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第80話 ドーマ対エデン その5

ドーマの曲刀が、迷いなくエデンの手元を狙う。


その一撃を防げる術は、もはや残されていない。エデンは舞台の端まで追い詰められ、たった一つの武器さえも砕かれようとしていた。


「……くそ。ここまでか」


力の差は歴然だった。エデンは歯を食いしばり、敗北を受け入れる覚悟を決める。


だが次の瞬間――。


彼の手にある木製の棒は、なぜか真っ二つに割れることもなく、その手元に残っていた。


氷弾は確かに、ドーマの動きの後押しをしたはずだった。にもかかわらず、ドーマの腕は、その刃を振り下ろす寸前で止まっていた。


彼女は静かに刀を下ろし、エデンに背を向ける。そして舞台の中央へと、歩みを戻しながら口を開いた。


「これじゃ意味が無い。……最初からやり直そう。」


無防備に背中を見せたドーマに、エデンは不思議そうに訊ねる。


「意味が無いって?姉ちゃんは勝利が欲しいんじゃないのか?」


「いや勝利は欲しいさ。でもこんな勝ち方では意味が無いのだ。正直に言おう。今、君を追い詰めたのは、私自身の実力では無いんだ」


無論エデンにもそれは分かっていた。今さっきエデンを追い詰めたドーマの剣法は、まさに『千年九剣』だ。そして、その裏にはエデンの師匠にして千年九剣の使い手カイル=バレンティンの介入があったことは明らかなのである。


しかし、どんな理由があろうが勝利は勝利。この決勝戦で勝利を得た者には巨額の賞金と、絶大なる名誉が手に入るのだ。普通なら、そんなチャンスをみすみす棒にふるような人間はいない。


その真意を測りかねたエデンは、あえてもう一度ドーマに問う。


「勝ちを欲しがらな無いやつなんかいるわけがない。いったいそれはどう言う魂胆なんだ?」


それはある意味、負ける為にこの決勝に挑んだエデンの自問自答でもあった。


そして、ドーマもまた、敢えて勝ちを捨てた自分に言い聞かせるかのように、答える。


「私はね、エルドラ復興のためなら何だってやるんだ。でもね、それに必要なのは金でも名誉でも無い。私に必要なのは真の強さだ。だからこそ、まやかしの力で勝利を得ても何の意味も無い」


それは、ある意味ドーマ自身の決意の言葉であった。


ならばエデンは、ドーマのその言葉に笑顔を持って答えるしかない。何故なら彼もまた、その身に降り掛かった不幸、そしてその運命を自ら切り開く為に、圧倒的な力を欲しているからである。


「なんだ。姉ちゃんも俺と同じ境遇だったのか。まぁ俺には国を復興したいなんて気持ちは意味分かんないけどさ。やっぱ必要なのは力だよな。だったらさ、もし俺がこの決勝戦でわざと負けようとしてたなんて言ったらどうする? 姉ちゃん、あんたは怒るかい?」


少しおどけながら、そう言ったエデン。しかし彼にはドーマから返ってくる答えに興味は無い。何故なら答えはもう分かりきっているのだ。


「それこそ意味が分からんな。負けるために戦う奴なんているか? その証拠に……君はさっき、私にちゃんとその力を見せつけたじゃないか」


エデンのおどけた口調に、ドーマは小さく鼻で笑い、答えた。


「へへっ。確かにそうだな」


「なら、もう一度最初から仕切り直そう――」


気がつけば二人は、再び舞台の中央、試合が始まる前に互いが立っていた位置に戻っていた。



もはやこの二人に、再び試合開始の合図はいらない――


武器を構えたその瞬間が、再戦の始まりを意味していた。


今度こそは、正真正銘お互いが全力を出し切る試合である。しかしその前にエデンには、どうしてもやっておかなければなければならない事があった。


いわゆるそれは、エデンなりの師匠への義理立てと言ったところである。


エデンはその胸にいっぱいの空気を吸い込んで、会場に響き渡る大きな声で叫んだ。


「おい、師匠! 聞こえてたんだろ? 俺、この姉ちゃんの考えに賛成だ! ……だから、悪いけど、俺は勝ちに行く!」


すぐに返ってくるのは、舞台を包むような堂々たるカイルの声だった。


「まったく、見上げた心構えじゃないか。いいぞ、エデン。好きにしろ。俺もそういう展開は嫌いじゃない」


「すまねぇな、師匠……」


「まぁ、もともと無理があった計画だ。気にするな。それよりも、ドーマ=エルドラド。お前がもし俺の弟子エデンに勝てたなら、お前を俺の弟子にしてやろう。そうすれば先程この生意気な小僧を追い詰めた剣法は、お前自身のものになるぞ!」


大声量と共に、カイルの大きな笑い声が会場を包んだ。


「チェッ。あっさり方針転換しやがって――」


「うるさいぞエデン。黙ってろ!」


そんな、試合そっちのけで始まった師匠と弟子の会話は、観客全員、はたまたこの試合の関係者を置いてけぼりにして、会場全体を奇妙な静けさに包みこむ。


しかし――


そのなかで、明らかに面白くなさそう顔をした女が一人、この状況に苛立ち眉をひそめていた。


今まさにVIP席で苛立たしげに爪を噛み、歯をきしませていたその女性こそ……


ロゼット家のメイドにして、幼き当主の魔法の師、エイドリアンだった。


もはや彼女の苛立ちは、限界寸前であった――。

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