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第88話 共闘 その3

それはまさに、カイルが初めて目にした本格的な魔法だった。まるで前世で見たアニメのワンシーンの様にド派手に炸裂する閃光。そして跡形もなく砕け散った邪神の頭部。


その瞬間、時が止まったように、コロシアム全体が静まり返った。


邪神の巨大の体が膝を折り、がくりと崩れ落ちる。


それは、この異世界における魔法の優位性をカイルに知らしめる鮮烈な一撃だった――


「な……なんだ今の……」


呆然と立ち尽くすカイル。振り返ると、エイドリアンは結界の中心に立ち、手にした杖をゆったりとおろしていた。杖の先から立ちのぼる白煙と周囲の空気を歪ませるほどの余熱が、つい先ほど放たれた魔力の凄まじさを物語っている。


(こ、これが本物の魔法……。しかし――もし今の一撃が俺に当たってたら……)


想像しただけで、背筋に冷たいものが走った。と同時にカイルの減らず口が思わず口をついて出る。


「おい! 危ないじゃないか。間違って俺に当たったらどうするんだよ!」


それに対して、エイドリアンはこともなげに鼻で笑った。


「邪魔だから出過ぎるなと言ったはずです。それに――私が狙いを外すわけがないでしょう?」


「嘘を言え。さっきは自分でもノーコンだって認めてたじゃないか!」


「ノーコンじゃありません、私の魔法はお転婆なだけです。」


むきになって言い返すエイドリアン。

その態度が癪に障るが、ここまで性格が突き抜けていると、逆に呆れ返ってどこか憎みきれないのも事実だ。


「お前なあ、言ってることが毎回一貫してねえんだよ!」


苛立ちまじりに言い返したカイルだったが、エイドリアンはその言葉を気にも止めぬ風に小さく微笑むと、ふっと口調を変えた。


「それよりも――」


「……?」


「それが、命の危機を救ってもらった恩人に言う言葉ですか?」


さすがのカイルもその言葉には……ぐうの音も出なかった。

そして、肩をすくめ、観念したかのようにしぶしぶと言葉を絞り出す。


「……悪かったよ。助かった。感謝してる。はいこれでいいか」


「うふふ。たいへんよくできました」


勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、エイドリアンはくるりと背を向ける。


不本意ながらも、今の一撃がなければ確かに自分の命は無かっただろう。

カイルもそれは認めざるを得なかった。


(でも……)


ふと、ひとつの疑念が胸に湧く。

今の魔法、放つまでにあれだけ時間がかかったのは――まさか。


(あいつ……わざとギリギリまで撃たなかったんじゃ……?)


もし本当にそうなら、あまりに性格が悪すぎる。

だが、その答えを問いただす前に、目の前で新たな異変が起こる。


「……おい、嘘だろ」


カイルが呟いた。


地に伏していたはずの邪神の巨体が、ピクリと動いたのだ。

いや、それだけではない。


四散した頭部の肉片から立ち昇る黒いモヤが、まるで煙のように空中に舞い上がり、再びその巨躯に引き寄せられていた。


そして、その真っ黒い霧はどんどんその濃さを増していき――


一度吹き飛ばされたはずの頭部は、見る間に再生されていった。


それはカイルにとって信じがたい光景だった――


だがその時。邪神の再生に目を奪われていたカイルの背後から、鋭い声が飛ぶ。


「ぼんやりしないで! 早くそこから下がりなさい!」


振り返ると、エイドリアンが苛立ちながら再び杖を振りかざしている。


邪神の再生と共に結界内の空気がピリピリとしびれるような緊張感を取り戻している。


「くそっ!」


その事に気がついたカイルは慌てて後退し、邪神との距離を取り直す。


「相手は邪神ですよ。そう簡単に倒されるはずがないでしょう?」


正論だった。


カイルは口元を引きつらせながら呟く。


「……まあ、それはそうか――」


エイドリアンの言う通り、相手は邪神。そう簡単に事が運ぶわけが無いのだ。


そしてそのとき、彼の脳裏に先ほどの一撃――自分の斬撃が、虚しく宙を切り裂いた場面がよぎった。


「なあ、ひとつ聞いていいか?」


「何でしょう?」


「さっき……俺の一撃が、奴の喉を捉えたはずなのに、手応えがまるでなかった。まるで……空を斬ったみたいだった」


「ならばおそらく、邪神の実体は――魔力そのものなのでしょうね」


さらりと告げたエイドリアンの言葉に、カイルは眉をひそめた。


「魔力そのもの……? ってことは、俺の攻撃は通用しないってことか?」


カイルの問いに、エイドリアンは少し講義めいた口調で答える。


「実際、貴方の刀が宙を切ったというのならそうなのでしょう。魔力というのは、元々この世界に漂う“形のない力”です。通常、私たちが魔法を使う時、その魔力に『形』や『性質』を与えて目的の効果を引き出すのです」


「つまり……形のないもんに、形を与えるのが魔法だと?」


「正確には、概念に実体を与える術ですね。火を生み、風を裂き、氷を凍らせる……すべて魔力に“現実”を与える行為です」


カイルは黙ったまま、邪神の再生する様子を見つめていた。

それは、黒い霧のような魔力が、自らの意志で肉体をかたどっているかのように見えた。


「つまり、あいつは魔力で肉体を構築してるってことか」


「ええ、おそらくは。そして攻撃の瞬間だけ、自分の意志でその部位に実体を与える――」


「……爪や牙に、ってことか」


エイドリアンは静かにうなずく。


「そういうことです。だから、あなたのような“物理的な剣”では、その実体を持たない部位には届かない。まさに“切れる場所が存在しない”のです」


「じゃあ、俺は……ただの役立たずってわけかよ」


自嘲気味にそうカイルが吐き捨てた。


しかし、その瞬間――


「自分でそう思うのなら、さっさと私の背後でじっとしてなさい。私が一人でやりますので」


エイドリアンがぴしゃりと言い放った。


だが言い返そうにも――魔法も使えず、邪神に対して有効的な攻撃方法を持た無いカイルは、この強敵に対して何をどう戦えば良いのだろうか――。


「……チッ。相変わらず容赦ねえな」


結局カイルは、そんな歯切れの悪い言葉しか返すことが出来なかった。

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