真実の愛のその先は〜略奪した令息に味方がいませんでした〜
こちらは連載作品「真実の愛て、何?〜私を裏切った婚約者に味方がいなかった件〜」のマリシア視点の短編になります。
※短編投稿しようとして間違えたため、上げ直しております。
「僕と婚約破棄してくれ、シーリャ」
その言葉を聞いた時。
私、マリシアの胸にあった気持ち、それは歓喜だった。
その内心を必死に隠しながら、私は隣に立つ令息へと目を向ける。
くすんだ茶髪に覇気があるとはいえない表情。
けれど、その顔は整っており、あのフランシスコ侯爵家にも覚えがめでたい今もっとも注目されている令息、次期伯爵家当主ラドリー。
そんな彼は今、自身の婚約者ではなく私の手を取っていた。
「嘘だろ、こんなことが!」
「あの、フランシスコ家のシーリャ様が婚約破棄!」
一気に周囲が騒がしくなる。
その注目の中心にあるのがこの婚約破棄。
そして、私だった。
「ラドリー様……!」
「遅くなってごめん、マリシア。僕と結婚して欲しいんだ。……ようやく、君に僕の思いを告げられた」
「私、私……!」
そう告げるラドリー様を、私は抱きしめそうになる。
ああ、本当に私はこのときを待っていたのだ。
目の前にいる忌々しい女、シーリャ・フランシスコを蹴落とすために。
「シーリャ、悪いとは思っているんだ。馬鹿な僕をどうか許して欲しい」
私を守り、シーリャにそう告げるラドリー様。
その姿を見ながら、私の胸に溢れるのはここに至るまでの私の苦労だった。
シーリャ・フランシスコ。
いや、正確にはフランシスコ家に屈辱を覚えさせられた日々を、私は今も忘れない。
その時から、私は決めていた。
その屈辱は絶対に晴らしてやると。
その為に、私はラドリー様に近づいたのだ。
まだ若く、学生の身でありながら様々な貴族との伝手をもち、国王陛下との面会の経験さえ持つラドリー様。
その姿を見た貴族令嬢の中では、高位貴族の中でもラドリー様は評価の高い令息だった。
だとすれば、そんなラドリー様に婚約破棄されれば、どんな表情をシーリャは見せてくれるだろうか。
そう思った時から、私は必死にラドリー様に近づいていった。
──君の思うほど、僕は良い人間でもないよ。
そして、どれだけ近づいてもなお、そう笑って距離を取ろうとするラドリー様の大人っぽい姿に私は本気でラドリー様のことが好きになった。
惚れっぽい私の中でも、ラドリー様以上に好きな人は一人しかいない程に。
「真実の愛って、何?」
ぽつり、とシーリャがそんな言葉を漏らしたのはその時だった。
その瞬間、私は勝利を確信した。
私は今、目の前の女から婚約者を奪うことに成功したのだと。
「シーリャ様、分かります。寂しかったんですよね? それで、ラドリー様に無茶ぶりしてしまったんでしょう?」
「は?」
シーリャの顔に唖然とした表情が浮かぶ。
しかし、それさえ私の中に心地良さが増すだけだった。
私はまるで物語のヒロインであるかのように続ける。
「でも駄目なんです。婚約者を縛ってはいけないんです。幸せとは、そういうものではないんです」
そう言いながら、私はラドリー様の背後の貴族達を指す。
「お、俺もシーリャ様が厳しいとは思っていたんだよな」
「そうだよな。常にラドリー様は怒られていたしな。あれなら婚約破棄も仕方ないよな」
「良いわよね、真実の恋って」
興味津々でことの成り行きを見ている貴族達を。
「これが皆の声です。シーリャ様は間違えたんです」
そう言いながら、私の胸にあったのはどうしようもない優越感だった。
目の前の大貴族の令嬢に、普段私は何も勝つことはできないだろう。
しかし今この場において、場の中心は私だった。
誰もがこの私の行動を見逃すまいと注目している、その事実に私は酔いしれる。
「ありがとう、マリシア。僕の気持ちをくみ取ってくれて」
そんな中、隣の王子様が笑う。
その目元が優しげにゆるんでいた。
「改めてシーリャ。悪いとは思っている。でも、はっきりと言わせて欲しい」
胸の高鳴りを感じながら、私は思う。
これで、私は次期伯爵家当主の婚約者になれるのだと。
「君の思いに僕は応えることが……っ!」
──その瞬間、一人の黒い制服に身を包んだ男がラドリー様を殴り飛ばした。
強引に現実に引き戻された私は、何が起きたのか理解できなかった。
そんな私をよそにその男はラドリー様を取り押さえ、地面に頭を押さえつけ。
同時に自分も地面へと、頭をこすりつけた。
「フランシスコ侯爵令嬢、シーリャ様。誠に申し訳ありません。この度の不手際は兄、そして私を含めた伯爵家の責任です」
……兄?
その言葉に固まる私に見向きもせず、シーリャが口を開く。
「……アラン」
その時になって私は理解した。
目の前のラドリー様を殴り飛ばした男こそが、かの伯爵家の英才。
アラン・アズドリアなのだと。
しかし、そう理解してもなお。
いや、理解したからこそ今の状況が私には受け入れられなかった。
なぜ、兄弟仲がいいとされていたアランがラドリー様を殴り飛ばしているのかと。
理解できない現実にただ、唖然とする私に一切意識も向けず、会話するシーリャ。
……もはや、そんなシーリャに口を開ける空気でさえなかった。
そんな現状の中、私は気づく。
私と一緒に騒いでいた貴族達がこの状況にうろたえている中、やけに冷静な貴族達がいることに。
そして、その貴族達は見知った顔であることに。
ラドリー様と仲の良さそうだった伯爵家以上の高位令息達。
かつて、ラドリー様のことを素敵だと話していたはずの高位貴族の令嬢達。
……彼ら達は、異常な程冷たい視線で私とラドリー様を見ていた。
どうして、彼らにそんな目で見られているのか分からず、私は助けを求めるように周囲へと目をやる。
この中にも、私のことを好きな令息達がいるはずで、普段なら私が危険な時に助けてくれるのだ。
しかし今、誰も私を助けに来てくれる人間はいなかった。
そのことに唖然とする私は同時にあることに気づく。
私と共に騒ぎ、今や私と同じようにあわてている貴族達。
……その全員が子爵家以下で、高位貴族は一人もいないことを。
その時になって、ようやく私は理解する。
私は何か、間違えたのだと。
私の目の前で、シーリャがラドリー様に手を伸ばす。
そのシーリャに貴族達の視線が一瞬で集まる。
……私なんていないものであるかのように。
そう、私が注目されているなんて私の勘違いでしかなかったのだ。
最初から最後まで、この場にいる人間の注目を集めていたのは一人。
——シーリャで、私は添え物でしかなかったのだ。
「シーリャ様、こちらへ」
この場の全ての人間の注目を集めながら、アズドリア家の執事に案内されていくシーリャ。
その姿を見て私の中に残ったのは狂おしい嫉妬と、虚無感だけだった。




