黄金の湖2
見たことのない人たちに、初めて見る武器。
それと、初めて目の当たりにする緊迫した空気に、心臓が痛いくらい脈をうっている。
短いナイフで相手の弓を弾いた仮面の男は、自身のマントを剥いでシャルティナに被せながら、毅然とした態度だ。
「この森を荒らすつもりはない。俺たちは駆け落ちして互いの家から追放されたんだ」
少女の方は、男の背中に庇われているにもかかわらず、頭から布の中に隠れてもなお身を震えさせる。
父や姉からの説教も怖いが、赤の他人に脅されるのはもっと恐ろしいことを知った。
ずりずりと、腕の力で後退する。あの恐ろしい目をしている人たちから今すぐ離れたい。
「おい、娘!その泉に近づくな!」
赤の麻布を頭に巻いた男が弓矢を構えた。
彼が手を離した瞬間、死ぬのだ。
祖父は、あれで刺されて死んだのだ……。
突然、目の前に光景が現れた。
見たことのない大きな機械が褐色のドラゴンを傷付け、祖父は背中から振り落とされた。
地面で多くの鎧の兵士をなぎ倒すも、遠方からの射撃で膝をつく。
息も絶え絶え、ドラゴンの力も弱まってきて、立て続けての矢の雨を避けることができなかった。
一人の男が、背中から矢を生やして膝をつく祖父へ、剣を振り落とした。
「キャァァーーー!!」
視界が真っ赤に染まる。
これ以上ないくらいに、心臓の音が大きくなって、激しく首を振った。
映像は消えない。
倒れた祖父の体に、トドメとばかりにたくさんの剣が突き刺さる。
胸が苦しくなる。喉が張り付いて、熱い何かがせり上がってくるようだ。
ーー ドクンッ
手を伸ばしたいのに、そばいきたいのに、体は動かない。
お願い!何でもする、言うことを聞くから、わたしからその人を奪わないで!!
ーー ドクンッ
今度は剣が、こちらに向いた。
血で染まった刃が振り上げられる。
それから逃れようと、身をひねった。
「…シャルティナ!」
もがいてもがいて、気付けば体がひっくり返ろうとしていた。
時間がゆっくりと経過していくようで、仮面の男が伸ばす腕から、爽快な空が順番に視界に入る。
どうしてだろう。
祖父の最期の気持ちが、溢れてくる。
後悔と、罪悪感と、そして感謝。
そんなはずはないのに。
どうして、死ぬことが感謝に変わるの。
目を閉じて、息を止めた。その瞬間に体が湖の中へと潜り込んで行った。
ーー あら、不思議なニンゲンが来たわ
だれ?
ーー とても複雑な呪いがかかっているわ
シャルティナは、泳いだこともなければ学んだこともない。それにもかかわらず、不思議と息は苦しいと思わなかった。温かい水に浸かって、穏やかな眠りに誘われそうだ。
ーー 高級な呪いね。食べちゃいましょうよ
ーー あら、私が先よ
ーー そう言わずに。分け合いましょう
何かに足をくすぐられて、口から息がもれた。
膝を曲げたり、のばしたり、足首で水の中を蹴ったり、身じろぎして、啄ばんでくる存在を避けようとする。
ーー うふふ、動いちゃイヤよ
ーー かわいい反応。呪いも、すっごく甘い
ーー もう、食べすぎなんじゃないの
ーー そうね、もうお腹いっぱいだわ
足に集中していた何かが、ふとした時になくなっていた。
かわりに、ぬるりとしたものが頬に当たって、ようやく目を開く。
ーー うふふ、ほら。やっぱり泳ぎが下手になってるわ
ーー 少し運動したら心配ないわよ
黄金の魚のように見えた。
水面からの光で、黄金のヒレが虹色に輝き、それらがシャルティナの周りを旋回して遊泳する。
ーー 運動ついでに、このニンゲンを送っていきましょう
ーー そうね。ほら、こっちよ
優しい声は、どこからするのか。
腕を伸ばして、水を掻いて、足を交互に動かしてみる。
気持ちがいい。
どこまでも泳いでいけそうだ。
ーー さあ、ここから戻りなさいな
ーー おいしい呪いがあったらまた来てね
声はどこまでも優しくて、魚たちは目がくらむほどに美しかった。
湖に娘が落ちた。
深さは大したことないはずなのに、一瞬にして見失ってしまった。
「なんてことだ!お前たち、やはり精霊の湖と知って狙って来たのだろう!?」
麻布の男がまくし立て、ギリギリと矢を構える。
その場の緊張が一気に高まり、その場の人間たちすべてから刃を向けられた。
「その水を汚すことになれば、絶対に許さないぞ」
湖の底を見つめていた視線を、リーダー格のその男に向けた。
仮面をつけていて、表情はそのままでは見られない。手にしている武器は小さな小刀。無造作に立ち尽くしているだけだ。
取るに足らない一人の男が、突然、獰猛な肉食獣へと変化し、自分に牙を剥いた。
「!!」
思わず、弦を弾いてしまい、矢が仮面の男の足元へと突き刺さる。
自分に今襲いかかってきた獣は幻覚だった。あの男が発した殺気で作られた幻覚だと気付いた。
「許さない、はこっちのセリフだ。シャルティナに何かあれば、おれはお前たちを許さない」
スローペースで書いてますが、完結させたいです。




