第75話 徴兵官殺し その4
会場に響くのは割れんばかりの歓声。
そして、決勝戦の開始を今か今かと待ちわびる大観衆の熱気。
「お兄ちゃん……」
一年ぶりに立つ大舞台を目の前にしてレイラは小さく呟いた。
今日、この闘技場の中に兄のカイルが来ている。それは勘などと言う曖昧なものではなく、レイラにとってもはや確信だった。
「後始末は俺に任せて、お前は逃げろ」
あの日。そう言って、カイルは静かに微笑んだ。
その笑顔は、妹を安心させる為に見せたカイルなりの精一杯の強がり。そして責任の取り方だった。
その時――
妹が犯してしまった“人殺し”という事実を、カイルは何の躊躇もなく肩代わりした。そして妹を逃がすためなら、あらゆる責任を自らが引き受ける覚悟を決めた。
茂みに倒れている徴兵官と2人の兵士。 はたまた剣を抜いて遠巻きに様子を伺うしか手のない兵士たち。
そして、見えない目で周囲を探るように這いずり回る狡猾な男――
あの場の混乱の結末を、レイラは知らない。
ただ一つ分かっているのは、その後「役人殺し」の罪で指名手配されたのが兄・カイルだったことだ。
そして――
その結果として、実際に剣を振るったはずのレイラには、裁きの手は一切及ばなかった。
兄は逃げる直前に「必ず迎えに行く。だから、それまであの場所で待っていてくれ」と言った。
それは再会の約束のはずだったのに――
待てど暮らせど、兄は二度と姿を現さなかった。 風の便りすら、影ひとつすら、彼女に届くことはなかった。
レイラは、そのゆっくりとした足取りで決勝に残った2人の選手が待つ舞台へと登る。すると会場はより一層大きな歓声に包まれた。
ついに『第三回英雄杯』の決勝戦が始まるのだ。
もちろん試合開始の合図はこの国の救国の英雄レイラ=バレンティン。そして向かい合うはエルドラ人の生き残りドーマ=エルドラドに、謎に満ちた砂漠の少年エデン=カスピ。
二人は試合開始の掛け声と共に激突する。お互い様子見などは無い最初から全力の闘いが――今、幕を開ける。




