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プログラミング・デス  作者: 河野 る宇
◆第二章/カナリアの歌
6/13

*その目に映る偶像

あいつ(フォージュリ)と僕とは、一つ違いだよ。もちろんあいつは僕のことを知らない」

 冷蔵庫を開け、飲み物を取り出しているベリルにさらに続ける。

「クローン・プロジェクトは、いくつも同時に行われていたんだ。その中で成功した者だけに、その後の教育が施される」

 ひと通り説明してリビングのソファに腰を掛け、ベリルが来るのを待つ。

「失敗作だけが、ああやって一つの部屋に集められるんだよ」

 炭酸飲料の入れられたグラスを二つ持ち、リビングに足を向けるベリルを見つめて説明を続けた。

「失敗作」

 テーブルにグラスを置き、眉を寄せてジーンを見やる。

 失敗作──その言葉は、ベリルの脳裏に一つの部屋を再び思い浮かばせた。

 幼少の頃、一度だけ入った部屋は薄暗く、並べられた幾つもの水槽に収められている異形ともいえるその姿を、小さなベリルは静かに見つめていた。

 己が生まれる前に何が行われていたのかを、目の前の水槽がありありと突きつけていた。

 その中に一際、成長していた少年の姿にベリルは立ち止まる。その瞳は、ジーンと同じアクアマリンだった。

「同じ細胞を使っているからって、全てのクローンが発現する訳じゃないからね。僕だけが成功したってわけ」

「発現?」

 聞き返しながら、ジーンが座っているソファの右斜めにある一人がけソファに腰掛けた。

「全体的な能力のことでしょ」

 グラスを傾けてベリルを指さす。

「あいつは精神が破綻してる。戦闘には長けていたけど、ただの破壊衝動からだろうね」

 戦闘に長けている──その言葉にベリルは小さく笑った。

「あ、父さんは違うからね。全てにおいて群を抜いてるんだから、あいつと同じじゃないよ」

「父さん……」

 ガラじゃない。ジーンの口から何度か聞いても馴染めそうにはない。

「そうでしょ。あなたの細胞から生まれたんだから」

 それに対して何も言う気は無いが、どうにもくすぐったい。

「先ほど、教育と言っていたが」

「僕に付いてた科学者たちが先生だったかな。だから、父さんほどの知識は学んでないよ。フォージュリたちについてた科学者は、みんなそれなりのレベルだから、不満を吐くしか知らなかったのさ」

 ジーンは肩をすくめた。

「私に知らされていなかった事が、これほど多いとは」

 灯台もと暗しとはよく言ったものだ。

「まあ、そんな機密を実験体に教える訳は無いよね」

 ベリルはそれに、妙な違和感を覚えた。

 確かにそうだ。けれど、ジーンの言葉はまるで他人事ひとごとのように聞こえる。

 終った事に尾を引かないのはベリルもだが、ジーンはそれよりもさらに外側にいるように思えた。

「心配しないで。あいつからは、僕が守ってあげるから」

「施設から逃げ出せたのだな」

 襲撃を受けたとき、生き残りはいないと思っていた。

「ああ。うん」

 例え、知らされていなかった計画の人間たちでも、生き残りがいた事にベリルは少なからずも喜びがあった。

「敵には遭わなかったのか」

「遭ったけど、科学者を盾にして逃げたから」

 しれっと答えたジーンに、ベリルはグラスを持つ手を震わせた。

「自分が助かるためだもの」

 ジーンは少し驚いた目を向けたベリルが意外に思えたのか、肩をすくめる。

「そうか」

 ベリルはそれだけ応えて宙を見つめる。

 それは間違いではない。助かるために、生物がする自然の事だとも言える。ベリルが驚いたのは、その部分ではなかった。

 ジーンの言葉からは、相手に対する情が何一つ感じられなかったのだ。それは造られた情も、育ててくれた情も、憎しみという感情すらも見あたらない。

「ただそこに物体があった」──ベリルには、そう聞こえた。

「何故、私を守ろうとする」

 その問いかけに今度はジーンが驚いた表情を浮かべる。

「言ったでしょ。あなたは僕の親なんだ。それに、仲間だ」

「仲間?」

「そうだよ。同じ、成功作というね」

 浮かべた笑顔は感情から生まれたものではないことが見て取れて、ベリルは強い懸念を抱いた。

 人間ならば、今は笑うときだろうと考えた結果の笑みだ。ジーンは、命というものに興味がない。

「必要ない」

「へ?」

「お前の助けは必要ない」

 繰り返し、はっきり聞こえた言葉にジーンは数秒ほどベリルを見つめて黙り込んだ。──が、薄く笑って静かに立ち上がり顔を近づける。

「あなたに選択権は無いよ」

 ベリルの瞳から垣間見えた若干の驚きに目を細め、さらに顔を近づける。

「僕に、生きる意味を与えてくれよ」

 狂気じみた瞳がベリルを捉え、冷たい海の色が深淵に引きずり込もうとしている。

 このままではいずれ、現れたフォージュリとジーンが闘うことになる。クローン同士が殺し合う。

 ベリルは、自分が不死であることを伝えるべきか考えあぐねた。このまま、隠し通すことは出来ないだろう。



 ──陽が傾き、ベリルは夕飯の準備を始めた。不死になってから食欲というものは消え失せたが、ジーンに作らない訳にはいかない。

 どのみち、まだ不死だと語れない今は食べる事で気付かれることはない。

 食べる必要がなくとも、味わう楽しみは忘れてはいない。酒もそこそこたしなむし、料理は好きな方だ。

「何を作ってくれるの?」

 ジーンは子どものように目を輝かせ、後ろからベリルの手元を覗く。ベリルはふと、ジーンは身長が自分よりも少し高いのだと気がついた。

「父さんは、アジア人の特徴が身長に出たんだね」

 慣れない呼ばれ方に、やはり苦笑いが浮かぶのは否めない。

「まだ、僕を信用してないんだろ?」

 おもむろな問いかけにベリルの手が止まる。

「それでも背後にいさせてくれるっていうのは、余裕から?」

 ベリルはジーンを一瞥し、調理を再開した。

「攻撃するつもりなら、とっくにやっている」

「まあね」

 ジーンはグラスを二つ、食器棚から取り出し夕食の手伝いを始める。

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