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誰も教えてくれない、五十年前に日本が経済成長を遂げた理由(ワケ)

作者: 峰岸ゆう

堅苦しいタイトルのように見えますが、ライトノベル(現在の萌え小説という意味ではなく)のように気楽に読んでもらえるとうれしいです。

日本が高度経済成長を遂げたのは、「未来」で得られる富を前借りしたにすぎない、そんなお話です。

自分の行動が将来に何を引き起こすのかを考えず、自分の幸せのために“悪魔”と取引をしてしまった男の懺悔を聞いていただきたい。


読み終わったあと、あなたが「……そうかもしれない」という気持ちに少しでもなれば、僕の勝ちです(笑)

信じるも信じないも自由ですが、この話は都市だけの伝説で収まるものではありません。

食事の時間には厳しい父だった。

それほど遅くなってないといいが・・・・

と、祈るような気持ちで扉を開けたのを覚えている。

当時はもちろん、時計などもっていなかったからね。

「おかえりなさいませ」

すると、一人の女性が玄関に座っていたんだ。

君たちも知っている、妻の千紗だ。

今だから話すが、僕はその時、家を間違えたと思った。

何を言っているんだ、と言わないでほしい。

君たちとは60年来の親友だ。

その当時、僕たちが24だった時も当然付き合いはあったので覚えているだろう。

15からずっと絶えず毎週会って連絡を取り合ってきた間柄だ。

就職について、仕事をするようになったら多少は減ったが、それでもひと月に一度は会っていたはずだ。

その君たちに聞きたいんだが、

僕と千紗はいつから夫婦だった?

ああ、いきなりこんな事を聞かれたら驚くのも無理はない。

でも、思い出してほしい。

結婚式をした記憶はないはずだ。

確かに、僕には式をあげるだけの金はなかった。

しかし、両親だって黙ってるはずもないし、なにより千紗の家はウチ以上に裕福な家庭だった。

千紗の両親は恥ずかしくない持参金を用意させたはずだ。

僕の希望で内内での略式の式は行った。と、いうことになっている。

だが、僕はそれを知らない。当たり前だ。していないのだから。

結婚の報告は君たちにいつしたかい?

直接僕からした覚えは?ないはずだ。年のせいにしないでくれ。

僕と千紗がつきあっていたという報告さえもしていないのだから。

生涯で一番付き合いの長い君たちに知らせない理由などない。

紹介もできないほどひどい女性などではないのは語る必要もなかろう。顔も性格も、家庭環境もすべてが僕の理想以上の女性だ。

それで、それを踏まえて続きを聞いてほしい。

その千紗を僕は最初、誰かと思った。家を間違えたと思ったんだ。

あわてて家を出て表札を見た。僕が産まれてからずっとかわっていない表札だ。

間違えようが無い、僕の苗字だ。

名前も父と母、長男長女次男次女と僕の名前まで入っていた。

じゃあ、この女性は?と思ったら、彼女はこう言ったんだ。

「どうされましたか?あなた」

僕は先ほど会った青年の顔を思い出した。

何か面白い事をたくらんだような顔をした青年を。

そこではっとなり、僕はがーんと何かで殴られたような衝撃をうけた。

その直感が、「君は誰だ」という言葉を飲み込んだ。

彼女が僕の事を『あなた』と呼んだ。

それはつまり、僕を亭主と呼んだという事だ。

僕は『旦那、夫』という意味で受け取り、彼女が先ほどの青年からの贈り物のような気がした。

結論から言うとその通りだった。・・・少し強引だったが。

なにせ彼は僕と彼女をひきあわせるわけでも、運命の赤い糸を結びつけたわけでもない、大人数のいる家に帰った時には恋愛も結婚もすっ飛ばした『妻』が待っていたのだからね。

年寄りのホラ噺と決めつけないで信じてくれよ。本当なんだ。

「どうしました?」

様子のおかしい僕に彼女は再び問いかけた。

心配そうに近づき、顔を覗きこむ。

まるで日常の生活の中で狂ってしまったのが僕の方だと言うように。

僕は何も言葉を発する事が出来ず、ただおたおたと動揺していたよ。

何か言おうとしても、「あうあう、」と言葉にならなかったのを覚えている。

「どうしたんだい」

奥からしびれを切らしたように、母が出てきた。

「あ、お義母様、」

お義母、…さま?

「なんだい。鳩が豆鉄砲でもくらったような顔をして。自分の嫁さんの顔も忘れたのかい?」

ああ、やはりそうなのか…。

びっくりして再び声が出せなかったが、頭の片隅では半ば納得していた。

悪魔は、おそらく彼女を僕の妻だと僕の家族に洗脳したのだろう。むろん、彼女にも。

奥手の僕では彼女と出会い、恋におち、恋愛し、友達から彼女に発展して結婚にいたるまでのプロセスは何年もかかってしまうと判断したのかもしれない。

だからそのプロセスをはしょって…

誤解しないでくれ。彼女との偽装的な結婚を悔やんでいるつもりは毛頭ない。

さっきも言ったが、彼女は僕と比べものにならない程できた女性だ。理想の女性だったと言っていい。

彼女が亡くなり、もう五年たつからこの懺悔ができるわけだが、彼女に対して不満などあるはずがない。

確かに僕が強引な押し掛け、いや、押し付け女房を断らず、むしろ、しめしめと自分の妻にしたという罪悪感と背徳感はあるがね。

そういう意味ではこの懺悔は千紗に対しての罪である事には違いはないが…

結論を急がないで欲しい。

もはや話も大詰めだ。

何はともあれ、僕は家に入った。

部屋には布団がひとつに枕はふたつ。

元々部屋には僕の少ない本が机にあるくらいで、荷物は少なかった。

それゆえに、彼女の私物らしき物があるのを見ると違和感を感じた。

今日の朝までなかった物が、さも当然のようにある。

まるで僕が忘れているかのように。

「先にお風呂になさいますか?」

土木作業用の着替えが入った鞄を置く僕に、千紗は声をかけた。

「あ、ああ…」

ぎこちない返事をしたと思う。

千紗にタオルを渡され、裏にあるドラム缶の簡易風呂で汗を流した。

そこでよく考えた。今までの事、十字路であった青年の事、彼女の事、それから今後の事を、ね。

普段10分くらいで出る風呂を、たっぷり30分は入っていたと思う。

真剣に悩んでもなかなか結論が出ず、仕方なしに風呂を出た。まずは千紗と話をしようと思ったんだ。

「あ、ちょうど今出来上がったところですよ」

彼女は僕の食事を準備してくれていた。腹は減っていたが、いろんな事がありすぎて、喉を通らないだろうと思っていた。

だが、不思議な事に、彼女の料理を見たら急に腹が鳴ったんだ。

「あらあら、」

千紗は笑って僕に箸を渡した。気恥ずかしかったので、それを誤魔化すように茶碗を手にとって話は後回しだと食事に手をだした。

一口食べると、ご飯が欲しくなり、一口、また一口と喋る事を忘れる程勢いよく食べだした。

全部たいらげた僕を見て、嬉しそうに食器を片付けようとする彼女を僕は愛しいと思ってしまった。

「なぁ、」

ふと不安に思った質問をしようと口を開いた。

「なんです?」

おそらく最初で最後のチャンスだったと思う。

「…僕が、…好きか?」

「ええ。どうしたんです?急に」

「それが偽りの感情であってもか…?」

この問答で彼女の中で疑問がうまれ、洗脳を解けるならそれはそれでいいと思った。

彼女の器量ならもっともっといい相手はいる。

このまま僕と夫婦の結んでは不幸になるのではないか。

いや、懺悔なのだから、自分の行為を美化して誤魔化すのはよそう。

こちらが千紗を好きになってしまった時、相手に捨てられるのが怖かったのだ。

「そうですね…。あなたが何を考えておっしゃってるのかわかりませんが、私はあなたと一緒になれた事を幸せに思っております。

人生に自信が持てなくて、ご自分を悪くおっしゃる気持ちはわかります。でも、私にはあなたが私を幸せにしてくれる、その努力はしてくれる性格であるというくらいは理解しておりますよ。夫婦の縁をお切りになりたいのでしたら、私を不幸にしてからお願いいたします」

見とれてしまう程美しい笑顔でそう言われては僕には何も言えなかったよ。

同時に惚れてしまった。

のろけ話ではないよ。

要は悪魔の誘惑に負けて、顔も素性も知らない初めて会ったその瞬間、嫁にもらった男の初めての告白という事だ。

何度も言うが、この話は嘘じゃない。

笑い話ととるのは自由だ。だが、冗談や作り話ではない。

真実なのだと僕は僕の人生を賭けて断言できる。

…どこまで話したかな。そう、次の日、彼女が父親に会って欲しいと言うので会いに行ったよ。さすがに挨拶はするべきだと思っていたし、くるべき時がきたと緊張したよ。

当たり前だ。初対面なんだからね。

だが、向こうは僕の顔を知っていた。

話とは挨拶なんかじゃなかった。

仕事の話だったんだ。

千紗の父親が働いている会社で事務員にならないかというものだった。

接客も肉体労働も苦手な僕にとってわたりに船だった。

収入が倍増した。初めてボーナスをもらった時は、君たちを招いてパーティーをしたよね。

そして2年が過ぎた時、子供が産まれた。

あの時、念願の家族をもつ事ができた僕は、人生の絶頂を感じた。

毎月貯金ができる程の収入が入るようになってからは、金は自分の肉体を削り取って使うような、血肉のように考えていた僕だったが、そのすべてをこの子供にあげてもいいと思う程重要な存在ができたんだ。

それから、最終的に3人の男の子に恵まれ、仕事も順風満帆。

長男が20歳の時、初めて孫が産まれた。

僕はこの世界に居ていいと誰かに言われたように、毎日が充実していて、幸せだった。

そりゃ、苦悩や挫折もあった。時には争いも。

だが、仕事でも家庭トラブルでも家族と共に協力し、成長していったと自負している。

24までの糞のような人生に比べたらなんと毎日がきらきらと輝いていたことか。

青春はなかった。だが、それを補い余るだけのステキな人生だった。

さて、そして次に語る事が話しの終わりで、肝心の懺悔だ。

なかなか最初に出てきた悪魔の話が出てこなくてやきもきさせてしまったかな?

奴はこの、僕の幸せの絶頂が過ぎ、余韻を楽しんでいた僕の元に現れたんだ。

再び姿を現したのは長男の孫が10歳の誕生日の夜だった。

長男夫婦とは別居していたが、孫の誕生日なので僕の家まで来てくれたんだ。

そして、そのまま泊まっていくつもりだった。

9時もまわり、孫は疲れたのか早々と寝てしまっていた。

長男の嫁は千紗と共に後片付けを、長男はビールを呑みながら野球を見ていたと思う。

僕は書斎で本を読んでいた。

ふいにチャイムが鳴った。誰だろう、と思ったが、千紗が出ると思ってほうっておいた。

だが、二度三度と鳴っても出る気配がない。

不思議に思い、書斎から出ると、まるで家に誰もいなくなったように静かだった。

「千紗?」

声をかけるが、反応はない。

再び、チャイムが鳴った。

長男夫婦も顔を出すどころか、姿が見えない。

コップに半分も残っているビールが机の上で泡だったままだ。

流しでは食器を洗う途中で、水も出しっぱなしだ。

だが、肝心の千紗と義娘もいなかった。

…………

僕は寒気がした。

なお、チャイムは鳴り続けている。

扉の向こうにいるのは誰なのか、想像できず、恐怖から立ちすくんでしまった。

『あなた、いますか?荷物で両手がふさがってしまったので開けて貰えませんか?』

扉の向こうから聞こえてきたのは千紗の声だった。

30年、一緒にいるんだぞ。

聞き違えるはずがない。

そう、もう一度言うぞ。あれは千紗の声だった。絶対に聞き間違えるはずがない。

断言できる。

それを踏まえて、聞いてくれ。

「仕方ない奴だな」

僕はほっとしてそうつぶやいてドアを開けた。

そう。あれは千紗の声だったのだ。

僕は開けるまで、千紗だと信じて疑わなかった。

なぜドアの外にいるのか、それは考えなかった。考えないようにしていた。

しかし、ドアを開けた先に立っていたのは、24歳の時、僕に取引をもちかけたあの青年だった。

30年の年月が経っているはずなのに、あの時とまったく同じ姿をしていた。

僕の顔を見ると、口元がほころんだのか、にぃっと笑いながら言った。

ーーーーお久しぶりです。

愕然としたよ。足の力が抜けるのが自分でわかるんだ。

そして、思い出した。まだ僕は幸せに対する報酬を払っていない事を。

僕は逃げられない、と思った。開けてはいけない扉を自らが開けてしまったのだから。

「何の用だ。千紗を連れ戻しに来たのか?僕を殺しにきたのか?」

ーーーーなんのために?

あの時と同じように、問いに対して問いで答える。

「僕がお前と取引をしたからだ。報酬は僕の『未来の一部』だったはず。僕を殺せば寿命という未来を得るだろうし、千紗は僕にとって分身も同じ。連れて行くということは未来を支払うのと同じ意味だ」

ーーーーよく覚えてましたね。その通りです。私は貴方から代金の回収に伺いました。

「だから、何をとっていくつもりだ?」

ーーーー誤解しないでください。私は『未来の一部』と言いましたが、貴方のではありませんよ。というか、もうすでに頂きました。

「なんだと」

ーーーー貴方、幸せを手に入れたでしょう?

「…………」

相変わらず心を見透かすように彼は言った。

沈黙は肯定と同じだ。

ーーーー実は、貴方のその幸せ、『前借分』なんです。

「なんだと?」

これには僕も心底理解できなかった。

ーーーーつまり、貴方の子供、孫、ひ孫さんが得る「幸せ」を貴方に回したのです。日本が国債を発行して、孫の世代に借金を残すように。

ーーーーどうせ、取引しなければ子供は産まれてこなかったのですから構わないでしょう?

いやらしい笑みを浮かべながら言う。

「ふざけるなっ」

これまでの人生が、他人、それも自分以上に大切な存在から奪った幸せだったなんて。

「返せ!」

ーーーー無理ですよ。すでに報酬としてお孫さんの未来の一部を頂きました。

ーーーーこれは実験なんです。日本という島国をひとつの世界と仮定して行った実験。

ーーーー貴方のお孫さんは全員、生涯異性と結婚することはない。興味をもつこともない。

僕は殴りかかった。

そろそろ50になろうかという年だったし、肉体には自信がなかったが、耐えられずに男の顔を殴ろうとしたんだ。

すると、一瞬で姿が消えてしまった。

夢なんかじゃない。

僕は体勢を崩し、花壇に倒れこんでしまった。

「オヤジ、何してるんだ?」

さっきまで誰もいなかったはずの家で、時が動き出したのか、息子が心配そうにやってきて僕を起こしてくれた。

「いや、ちょっとな・・・」

どうせ言っても信じてもらえないと、その場は黙っていたよ。

僕はその日から孫のために何ができるか考えたよ。

金にものを言わせて異性に好かれるように自分を磨かせたり、古い時代と言われようが何回も見合いをさせたりもした。

だが、付き合う事はあっても半年ももたない。

懺悔とはこれだ。

僕のせいで、孫たちから恋愛という青春における一番大事なものを奪ってしまった・・・・。

君達はこの部屋をでたら、笑われるだろうね。覚悟しているよ。

だが、絶対に人には言わないでおくれ。

天国にいけるとは思っていないが、後からあの世に来る孫たちに直接自分で詫びたいんだ。

墓まで持っていかせてほしい。

こんな与太話に、長々と聞いてくれてありがとう。


ずっと彼の話を黙って聞いていた、同じ年の老人たちは互いに顔を見合わせていた。

その場にいるのは、語り部をいれて5人。

ばつが悪そうにしていた。

それはどう聞いても作り話にしか思えない話にどう反応していいのかわからない、といった表情でもあり、されど自分も仲間に何か隠していた事柄をこの機会に話しをしたいといった表情にも見える。

「・・・俺はその話信じるよ」

1人が意を決したように、真剣な表情で周りを見渡した。

「実は・・・・俺も取引したんだ。俺は女の悪魔だったけどな」

「お、俺もだ」

「実は・・・僕も」

「ええっ!」

語り部が驚きの声をあげる。

そして、全員が再び顔を見合わせた。

「・・・・日本のバブル期は・・・まさか・・・まさかな」

「そ、そうだよ。は、はは・・・」

全員複雑そうな顔をしながら、乾いた声で笑う。

そこへ、誰がつけたのか、TVのスイッチが入り、ニュースが流れた。

『続いては少子化問題です。データによれば、50年前の出生率と比べておよそ30%も減っている計算になります。これについて、政府は少子化対策に力をいれず、このままでは日本は・・・・』

「・・・・・・」

それを聞いて、その場にいた者は全員絶句した。

いかがでしたでしょうか。

少子化のいまの日本はこういった背景がありました。というお話です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 妙に納得してしまいました。 途中で少しわかりにくいものもありましたが、最終的にオチが綺麗ですごくよかったです。 これからも頑張ってください!
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