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出会いに茶番はいらない

あなたには、忘れたいものがありますか。

忘れたいくらいに、守りたいものがありますか。

歩けない私でも、守れるものがあるなら、命尽きるまで守り続けます。














この出会いの瞬間を、私は一生忘れることはないだろう。

全ての始まりがここにあって、この瞬間に私がこれからの私となる所以だからだ。


「……目が、…目があった!どうしよう!マース!」


例え、その目が仮面の向こう側にあって素顔がほとんど見えなくても、この三階のバルコニーから相手はほんの豆粒の大きさに見えても。


「あっちからは暗くて見えないはずだよ」

「でも、でもでも!」


中庭の池に映る月に向けていた顔が、ふと私に向いたのだ。

そして、互いに硬直した時間が流れ…


「あ、」


人物が池をぐるりと回り込んで、近づいて来る。

ああ、どうしよう!

身内やお屋敷の人以外で顔を合わせるのなんて久しぶりなのに!

そりゃあもう10年くらい!


「それだから、伯爵家の七不思議なんて言われるんだよ」


いるかも分からない三番目の令嬢ってね。

そんな親友の茶々も耳に入らないくらいに私の心臓が早鐘を打つ。

隠れたいのに、体が思うようにいかない。

動きを目で追っているうちに、その人は私のいるバルコニーのすぐ真下にまで来ていた。


「…そこの、」

「!」

「お待ちください!」


カーテンを引いて、体を隠したが、椅子に座ったままなので、所詮は頭隠して知り隠さずの状態だ。

ああ!間抜けな自分が憎たらしい!


「アロスレイ侯爵の…お嬢様ですか?」


そっと顔を覗かせ、そして、月に輝く黒髪に目を奪われる。

目元を覆う仮面は鮮やかな鳥の羽をモチーフにしているようで、スラリとした体躯に実に良く似合っていた。

ここからでもわかるくらい高級な衣装や装飾に、爵位でも高貴な家元であることが伺える……多分。


「あ、あなたは…どなたですか?」

「今宵は仮面舞踏会ですよ」


身元を隠し、ただ無礼講を突き詰めたパーティに誰何を問うのはマナー違反だ、と言いくるめられ、それならば、と私も笑みをたたえて返した。


「私が侯爵家の者でも、関係ないじゃない」

「確かに、そうですね」


弧に描かれた唇のなんて美しいこと。

赤らんだ顔も素顔さえもはっきり見えないのだから、と、ちょっと大胆に身を乗り出した。

月の光は、私のつま先を少しだけ照らしている。


「パーティはどう?楽しい?」

「そうですね。一流の楽師に一流の料理に、実に楽しませていただいてますよ」

「なら、どうしてこんな屋敷の外れまで来てしまったの?」


迷子?と小首を傾げれば、彼は手にしていたグラスを掲げた。

それまで、ワインを手にしていたのに気づかなかった。


「酔い覚めと、ちょっと気分転換です」

「私と変わらないのに、成人してるってことは…ふふふっ」

「どうかしました?」


黒髪に、優雅な佇まい。

そして、成人規定の17歳で酒が飲めるようになるのも踏まえ、彼が私よりも歳上ならば…


「なんでもないわ」

「あなたは、パーティに出席されないのですか?」

「すぐに具合が悪くなるって父と姉に反対されてて…」

「残念です…あなたとなら、是非踊りたかった」

「私も、踊りたいわ。踊れるなら」


月の光がまるで境界線となったように、彼がいる場所から一層私を孤独にさせた。

寂しい気持ちやら疎ましい気持ちやらを押し込みながら、パーティの様子を尋ねる。

パーティに出ることは私の願望の一つ。


「もう…戻らなくては」


彼が月の傾きを見てそう切り出した。

もう、12時を回った頃だろうか。

私は車輪付きの椅子の留め具を外し、部屋の中へと徐々に入る。


「いつか、お城のパーティに呼んでね」

「!」


一瞬驚いた風を垣間見せ、しかし、すぐに平常心に戻ったその人は、自分の唇に押し付けた指先を私に伸ばした。






「迎えに来ます。必ず」









心臓がまだドキドキしている。


「うひゃーっ!砂はきそう!シャルってあんなのが好みなわけ?」


人気のない部屋で、甲高い声が響いても、先ほどまでの余韻は消えず、うっとりと頬を抑えた。

投げキッスされた!始めて!


「聞いてんのシャル?つかあいつ誰かわかったわけ?」

「黒髪は王族のシンボルよ。みんな知ってるわ」

「じゃあ王子かあいつ!」

「しかも五番目のメディウス様!まさかうちのパーティに来るなんて!」

「メジウス?」

「メディウス様!剣が強くって、しかもドラゴンライダーの資格もあるの!王子様の中ではあの方だけよ」

「詳しいーシャルは」

「当たり前じゃない!お姉様方が噂するのを聞かされるんだから」


それより、先ほどから姿が見えない友人の姿を探してキョロキョロすると、トトっと、膝に毛玉が乗った

シマリスだ。


「マース!天井に張り付いてたの!?」

「まあね」


喋るシマリス。

多分、世界でこれほど珍しいリスはいないだろう。

私の太ももで仁王立ちするマースに笑顔を向ければ、毛だらけの顔が顰められた。


「ご機嫌、気持ち悪いよ」

「外の人と話せたのも嬉しいし、しかも相手が王子様だったことがびっくり!」

「髪、ボサボサ」

「え!?ちゃんと梳かしたよ!」

「ほっぺによだれ」

「つ、ついてない!」

「嘘だし」

「っ!このっ!」


カッとしやすいのが私の良いところであり、悪いところでもある。

突き落とそうと腕を払ったが、身軽に避けられ、しかも椅子から転げ落ちてしまった。

呆れた表情で床に転がる私に近寄ったマースが話を戻した。


「迎えに来るって、信じる?」

「え?め、メディウス様が言うなら…きっと…」

「照れすぎ」

「えへっ」


けれど、迎えに来てもきっとがっかりするだろう。

高鳴っていた気持ちが少しずつ収まるのと同時に切なさが胸を占める。


そして、先ほどまで月に焼かれていたつま先を睨んだ。


「お出迎えできる足がないんだもの」


ポツリと呟いた声は、部屋に響く。

立ち上がろうと込めた足は、ピクリとも動かずに、無機質な何かのように感じられた。

















足が不自由な主人公です。

暗すぎたりはしないと思いますが、抵抗を感じる方はご注意。

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