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第77話 ドーマ対エデン その2

そんな激突の瞬間を観客席の最上部から見下ろしている男がいる。


「まいったなぁ~。いくら八百長試合って言ったって――これでエデンが負けちゃったら不自然すぎるじゃないの。しかしまぁ、こうも上手くハマるとはさすが九剣だよ。そりゃあこんな技を使えばレイラも死神って呼ばれるわけだ……」


自らが考案した裏設定もさることながら、カイルは改めて九剣のその悪辣かつ度を越した実力に頭を抱えていた。


はっきり言って『千年九剣』は強すぎるのである。エデンをこのまま放っておけば、リズムを崩されたドーマは、瞬く間に自滅へと向かって行くだろう。


舞台上では、なんとか気を取り直したドーマが再びエデンと刀を交えてはいる。しかし、その都度タイミングを外したエデンの返し技にはめられて、彼女は思った通りの攻撃が全く出来ていない。


ドーマは自身の剣法がゆっくりと崩されていることに、全く気がついていないのである。


エデンが使う棒術は、以前から彼が学んでいたものに、未だ未完成な『千年九剣第四層 無形式』を取り入れた独自のものである。しかし緩急の効いたその棒の運びは、ある意味トリック的要素に溢れており、今のドーマに対してこれほど効果的な闘い方はないであろう。


しかし、彼の師匠のカイルとて、この様なつまらない闘いをさせるためにエデンを王都へと連れてきたわけではない。この大会は、もちろんエデンの腕試しの意味も大いに含まれているのだ。


それに、いくらドーマを勝たせると言っても、ここで彼女を使い物にならなくしてしまっては意味が無いのである。


「まったく……。このままやり合ったって、お前らにとって何の意味もないじゃねぇか」


観客席の最上段に立ち、誰の目にも留まらぬよう視線を下げながら、カイルは静かにそうつぶやいた。


彼はこの決勝戦で、弟子のエデンに大いなる成長を期待していた。ドーマほどのスピードを持った剣士になど、そうそう出会えるものでは無いのだ。


ドーマとの闘いは、エデンにとって自らを成長させるためのチャンスだったのだ。


しかしエデンは、このまたとないチャンスに気がついてはいない。もしエデンがこれ以上の成長を望むのなら、この様な『ハメ技』での勝利には、まったく意味が無いのだ。


結果として妹のレイラを成長させるため、エデンをわざと負けさせるというカイルの作戦が裏目に出てしまったのである。


そして、カイルはこの舞台上の二人にとって。はたまた、自分にとって、そして行き着く先は妹のレイラにとって――


この全く無益な状況を打破する為に、ある一つの決心をするのである。


「よし。それじゃぁ迷える仔羊達のために……。これから楽しい楽しい修行の時間と行きますか」


誰にも聞かれることのなく、カイルは楽しげにそう宣言する。その表情には、不思議なほど喜びに満ちていた。


そして彼は、なんとなくその場に持ち込んでいた商売用のビールタンクをおもむろに脇へと置いた。もちろんそれはカイルがエデンの控室へ忍び込む為にウサギの着ぐるみと一緒にどこからかくすねてきたもの。つまり試合が始まってしまった今はもう役目を終えたも同然の代物である。


しかし――


「まぁ、こいつでいいか……」


そんな投げやりめいた言葉の後、カイルはゆっくりと息を整え、深々とした呼吸を何度も繰り返してゆく。


その呼吸はどこまでも深く――そして静かに、全身へと“気”の力を巡らせ――


次の瞬間。


カイルは、その両腕を勢いよく左右に大きく広げたかと思うと、今度は大きなスイカでも抱えるような形で、おヘソの下――丹田と呼ばれる場所へと両手を移動させた。


ふぅ~ ……… ふぅ~ ………


どこまでも深い呼吸と共に、カイルは体内を巡る気を丁寧に練って行く。


そして再び、数度の深呼吸ののち――


「ハァーッ!!」


という強烈な掛け声とともに、ダン!と大地を踏みしめた。


すると、その衝撃がタンクに伝わり、冷却用の氷が勢いよく宙へと舞い上がる。


そして、舞い上がった氷はまるで意志を持ったかのように空中で砕け散り、細かな粒となって、いつの間にかカイルが差し出していたカップの中にパラパラと降り注いでいく。


「ちょっと多すぎたかな……」


カイルはそう言って少し笑った。


だが、あくまでも自然体なカイルの表情とは裏腹に、まるで魔法のような氷の動き。


もちろんそれは、この西国でカイルだけが使える気功の技に他ならない。しかし、彼はこの氷の粒を使っていったい何をしようというのか――


今までにも数えきれない奇抜な修行方法を生み出してきた彼のこと。どうせまた、ロクでもないことを思いついているに違いなかった。


舞台上では、いつまでもドーマがエデンの策を見破ることが出来ず、無為な攻撃を繰り返している。試合開始からその状況は一向に変わらず、むしろドーマにとっては悪化の一途をたどっていた。


「悪いなエデン。お前が気付かないなら、俺はしばらく、あのダークエルフの美女の味方をさせてもらうぜ」


少し呆れたような、それでいて少し浮かれているようにも聞こえるカイルの声。


もちろん彼は、この状況を楽しみ始めているのだが――


そんなカイルの介入によって、エデン優勢に思えた決勝試合の局面が、ここからまた大きく変わるのである。



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