


頬に手を当てて、仮面の男へと顔を向けると、そっと前髪を払われて近い距離から表情を覗き込まれた。

鼻が擦れ合うんじゃないかっていうほどの近さに、心臓が大きく脈打った。

それから、そっと耳元に唇が寄せられて、


「その名前は、ここでは口にしないようにと、言ったはずですが」


囁かれた。

くすぐったいのと、恥ずかしいのとで体を強張らせてしまう。

頷くことも、言葉を返すこともできないうちに、顔が遠ざかって、飄々と彼は言う。


「シャルは、白すぎなんです。もっと日焼けしてもいいかもしれませんね」


パッと顔が熱くなった。

鏡で見ずとも今自分は真っ赤になってると自覚する。

それが自前なのかーと、感心する男声は耳にも入らない。


「そ、それより、ジェイってばどうかしたの」

「ジェイじゃなくて、ジャンだって言ってんだけどな」


慌てて話をそらしたせいで、また彼の名を間違ってしまった。

謝罪するシャルティナに笑って受け流せば、懐から袋を取り出した。


「森の中で奇妙なのを拾ってな」


チャリ、という小銭がこすれる音と、それよりも大きな何かがもぞもぞとその中で蠢く。


「盗賊まがいなことができないからと、珍獣でも捕まえて売る気か?」

「お、よくわかったな!近ごろ、王兵がうろうろしやがっててよ」

「ジャンたちを捕まえにきたのかしら」

「盗賊まがいといっても、盗賊と変わりないしな」

「何言ってんだ!」


どーんと胸を張ると同時に、男は言い切る。


「金品は盗ってねえ!命も取らねえ!物はみんな置いてってもらってんだからよ」

「頭は悪そうだが、そうでもないんだな」

「まあな!がっははは!」


褒められてはいないことには気づかない様子。

シャルティナは、男の主張よりも袋の中の方が気になって指先でそれを突いている。


「何か、鳴いてるわ」


ようやく男が大きな手のひらで、袋の紐を緩めれば、まず飛び出たのはふわふわの尻尾。





「っきーーー!おれは珍獣じゃねーーー!癒し系小動物だ!見てわかるだろ!!」





「ほら、喋るリス!すげーだろ」


誇らしげな男へ脇目も振らずに、シャルティナはそのシマリスを両手で掴み取った。

5日前、塔から走って行ってしまった小さな友だちに瓜二つ。


「ぎゃーー!!離せ!おれは探してる奴がいるんだよ!!こんなところで捕まってるわけにゃいかねーんだ!!」


いや、こんなに饒舌に人の言葉を話すシマリスなんてなかなかいるもんじゃない。

ぎゅっと目をつむって暴れている小動物を、シャルティナは胸にだきよせた。


「マース!!すごい!マースだわ」

「そうだ!おれ様はワイルドで野性的だが、野良じゃねえぞ!立派なマースっていう名前がって、……うおーーーー!!」


本当に騒がしい珍獣だと、仮面の向こうで目を丸くしている男をよそに、親友の二人が辺境の地で、再会を果たした。

シマリス本人もびっくりなほどに、あっけない再会である。

















この珍獣がいないと、ラヴは書けない

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